ロバート・フォーチュンの「幕末日本探訪記」を読みました。
ロバート・フォーチュンについては、3月末に東京の飛鳥山公園へ行った際に、この地を訪れて非常に喜んだ外国人として紹介されていたのでした。
幕末に日本を訪れた外国人がその文化の違いに驚きつつ、日本人の特質を高く評価しているのはつとに知られているところです。こうした外国人の評価をまとめて日本人を泣かせる名著としては渡辺京二さんの「逝きし世の面影」がありますが、これなど日本人ならば是非読んでおきたい一冊です。
さてロバート・フォーチュンさんですが、彼はイギリス政府からの派遣によって幕末の1860年と1861年の二度にわたって日本を訪れています。日本の珍しい植物を本国に持ち帰ることを仕事とする、いわゆる「プラントハンター」(植物収集家)です。
プラントハンターはヨーロッパでは16世紀以降世界各地の行けるところはどこでも訪れて有用な植物を探して歩きました。そしてこの時期、日本が開国したと言うことで何人ものプラントハンターが日本を訪れているのです。
ペリー提督による黒船来航が1853年で、日米和親条約が結ばれたのが1854年の3月、そしてその年の9月には日英和親条約が結ばれましたが、フォーチュンは1860年に初めて日本を訪れています。
もっとも、まだこの時期は日本の開国の動きを快く思わない攘夷派の武士も多かったわけで、だいぶ力の衰えた幕府による護衛の監視を受けながらの日本探訪でした。
フォーチュン氏は、横浜に入港し、江戸を訪問した際には染井や向島まで足を伸ばして園芸屋からいくつもの植物を買い取って収集をしていますが、それらの様子を今で言うエッセイ風に書き記したものが、この「幕末日本探訪記」というわけです。
フォーチュン氏はこの日本探訪と前後して中国の天津と北京も訪れてそこでも植物収集を行っていますが、この本では日本に関する記事が全体の8割ほどを占めていて、日本の関心を表しています。
外国人の目から見た日本の風俗に関しては、先に述べた「逝きし世の面影」でも何人もの外国人による記事が引用されていますが、このロバート・フォーチュン氏の「幕末日本探訪記」の特徴は、プラントハンターとして日本を季節の植物と園芸文化の側面から捉えていることです。
今は染井霊園になっているあたりの染井村では、アロエやサボテンなどを見つけて、「これらの南米の植物は、シナではまだ知られていないのに日本へは来ているのである。実際それは識見のある日本人の進取の気質をあらわしている」と驚いています。
また、イギリスでは斑入りの植物はアオキしか知られていなかったのに対して日本では、斑入りのラン、斑入りのシュロ、斑入りのツバキ、そして斑入りの茶まである!と歓喜の声を上げています。
花好きの国民性としては、「日本人の国民の著しい特性は、下層階級でも皆生来の花好きであると言うことだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を少し育てて無上の楽しみとしている。もしも花を愛する国民性が人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人たちに較べるとずっと勝って見える」としています。
この当時の江戸の庶民がいかに自由で花好きをほしいままに町を飾り、それを無上の喜びとしているかが驚きをもって描かれています。こうした花の文化で日本を捕らえているのがロバート・フォーチュンの文章の特徴です。
昔の表現から今の植物へと和訳をするのは大変だったでしょうが、しっかりとした訳で表現されています。
150年前の祖先の姿を花の文化を通じて見て取った記録。機会があったら是非ご一読ください。
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