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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

怪談『もしもしハイハイ』

2022-08-24 07:41:38 | 創作

 静かな日曜の午後でした。 

 朝からチラチラと雪が降りだして、ひさしぶりに、ホワイト・クリスマスになりそうな予感がしました。
 

 ター君のお父さんはおコタにトップリと足をいれながらひとりでボンヤリお酒を呑んでいました。
 それは葡萄で出来たワインというお酒です。
 ツルのように足の長いコップのなかでワインは金色にキラキラ、チカチカ・・・と輝いていました。
 

 お父さんはワインをチビリ、チビリやりながら、どんどん白くなってゆく外の景色をながめていました。
 空からヒラヒラ舞い降りてくるちぎれた綿のような雪を見つめているとなんだか、だんだんと自分の方が雲の上へ、スゥーッと昇ってゆくような感じがしました。
 

 おコタの上に頬杖をつきながら、ぼんやり部屋のなかを見まわしているとお父さんはホコリをかぶった小ちゃな赤いプッシュフォンを見つけました。
 それは、ター君のものでした。
 白い数字が書かれたボタンが可愛いらしいプッシュフォンです。
 

 ター君のプッシュフォンをおコタの上にトンとのせるとお父さんはしばらくそれをながめていたました。
 ボタンが「1」から「0」まで十個ついています。
 お父さんは「1」のボタンを指先でチョコンと押してみました。
 すると、
「ポーン!」
 という、きれいな音が部屋中に鳴り響きました。
「2」のボタンを押すと、今度は少し高い音が

「パーン!」 

 と、鳴りました。 

 お父さんは、「3」も「4」も押してみました。
 そのたびに、

「パーン!」
「ポーン!」
 と、澄んだ音が鳴り響きます。
 

 そうして、はじめてそれらのボタンが「ドレミファソラシド」の順になっていることに気づきました。
 お父さんは出鱈目に三つのボタンを押してみると
「ポン。ピン。パァーン!」
 と不思議な響きが部屋中にコダマしました。
 

 お父さんはワインをガブリと一口飲むと足の長いコップをおコタの上にコトンとおきました。
 金色のワインはゆらゆら揺れながらチカチカと、小さな十字架の形をたくさん光らせました。
  
  ***

 お父さんは受話器を左手でとるとそれを耳にあてて右手のひとさし指で「1・3・5・8」という順でボタンをゆっくり押しました。
 すると今度はとってもキレイな音がお部屋いっぱいに鳴り響きました。
 それは「ド・ミ・ソ・ド」という和音だったからです。
 でも、お父さんの耳には受話器をあてても何も聞こえませんでした。
 本物だったら、
「プゥー」
 とか
「ツゥー」
 とか聞こえるはずなのに。

  ***

 お父さんは、しばらく受話器を耳にあてたまま、ボンヤリと、おコタの上をながめていました。
 懐かしそうにター君の電話をながめていました。
 お父さんは唾をゴクンと呑み込むとチョッとかすれた声で
「もしもしィ!
 ター君ですかァ?」
 と、明るく言ってみました。
 

 それから、しばらくお父さんは、また黙ってしまいました。
 お父さんの目が、少しだけ光りました。
 ワインを一口飲みました。
「ター君。
 お父さんだよ。
 元気ィ?」
 と、明るい声でいうと今度はお父さんの目から

 大きな大きな泪の玉が三つぶ、おコタの上にボロン! ボロン! ボロン…と落っこちました。
 しばらく時計の音だけがコチッ、コチッ…と部屋中に響いていました。

 その時ですッ!
 

 虫が鳴くようなかすかな音が受話機の向こうから響いてくるではありませんか。
 それは糸電話の声みたいに小さく震えながら虫の囁きと同じぐらいかすかに
「もしもしィ。
 もしもしィ・・・」
 と、言っているようです。
 

 それは、とっても、とっても懐かしい声の響きでした。

「もしもしィ?
 もしもし? ・・・・・・
 

 お父さん?
 お父さんなの? ・・・」
 

 お父さんはハッとして体を起こすと
「ター君かいッ?」
 と驚いて大声を出しました。
 

 すると電話の向こう側の男の子も驚いた声で言いました。
「お父さん?
 ほんとに、お父さん?」
 

 時間が真っ白になって止まってしまったようでした。
「うんうん・・・」
 お父さんは、何べんもうなずきました。
 

 男の子が言いました。
「うそォーッ!
 信じられないやッ!」
 

 たしかにそれは間違いなくター君の声でした。

  ***

 お父さんは耳の穴をかっぽじってター君の声をちょっとだって聞きもらすまいと思いました。
 ター君が、電話の向こうにいるんです。

「お父さん。
 ぼく、元気だよ。
 もうね、どッこも
 痛くなんかないし・・・
 手だって、足だって
 ホラーッ!
 ちゃんと、動かせるんだよォー!」
 

 お父さんはウンウンうなずきながら鼻をすすりました。
 泪が、あとから、あとからポトポト、ポトポトこぼれ落ちました。
「ター君。
 お父さんなァ・・・」
 そう言うと、お父さんはそのあとが言えません。
 

 ター君の声は、お父さんにやさしく言いました。
「お父さん。
 ぼくね・・・
 さびしくなんかないよ。
 だってね、おじいちゃんも、
 おばあちゃんも、一緒だもん。
 タロタロだって・・・
 シッポふって、ここにいるんだよ」
 

 タロタロは、ター君と散歩していたときに一緒に車に轢かれました。
 お父さんの耳には、たしかに
「ウォン! ウォン! ウォンッ!」
 と元気に吠える、タロタロの声が聞こえました。

「お父さん。
 元気でね。
 ぼく待ってるから・・・。
 それまで、おじいちゃんたちと一緒だから安心だよ・・・」
 

 お父さんは
「うん・・・」
 と、ひとつうなずきました。
 そして、また一つ泪をポタリと落としました。

「さよなら。お父さん・・・」
「・・・・・・」

  ***

 お父さんはもっともっとター君とお話をしたいと思いました。
 でも、それが出来ないことだということを感じました。

「ぼく待ってるよ。お父さん・・・」
 ター君はやさしくお父さんに言いました。

「うん・・・。
 さよなら・・・。
 ター君・・・」
 お父さんは、やっと、そう言いました。
 

 そして心のなかでもう一度
(さよなら・・・)
 と、つぶやいて、しずかに小さな受話器をおきました。

 

 

*



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