写真①:道路端の赤い郵便ポストがアクセントを添える「白壁の町並み」
=山口県柳井市で、2010年2月5日午前10時35分撮影
山口県光市室積(むろづみ)にある白壁格子造りの町家の「海商通り」を抜けて、2月5日朝、元禄時代以後の典型的な町屋づくりで江戸時代の繁栄ぶりがしのばれる柳井市の「柳井津・白壁の町並み」=写真①=を訪れました。
「柳井津・白壁の町並み」の説明板=写真②=には「柳井は室町時代から大内氏の東の要港として重きをなし」と書かれ、「寛文3年(1663年)から干拓が進み、諸国から商人が集まって店舗を構え」、「ここ古市、金屋あたりが最も古く市がたち、商業の中心地として栄えました」としています。国は昭和59年、白壁の町屋群を意匠的に優れ、保存状態もよいとして「柳井市古市金屋重要伝統的建造物群保存地区」に選定しました。
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写真②:「柳井津・白壁の町並み」の説明板
=柳井市・「柳井津・白壁の町並み」で、2月5日午前10時50分撮影
江戸時代初期の寛文3年から形成された「柳井津・商家町」では、白壁の町家に袖壁型の卯建=写真③=が目立ちます。福津市の〈津屋崎千軒〉には、袖壁型のほかに、町家の妻に屋根より高く設けた小屋根付きの土壁型の本格的な卯建もありますが、「柳井津」には見当たりませんでした。
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写真③:袖卯建の町家が並ぶ「柳井津・商家町」
=柳井市で、2月5日午前10時40分撮影
「柳井津・白壁の町並み」のとある商家には、明治10年代から30年代(1880~1900年)の珍しい極彩色の広告・「引き札」=写真④=も、通りに面して飾られています。盆と暮れに得意先に配布していたもので、その色合い、デザイン、文面から当時の文明開化の様子がうかがわれる芸術品との解説文が添えられていました。
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写真④:町家に掲げられた明治10年代から30年代の「引き札」
=「柳井津・白壁の町並み」で、2月5日午前10時45分撮影
=山口県柳井市で、2010年2月5日午前10時35分撮影
山口県光市室積(むろづみ)にある白壁格子造りの町家の「海商通り」を抜けて、2月5日朝、元禄時代以後の典型的な町屋づくりで江戸時代の繁栄ぶりがしのばれる柳井市の「柳井津・白壁の町並み」=写真①=を訪れました。
「柳井津・白壁の町並み」の説明板=写真②=には「柳井は室町時代から大内氏の東の要港として重きをなし」と書かれ、「寛文3年(1663年)から干拓が進み、諸国から商人が集まって店舗を構え」、「ここ古市、金屋あたりが最も古く市がたち、商業の中心地として栄えました」としています。国は昭和59年、白壁の町屋群を意匠的に優れ、保存状態もよいとして「柳井市古市金屋重要伝統的建造物群保存地区」に選定しました。
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写真②:「柳井津・白壁の町並み」の説明板
=柳井市・「柳井津・白壁の町並み」で、2月5日午前10時50分撮影
江戸時代初期の寛文3年から形成された「柳井津・商家町」では、白壁の町家に袖壁型の卯建=写真③=が目立ちます。福津市の〈津屋崎千軒〉には、袖壁型のほかに、町家の妻に屋根より高く設けた小屋根付きの土壁型の本格的な卯建もありますが、「柳井津」には見当たりませんでした。
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写真③:袖卯建の町家が並ぶ「柳井津・商家町」
=柳井市で、2月5日午前10時40分撮影
「柳井津・白壁の町並み」のとある商家には、明治10年代から30年代(1880~1900年)の珍しい極彩色の広告・「引き札」=写真④=も、通りに面して飾られています。盆と暮れに得意先に配布していたもので、その色合い、デザイン、文面から当時の文明開化の様子がうかがわれる芸術品との解説文が添えられていました。
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写真④:町家に掲げられた明治10年代から30年代の「引き札」
=「柳井津・白壁の町並み」で、2月5日午前10時45分撮影