あり馴れて
電気の恵み思ふこころ
うすれ失せてはならぬと思ふ
衣食住みなものいわず
さはあれど
すべてお世話になりつづけおり
碧水歌

全国にいる友人・知人・教え子・元同僚から
連日、たくさんの支援をいただいている。
昨日は、元職場で
ギターの弟子だった
ガッちゃんのご主人が
わざわざ兵庫の赤穂市から
福島まで支援物資を届けに来てくださった。
普段の感覚で、宅配便が使えるものと思い
軽い気持ちで、非常食用の小麦粉と
枯渇しているトイレットペーパーが
そちらで入手できたら送って、とお願いしたら
この非常時では宅配便が機能するわけもなく
手ずから届けに行く、と申し出をされたので
固くお断りをした。
隣県ならいざしらず
兵庫~福島というのは
600キロは離れていようか、
というほどの遠方である。
しかも、交通手段が東北では
寸断されているので那須からこっちは
在来線も新幹線も走っていない。
ましてや、大余震が連日頻発していて
原発の汚染区域でもあり
福島から15.000人も脱出している
というのに、そこへやってくるというのは
常人の思慮ではありえない。
しかし、ご主人は
元自衛官で予備役でもあるので
個人的にでも被災地に物資を届けようという
熱い使命感を持っておられたのか
なんと赤穂線・新幹線と乗り継いだうえ
新宿から福島までバスで来られたのだ。
まったくもって
御家の決断力と実行力には
頭が下がるほかない。
人を感動させる行動とは
こういうことをいうのだろう。
避難所巡回中に到着の電話を受けて、
待ち合わせ場所を
「駅前に交番があるんですけど…」
と伝えたら、
「ここからは、視認できません」
と応えられたので、
さすが、元自衛官、と感心してしまった。
「これからすぐに向かいますので」
と伝えると
「いえ、あわてずに来て下さい」
と気遣ってくださった。
交番前に赴くと
180センチ以上もある体躯のガッシリした方が
目印の大型迷彩バッグとリュックを携えて
立っておられた。
常人ではとても一人で持って移動できないような
迷彩バッグは軽く20キロはあったかもしれない。
こんなのを持ってよくぞ歩けるなぁ…と
感心もし驚きもした。
さすが、元自衛官。
ほんとに、気は優しくて力持ち。
わざわざ赤穂から来ていただいたのに
観光にお連れしたり
何らご接待もできないのが
心苦しい限りだったので、
せめて、一泊されるというホテルまで、
車でお送りしようと申し出たら
「先生は、お仕事があるでしょうから、
どうぞ、自分のことはかまわないで下さい」
と言って握手を求められたときには
なんだかウルッときてしまった。
すかさず、敬礼したら
答礼していただいた。
('◇')ゞ
なんだか『震災列島』という映画の
ワンシーンみたいだった。
次回は、必ずやご夫婦で
観光旅行に来てほしい旨を伝えた。
そのときは、何としても
福島の至宝・磐梯国立公園を案内したい。
急場の為、何ら手土産の用意ができなかったので
お荷物になったが、演奏CDやら著書やらを
お持ち帰りいただいた。

それと、失礼ながら
避難所の塩結びとペットボトル水を
さしあげたので、夕食には被災者を偲んで
食されたかもしれない。
物資以外に、お見舞いまで頂戴して、
感謝・感激・雨・原発であった。

カミさんが迷彩バッグを開けて
ビックラこいていた。
食卓の上に全部並べてみたら
乗りきらぬほどで
このまま避難所で店を開けそうな
物量だった。
何から何まで揃っていたが
何よりも「真心」が
しっかりと詰まっていた。
(T人T) アジガドー!

ウチのボケ婆さんが
迷彩バッグを見て
「あらー。これ、素敵な柄のバッグだこと。
今度、出かけるとき、貸して」
だって。
あんたは、レンジャー・ババアか…と
迷彩をしらぬ老母に
苦笑が洩れた。
┐(^-^;)┌
世話になるすべてに礼をいふこころ
ゆらぐこころに
やすらぎもたらす
世話になるすべてに礼をいふこころ
はなれてはならぬ
なげきにまけて
世話になるすべてに礼をいふこころ
こめて申さん
お世話になります
碧水歌
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