きのうは
朝方にまた
雪がちらつき、
車のフロントガラスも
ワイパーが必要なほどだった。
修論の提出を終え、
四月から東京勤務になった
新潟のナッちゃんが
アパートの不要物を
どっさり持ち帰ってきた。
自分もまだ
来年度の勤務校についての通告が
県教委から連絡がこない。
例年、二月末から
三月のあたま辺りなので、
そろそろ連絡があっても
よさそうなのだが・・・。
もし、一校でも
減るような事があれば、
また、この時期から
荷物整理をして
持ち帰ってこないといけない。
そうなると、
せっかく、キレイに片付た
ご神前の部屋が
また、二人分の荷物で
埋まってしまいそうである・・・(涙)。
三寒四温の
寒の戻りには
車内の外気計が
氷点下を示していることもある。
ステアリングは
氷の棒のように冷たいので、
手袋は必須だが、
耳までスッポリかぶれる
ニット帽子と
ひざ掛け毛布でも身をくるむ。
尚且つ、マグボトルに入れた
熱々の味噌汁なぞを
ジルジルと啜って
体もアイドリング(暖機運転)してから
ようやく出発となる。
寒さをもたらす
チラ雪ではあるが、
それでも、晴れ上がると
隣家の見事な庭木に
可愛い綿帽子になる。
学校の玄関松も
うっすらと
粉糖をふったような
いい景色を見せてくれる。
通勤路にある
郵便局に寄って、
アタリ年賀状を
切手シートに交換してきた。
手渡される際に、
妙齢の女性職員から
「おめでとうございます!」
と微笑まれたので、
なんだか、ちょっと
気分がよかった。
宝くじほどの
大当たりではないものの、
「LUCKY ♡」と記された
「大入」ポチ袋を
三枚も渡されるのは、
やっぱり目出度いのだろう(笑)。
ちなみに、
今年は
丸い形の
シール式だった。
***
「メメントモリ
カルペディエム」
(死を忘れるな
今を生きよ)
を座右の銘にしているが、
時折、後半を忘れて
出てこないことがあるので、
民報の太った芸能アナの
「軽部DM」と
語呂合わせにしてみた。
そしたら、今度は、
国試の過去問に出てきた
「MDMA」を思い出し、
その略語が気になって
ウィキってみた。
メチレンジオキシメタンフェタミン
(methylenedioxymethamphetamine)
というものだったが、
日英ともに長くって
覚えづらい。
生物学の中にも、
NADPという
光合成や解糖系の
電子伝達体があるが、
これは
「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸」
(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)
という四語の略である。
MDMAは、
脳内のセロトニンを
過剰放出させ
多幸感をもたらすが、
日本では
違法薬物とされている。
ちまたでは、
「エクスタシー」とも呼ばれるが、
売人符牒では、
丸い錠剤なので「タマ」、
「✕」から「バツ」「ペケ」
とも呼ばれるようだ。
***
このコロナ禍で、
どこのメンタルクリニックも
混んでいるという。
なにせ、
中学生の24%が
「抑うつ」状態という
先週の調査結果には驚いた。
きのうも、
重めの子に会ったが、
「もう、生きていたくない」
「生まれてくるんじゃなかった」
と蚊の鳴くような声で
泣きながら言われて、
参ってしまった。
プロの心理屋だから、
場慣れしているとは
いうものの、
一人の人間の存在感は
大きなもので、
その相手から
全人的に「絶望感」を
告げられると、
いかな専門的職業人としても
言葉に絶してしまう。
下手な言葉の慰めなぞ、
無力で届かないというのを
百も承知であるからだ。
それでも、
自らも「うつ」のどん底を体験し、
希死念慮に囚われる苦しみは
嫌と言うほど味わってきたので、
「同病相憐れむ」じゃないが、
黙って目の前に座り
「辛いねぇ・・・」
と言葉を掛けるくらいはできる。
そんな時、
今は九州に行かれた
かつての主治医から
「うつ病になったのは、
カウンセラーとしての
勲章のようなものですよ」
と言われたことが蘇る。
たしかに、
今となっては、
誰よりも「うつ」の苦しさや
その病理なぞを
よく理解できている
支援者かもしれないが、
それでも、
卒後に自殺した生徒もいたし、
最近も、危うく
逝ってしまう処だった子もいた。
学校カウンセラーというと、
「不登校」の専門家か?
