仕事(その2)

 「たえず何か有益な仕事をし、あせったり、心配したりしないこと。
 (中略)
 あまり働きすぎてはならない。また、一般に、秩序ある暮らし方をすれば、その必要もない。一方、適度な仕事は、力を維持する最上の方法であり、また非活動的な力やたるんだ力を救う唯一の、無害な刺激剤でもある。」
(「眠れない夜のために・1」、ヒルティ、草間・大和訳、岩波文庫の1月3日)

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 「自分のしている仕事の『意味』って、何だろう……」。
 デスクワークの僕は、そういうわけでそんなことをしばしば考える。
 この「問い」に「こたえ」は、ない。
 「こたえのない問い」を考えるヒマさ、というか、デスクでぐにゅぐにゅやってると、やはり煮詰まってしまうもので。
 今日は、全くのまぐれで有用な昔の論文を見つけ、さらにぐにゅぐにゅしているうちに定時になったので、さっさと途中で切り上げた。
 帰宅し、クリーニング屋に行き、風呂を入れ、云々の家事。
 体を動かすので、これで少しバランスが取れる。

 仕事、それは「たるまない」がためにあるもののように思う。
 職場でのそれ、家でのそれ。
 もちろん働きすぎないことは大前提だ。

 全ての仕事は、意味はともかく、意義深い。
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