北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

タミフル耐性ウィルス

2009-08-24 23:09:38 | Weblog
 いよいよ新型インフルエンザが蔓延してきたようです。

 こんなに高温多湿な時期にもかかわらず、一向に感染が衰えないということで、冬に向けてはさらなる患者数の増大が予想されます。まずはいろいろな知識を備えておくことと、自分だけでもかからないように手洗いやうがいを実践いたしましょう。

 とは言いながら、やはりかかってしまったときには病院や薬のお世話にならないといけなくなるかもしれませんが、現場のお医者さんはこうした事態をどのように見ているのでしょうか。

 インフルエンザに効く薬として話題にもよく出てくる「タミフル」ですが、これが効かないウィルスも登場したという新聞記事がありました

 事実は事実として大変なことのようですが、MRICという医療関係者のメールマガジンにこの記事を読んだお医者さんからの投稿がありましたのでお届けします。

 お医者さんの本音はどんなものなんでしょう。


---------- 【以下引用】 ----------


        ▽ 「『タミフル耐性菌』」 ▽

       有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
       AFP(日本FP協会認定)
       医学博士
        木村 知(きむら とも)

         2009年8月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
                 http://medg.jp
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 「タミフル耐性菌が発生したんですってね」
 先日、風邪で来院した園児の母親にそう言われた。
「耐性『菌』でなくて耐性『ウイルス』でしょう?」
と私は口をはさんでみたのだが、それを無視して母親は、「この冬はどうなってしまうんでしょうか?新聞には、その患者さんは、リレンザを使ったら回復できた、と書いてあったからひとまず安心しましたけど。でも、リレンザの耐性菌もいずれ出てくるんでしょう?」と少々興奮気味。

 「もともと元気なひとなら特別な薬なんか使わなくたって、自然に治るんだから、あんまり心配しなくていいんですよ」とその場はそれで終わらせたが、実際冬場になったら、このようなやりとりが一日に何度も交わされることになるのであろう。

 高度な情報社会で、インターネットも多くのひとが当たり前に使いこなせる現在では、患者さんの医療に関する知識が以前に比べて格段に増えた。しかし、残念ながらそのすべてが正確な知識というわけではない。今まで医者しか使わなかった専門用語が当たり前のように世間一般に浸透し、診察室で、あまり専門用語に気を遣わなくてもよくなってきたのは、ある意味助かるのだが、この母親の「耐性菌」のように中途半端な知識に基づいた専門用語を耳にするたびに、何とも言えない気持ちになる。


 中途半端なのは世間一般の医学知識だけではない。
 
 この母親が読んだ「タミフル耐性ウイルス」の記事は私も読んで知っていたのだが、その新聞記事には、読者に誤解をもたらす可能性がある、ひとつの中途半端な表現があった。


「国内初のタミフル耐性、大阪で確認・・・リレンザは効果」
 (http://osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/influenza/if90703a.htm  こままさ補足)

 大阪府内の新型インフルエンザ患者から、治療薬タミフルが効かない耐性ウイルスが検出されたことを厚生労働省が2日、明らかにした。6月末にデンマークで世界初の耐性ウイルスが発見されており、国内での確認は初めて。

 厚労省によると、5月15日に発症した別の患者と濃厚接触した人で、予防のためタミフルを服用中に発熱し、新型インフルと診断された。大阪府公衆衛生研究所の遺伝子解析で、タミフル耐性を示す突然変異が確認された。この患者は、別の治療薬リレンザを投与されて回復。周囲への感染拡大は認められていない。

 デンマークでは「公衆衛生上の危険はない」として、タミフルを治療薬として使い続けている。日本も同様に、タミフルを使用する方針は変えない見通しだ。(2009年07月03日 読売新聞)

 この記事を読まれて、なにかお気づきの部分はあっただろうか?

 私の頭にまっさきに浮かんだのは、耐性ウイルス出現の不安ではなく、この記事の読者は「この患者は、別の治療薬リレンザを投与されて回復。」という一文の意味を間違って捉えてしまわないだろうか、という心配だった。

 おそらく「タミフル耐性ウイルスではあるが、リレンザは効く」という意味で書かれた一文であろうが、「されて」という部分に私は強いひっかかりと不安を感じてしまったのである。

 この一文には「リレンザを投与されて(やっと)回復した」すなわち「投与されなければ回復しなかった(かもしれない)」と読者に誤解させてしまうニュアンスが含まれていると思うのだ。先日の母親の言葉からも、その誤解の存在を感じさせる。

 メディアの表現の仕方が中途半端であると、いとも簡単に読者に誤解をもたらしてしまう、ということを今回改めて実感してしまった。タミフルやリレンザを使わないとインフルエンザで大変なことになってしまう、治らない、と思い込んでいるひとが驚くほど多いのは、このような報道の蓄積が原因なのだと私は思っている。


 中途半端で奇妙なことは、まだほかにもある。

 7月22日、新型インフルエンザの届け出基準についての改正省令が厚労省より公布された。これは、新型インフルエンザ患者の全数把握は終了させて、今後はクラスター(集団発生)サーベイランスに移行させるというものだ。

 正式には7月24日からの施行だが、実は、もうすでにかなり前から全数把握などされてはいない。ほぼ全国的に感染者の報告が出た時点であったにもかかわらず、インフルエンザA型陽性患者発生の報告を所轄の保健所にすると、「関西方面に行っていなければ、通常の季節性インフルエンザとして対応してください」と患者の容態すら確認せずに対応されていたのだ。

 このような対応をされると、診察室内でわれわれ医者と患者さんは、「多分、新型だよね~」と目を見合わせるわけだが、「PCR必要なし」と言われてしまえば、現場としてはせいぜいタミフルを処方して自宅で十分休んでいただくよりほかに、なす術はないのである。

 では、単発症例は今までどおり報告しないとして、今後クラスターサーベイランスは本当に機能するのであろうか?