みたいな安易なイメージを
抱かれやすいが、
その実、"生き死に"の
最前線に常に置かれている
ナイフ・リッジを行く
クライマーでもあるのだ。
朝方にまた
雪がちらつき、
車のフロントガラスも
ワイパーが必要なほどだった。
修論の提出を終え、
四月から東京勤務になった
新潟のナッちゃんが
アパートの不要物を
どっさり持ち帰ってきた。
自分もまだ
来年度の勤務校についての通告が
県教委から連絡がこない。
例年、二月末から
三月のあたま辺りなので、
そろそろ連絡があっても
よさそうなのだが・・・。
もし、一校でも
減るような事があれば、
また、この時期から
荷物整理をして
持ち帰ってこないといけない。
そうなると、
せっかく、キレイに片付た
ご神前の部屋が
また、二人分の荷物で
埋まってしまいそうである・・・(涙)。
三寒四温の
寒の戻りには
車内の外気計が
氷点下を示していることもある。
ステアリングは
氷の棒のように冷たいので、
手袋は必須だが、
耳までスッポリかぶれる
ニット帽子と
ひざ掛け毛布でも身をくるむ。
尚且つ、マグボトルに入れた
熱々の味噌汁なぞを
ジルジルと啜って
体もアイドリング(暖機運転)してから
ようやく出発となる。
寒さをもたらす
チラ雪ではあるが、
それでも、晴れ上がると
隣家の見事な庭木に
可愛い綿帽子になる。
学校の玄関松も
うっすらと
粉糖をふったような
いい景色を見せてくれる。
通勤路にある
郵便局に寄って、
アタリ年賀状を
切手シートに交換してきた。
手渡される際に、
妙齢の女性職員から
「おめでとうございます!」
と微笑まれたので、
なんだか、ちょっと
気分がよかった。
宝くじほどの
大当たりではないものの、
「LUCKY ♡」と記された
「大入」ポチ袋を
三枚も渡されるのは、
やっぱり目出度いのだろう(笑)。
ちなみに、
今年は
丸い形の
シール式だった。
***
「メメントモリ
カルペディエム」
(死を忘れるな
今を生きよ)
を座右の銘にしているが、
時折、後半を忘れて
出てこないことがあるので、
民報の太った芸能アナの
「軽部DM」と
語呂合わせにしてみた。
そしたら、今度は、
国試の過去問に出てきた
「MDMA」を思い出し、
その略語が気になって
ウィキってみた。
メチレンジオキシメタンフェタミン
(methylenedioxymethamphetamine)
というものだったが、
日英ともに長くって
覚えづらい。
生物学の中にも、
NADPという
光合成や解糖系の
電子伝達体があるが、
これは
「ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸」
(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)
という四語の略である。
MDMAは、
脳内のセロトニンを
過剰放出させ
多幸感をもたらすが、
日本では
違法薬物とされている。
ちまたでは、
「エクスタシー」とも呼ばれるが、
売人符牒では、
丸い錠剤なので「タマ」、
「✕」から「バツ」「ペケ」
とも呼ばれるようだ。
***
このコロナ禍で、
どこのメンタルクリニックも
混んでいるという。
なにせ、
中学生の24%が
「抑うつ」状態という
先週の調査結果には驚いた。
きのうも、
重めの子に会ったが、
「もう、生きていたくない」
「生まれてくるんじゃなかった」
と蚊の鳴くような声で
泣きながら言われて、
参ってしまった。
プロの心理屋だから、
場慣れしているとは
いうものの、
一人の人間の存在感は
大きなもので、
その相手から
全人的に「絶望感」を
告げられると、
いかな専門的職業人としても
言葉に絶してしまう。
下手な言葉の慰めなぞ、
無力で届かないというのを
百も承知であるからだ。
それでも、
自らも「うつ」のどん底を体験し、
希死念慮に囚われる苦しみは
嫌と言うほど味わってきたので、
「同病相憐れむ」じゃないが、
黙って目の前に座り
「辛いねぇ・・・」
と言葉を掛けるくらいはできる。
そんな時、
今は九州に行かれた
かつての主治医から
「うつ病になったのは、
カウンセラーとしての
勲章のようなものですよ」
と言われたことが蘇る。
たしかに、
今となっては、
誰よりも「うつ」の苦しさや
その病理なぞを
よく理解できている
支援者かもしれないが、
それでも、
卒後に自殺した生徒もいたし、
最近も、危うく
逝ってしまう処だった子もいた。
学校カウンセラーというと、
「不登校」の専門家か?
みたいな安易なイメージを
抱かれやすいが、
その実、"生き死に"の
最前線に常に置かれている
ナイフ・リッジを行く
クライマーでもあるのだ。
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