あの日。
圭子は、会社が休みで、自宅でまったりと過ごしていた。
そして、散歩でもしようと、家から数歩ばかり出たのが、二時四十六分…だった。
この世が崩壊するかと恐怖に感ずるほどの大揺れが襲い、悲鳴をあげながら、路上にうずくまるより他なかった。
そして、ほどなくして、あの〝魔の水塊〟が街に侵入してきた。
はじめは、小川のようなせせらぎであったが、それは、次第に鉄砲水の如くに勢いを増し、しまいには、大洪水の様を呈して、街を一気に飲み込んだ。
圭子がその華奢な脚をとらわれたのは、まだ、小川のような段階であった。
潮の川を渡って高台へ避難しようにも、すでに、底流では大の大人を転倒せしめるほどの津波エネルギーに成長していたのである。
それはまさしく、生き物のような〝力〟をもって彼女の脚に突進してきた。
いちど流されると、あとは奔流に身を弄(もてあそ)ばれるのみで、まったく抗うことなぞ出来やしなかった。
圭子はしばらく、海とは逆の方向に津波によって容赦なく流された。
そして水かさが増し、自身が完全に水没するほどの深さになって、激しい水流のなかで、転がる玉のようにもがいていた時だった。
彼女の脚にすがるものがあった。
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