『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

震災短編『贖罪』5

2022-11-11 08:47:23 | 信仰

 

 あの日。

 圭子は、会社が休みで、自宅でまったりと過ごしていた。
 そして、散歩でもしようと、家から数歩ばかり出たのが、二時四十六分…だった。 

 この世が崩壊するかと恐怖に感ずるほどの大揺れが襲い、悲鳴をあげながら、路上にうずくまるより他なかった。
 そして、ほどなくして、あの〝魔の水塊〟が街に侵入してきた。

 はじめは、小川のようなせせらぎであったが、それは、次第に鉄砲水の如くに勢いを増し、しまいには、大洪水の様を呈して、街を一気に飲み込んだ。

 圭子がその華奢な脚をとらわれたのは、まだ、小川のような段階であった。
 潮の川を渡って高台へ避難しようにも、すでに、底流では大の大人を転倒せしめるほどの津波エネルギーに成長していたのである。
 それはまさしく、生き物のような〝力〟をもって彼女の脚に突進してきた。

 いちど流されると、あとは奔流に身を弄(もてあそ)ばれるのみで、まったく抗うことなぞ出来やしなかった。

 圭子はしばらく、海とは逆の方向に津波によって容赦なく流された。
 そして水かさが増し、自身が完全に水没するほどの深さになって、激しい水流のなかで、転がる玉のようにもがいていた時だった。

 彼女の脚にすがるものがあった。

 

      

 


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