 改正省令では、所轄の保健所長から集団発生が疑われる施設の情報が医療機関に提供され、その集団に属する患者さんがインフルエンザ様症状を呈し、インフルエンザの診断がついた場合に、感染症法第12条の規定に基づく届け出を行うことになっている。したがって、クラスターの存在を医療機関が知って感染者を報告するには、まず保健所からの情報が必要ということになる。

 わが国では、どの医療機関を患者さんが選ぶかは自由であるため(フリーアクセス)、個別の患者さんがどの集団に属しているのかを医療機関側が把握するのはかなり難しい。よって保健所からの通達がなければ、患者さんの周辺情報をもとにクラスターの存在を推測するしかないわけだ。

 しかし、実際は保健所からの情報より案外有力な情報ソースがある。

 それは「お母さん情報」だ。

   *   *   *   *   *

 先日、近隣のある中学校で集団発生があるとの情報を得たが、その情報は保健所からではなく、皮肉にも「お母さん」のウワサから得たものだ。このような経験をしてしまうと、今回の中途半端なクラスターサーベイランスはシステムとして機能しないということを、早くも実感してしまう。
 
 そこで近隣2ヶ所の保健所に、今回の改正省令につき問い合わせをしてみた。どのように医療機関側がクラスターを把握すればいいのかを問うと、「学校ならば、学校から教育委員会を通じて保健所に連絡が入るので、その情報を医療機関に連絡します」とのことであった。

 このやり方では、かなりのタイムラグを生じる上に、会社や事業所など営利団体からの報告が正確になされるのかどうか不明であり、極めて曖昧で中途半端な施策であるといわれても仕方がない。そもそも、複数の患者さんがすでに発生している集団からさらに新しい感染者が出たからと言って報告する意義があるのだろうか。

 それを多忙の中、煩雑な手続きをしてまで行う医療機関がいったいどのくらいあるのだろうか。私にはわからない。乱暴な言い方をすれば、すでに特定されたクラスターから有症状者が出たなら、検査せずともインフルエンザとして対応してもいいくらいなのではないか、とさえ思ってしまう。

 新型の検出キットがない状況で、もはや現場では新型か季節性かの区別などできないし、するつもりもなくなってしまっているのが実情だ。今回の改正省令の通達も7月22日に公布されたものの、私の勤務する現場の医療機関に地域の医師会経由で届いたのは、驚くべきことにそれから2週間近くも過ぎた8月4日だ。現場はもはや、新型インフルエンザ対策についての興味と熱意をすっかり失ってしまっていると言っても言い過ぎではないだろう。

 それでも、もし新型を季節性と区別して、その流行状況を把握し感染拡大を防止しようとするのであれば、まったく周囲に感染者の心当たりがない単発症例だけをピックアップし、その患者さんが属する集団に注意喚起するほうが、よっぽどパンデミック対策として有効ではなかろうか、と私は思う。


 中途半端ついでに、マスクについての私見をひとつ。

 もともと外科医である私は、清潔不潔の区別を新人のころからさんざん叩き込まれてきた。その感性からすると、手術室の外はもはや不潔区域であり、その汚い空間で、いくら高性能のマスクを着けたとしても、どうも中途半端さを感じずにはいられない。それこそ冬場に一日に何十人も、数分おきにインフルエンザ感染者を診療していると、いちいちマスク交換などしておれず、顔中にインフルエンザ患者さんの咳のシブキを直接浴びながら一日過ごしているのが実情だ。

 そんな一日の終わりころには、眼鏡はシブキで曇っているし、汚い話、顔中がツバ臭くなっている。感染予防のマスク着用について否定するつもりは全くないし、正直本来なすべき感染対策を十分しているとは到底言えない状況であるが、やむを得ないいわゆる「裸顔」でインフルエンザに対峙している医者集団も一部には存在するのだ、ということをここに記しておきたい。

 医学の進歩も、医療技術の発達も、医者の技量も知識も、患者さんの医学知識も医療機関の使い方も、メディアの報道内容も方法も、医療機関や行政の感染症対策も、まだまだ「中途半端」である。その「中途半端さ」が杓子定規で融通の利かない、硬直した人間関係を心地よくやわらげてくれるものであればよいのだが、誤解や不安を助長するものであったり、人間どうしの信頼関係を損なってしまう原因になっているのであれば、時間はかかってもひとつひとつ修正していかなければならないのではないだろうか。


著者紹介
 1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。
AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。

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配信・解除依頼は info@medg.jp までメールをお送りください。
手続きに数日要することがありますので、ご了承ください。

今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いた
だけましたら幸いです。

                MRIC by 医療ガバナンス学会
                http://medg.jp
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---------- 【引用ここまで】 ----------


 中途半端な知識や思い込みだとパニックにもなれば、中途半端ゆえにそれがまたなんとなく社会の安定を保っているというのが社会や庶民の現実のようです。

 過度に恐怖を抱かずに、それでいて一応やれるだけのことはやるという中庸を保つあたりに社会生活を穏便に過ごすコツがありそうです。

 電車に乗り込んでくる家族が全員マスクをしているなんてシーンをよく見かけるようになりました。それが異様に見える私は、中途半端な危機意識しかないのでしょうか。うーむ・・・。 
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