駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

宝塚歌劇雪組『海辺のストルーエンセ』

2023年03月01日 | 観劇記/タイトルあ行
 KAAT神奈川芸術劇場、2023年2月9日15時半。
 シアター・ドラマシティ、2月26日11時半。

 18世紀中葉、若き王クリスチャン7世(縣千)が治めるデンマーク王国。大北方戦争後の中立政策によって、人々は平和な時代を謳歌している。デンマーク領・ドイツの小さな街アルトナの町医者として働くヨハン・ストルーエンセ(朝美絢)は啓蒙思想に傾倒し、保守的な医療現場を改革しようと奮闘していた。庶民のために科学と理性に基づく新しい考えを広め、いつか大きな世界で活躍したいと野心を抱くヨハンは、金と権力を得るためにその美貌と賢さ、エレガントな立ち振る舞いを武器に話題を集め、貴族相手に診療を続けていたが…
 作・演出/指田珠子、作曲・編曲/青木朝子、多田里紗。全二幕のミュージカル・フォレルスケット。

 過去のあーさ主演作の記事はこちらこちら、さっしーの過去作の記事はこちらこちら
 KAATでは私はどうもかなり早くにヨハンのキャラを見失ってしまったようで、なのでどうにもおもしろく思えなくて押さえていたDCチケットを売ろうかなとか幕間には考えていたのですが、二幕はかなりおもしろく感じたので、再度ちゃんと観よう、と予定どおり遠征、観劇しました。そうしたら、いいじゃん、私は好きだ、と思えたので、やはり複数回観ることは大事なのかもしれないなあ、と反省しました。一度観ただけで残りのチケットをお友達に譲った『エルピディイオ』よ、ごめん…
 さて、換気とか清潔とか、当時はまだメジャーでなかったことにこだわり、なので勤め先の病院をクビになったヨハンは、この世界で目覚めているのは自分だけだ、こんな世界を変えてやりたい…みたいなことを言うのですが、どうも私は初見時にそこを聞き逃していたようです(顔に見とれていたのか?)。なので次にヨハンが愛の錬金診察みたいなのを始めたときに、彼の意図がわからず、この間あーさでこんなショーの場面を観たばっかやん、となんか嫌になっちゃって、そのあとをやや投げ出し気味で観たんだと思います。
 でも彼は、世界を変える手がかりとして、世界を目覚めさせる第一歩として、まずできることをやっていただけなのですね。まあ多少はおもしろがっていたところもあったでしょうけど、別にモテたいとか安易に稼ぎたいとかでやっていたわけではなかったのでした。そこに、愛人のソフィー(妃華ゆきの)が患者として通っていると聞いて心配したブラント(諏訪さき)がやってくる。彼は自分の宮廷復帰の足掛かりとして、ヨハンを使えないかと考える…そうして外国人(このころのアルトナはドイツでもデンマーク領だったようですが、それでもなんかそういうような台詞がありましたよね? デンマーク本国ではない感じ??)の一介の医者にすぎないヨハンが、デンマーク王室と関わることになるのでした。
 酒乱で色好みの父(真那春人)が早くに死に、若くして王位に就き、父の後妻(愛すみれ)に厳しく当たられ、屈託につぶれそうになっているクリスチャンと、外国から嫁いできてなじめず、王太子(星沢ありさ)は産んだものの本来の活発さも押し殺し、身を潜めるようにして暮らしているカロリーネ(音彩唯)。クリスチャンは現実に目をつぶりたい、ずっと眠っていたいと厭世的になっていますが、カロリーネに関してはキーワードとも言えるこの目覚め云々に関する台詞がなかった気がしたので、何かあるといいのになと思いました。ともあれ王宮そのものが不健康な病巣で、ヨハンはそこに刷新をもたらしていく。適度な運動で心身ともに健康になり健全になり、友愛が芽生え、そして…そこに唇があったから、とでもいうように唐突に、ふいに、なんとなく、キスしてしまうヨハンとカロリーネ、何も知らないままのクリスチャン…で、幕。恐ろしい…なんとなく『翼ある人びと』の一幕の終わり方などを想起しました。
 でも、宝塚歌劇の観客は保守的なので、というかそっちに理があるとなれば不倫でもなんでもそれこそが真の愛とか言って容認するとは思うのですが今回に関しては史実とはいえなかなか難しいケースだし、上手く展開させないとこれは難しいぞ…とは心配しました。でも二幕のスピーディーさがそこまで傷を広げなかった気がして、よかったと思いました。ヨハンは、本来は立ち止まるべきだったのでしょう。実際の年齢は知りませんがカロリーネはまだまだ子供でこれがほぼ初恋で、彼女が突っ走ってしまうのは仕方ない。だからヨハンは本当はそれを押しとどめるべきだったのですよ、相手は少女のようといっても一国の王妃で人妻で母親で、一方彼は世の中の酸いも甘いもわかったまあまあいい大人だったはずなのですからね。クリスチャンに対しても恩義も友情も感じていたはずで、マズいことになる、申し訳ないという思いもあったはずなのです。でも流されてしまうのが愛なのね…ヨハンは板挟みになり、エリザベート(華純沙那)の想いは踏みにじられる…
 一方で政治的な思想の点ではヨハンはクリスチャンと意気投合し、次々と改革を断行していく。だがそんな急進的な動きはたとえ正しいことであっても当然摩擦を生むし、清き水には住めない古い魚たちが騒ぎ出すのでした。不倫の告発、そして…
 カロリーネが逃げる気満々で外套を着ているにもかかわらず、ヨハンがそうでないところがせつないです。彼は死ぬ前に最後にこの海が見たくて、カロリーネとふたりでこの浜を走りたくてやってきたのでしょう。逃げ切れるとは思っていない、それが正解だとも思っていない。カロリーネの命だけは守るために、そしてクリスチャンへの償いのために、わざと彼を挑発して古い話の決闘に持ち込み、彼の刃にあっさり倒れる。大人たちがその死を隠蔽し捏造して、史実にしていく。海鳴りだけが残る…
 天国エンドでないのがよかったです。最後に幽鬼のように海辺に現れたヨハンの姿は、ちょうどポスターの構図のよう。でも切り取られたその外側に、物語の冒頭からいた、召使いの女(白綺華)と男爵(苑利香輝)が寄り添う姿があります。身分などなくみんなが平等で、みんなに人権がある自由な世界…ヨハンが夢見た理想は究極的にはそういうものだったのでしょうが、しかしそれは今なお地上のほとんどの国で達成されたとは言えません。このカップルが幸せにいられるのはヨハンの功績のひとつだったかもしれないし、そもそも彼らは物語のハナからラブラブではあったので全然関係ないのかもしれない。むしろ王太子フレゼリクとテレーサ(瑞季せれな)、ハンス(月瀬陽)が仲良く遊び回る様子こそが、身分を越えて微笑ましいようでもあり、逆に男ふたりに女ひとりということで将来の悲劇の予感を感じさせもする。彼のしたこと、成し遂げたこととはなんだったのか…そんな不穏な、もの悲しい、ラブラブハッピーでは全然ない物語…そんな作品だったように思いました。私は、好きです。

 あーさは確かに不思議なスターというか、まあなんでもできるんだろうけどどこが本当にハマるのかまだちょっとよく見えないようなところがありますよね。破滅するタイプがいい、ともそんなに思えないしな…でも今回もきっちり手堅くやっていたと思いました。ただ、これでファンがさらに増える!というような起爆力のある役、作品ではない気はしました。重ねて言いますが私は好きでしたけれどね。
 そうそう、プログラムにはあったのに何故か本編にはなかったメガネ姿が、いつしか日替わりでどこかの場面にかけて出る、となったそうじゃないですか。なんてあざとい…! KAATではどの場面だったか覚えていないのですが、DCで私が観たときはクリスチャンの代わりに法律を創案している場面でかけていて、有能文官チックでこれまたときめきました。そのあとユリアーネだったか誰だったか、とにかく娘役に寄っていくときに外して胸ポケットにしまうのも、妙にヤらしてくよかったです。くうぅ…
 はばまいちゃんも歌はもちろんなんでも上手いし、子供っぽかったところから恋を知り幽閉されるに至るまでの激動の人生をよく演じていたと思います。ドレスもどれもよく似合っていたし、男装というか軍服姿も素敵でした。でもそもそもイギリス王の妹でハナから「お姫さま」だったんだから、冒頭の台詞は「いつかどこかのお妃さまになる」とした方がよかったでしょうね。
 あがちんもホント、実はこういうお役も上手い、パワー押しのタイプに見えてなかなか繊細なお芝居をするスターさんですよね。とてもよかったと思いました。でもフィナーレはまさに水を得た魚で生き生きと踊っていて、上げた脚がぴたり90度で本当に美しく、清々しかったです。
 でもこのトリオに、実はこの人の存在が本当に欠かせなかった、重かったホントいいスターさんになった…!というのがすわっちだったと思います。ブラントとソフィーももちろん不倫なんだけれど(ラインナップで隣でイチャイチャしてて可愛かった!)、たとえば彼らを主人公にして一歩引いた形で作ってもおもしろい作品だったかもしれない、と思えるくらいおもしろい、いいお役で、そして本当にあたたかかった上手かった…! 悶えましたシビれました。朝焼けに燃える赤い海を、この四人で見たことに、意味があったんですよね…(涙)
 まなはるのバランスの良さとかにわにわのまたいい感じの在り方とか、すっかりこういうポジションを任せて安心となった愛すみれ様とか、嫌ったらしくてうさんくさい感じが絶妙だった叶ゆうりとか毎度ホントなんでも上手い一禾くん(てか上手いけど朴訥なタイプ…とか思っていたら今回フィナーレが色っぽくて刮目しちゃいましたよ! アナタいつの間に! やはり一皮剥ける時期ってあるんだなあ…!)とか、万全でした。白峰ゆりちゃんは美人でダンスは本当に素晴らしいんだけれど、台詞と歌はちょっとアレレだったかなー。日和くんや紀城くんの起用がけっこう嬉しかったです、ちゃんと上手いしね。雪組も芝居ができる人が本当にたくさんいますよね…!
 白綺華ちゃんの歌は私はそんなに…でした。妃華ちゃんがホント毎度艶やかで、そしてすわんたんがまたしょーもない感じの女官をいい感じにやっていてニヤニヤしちゃいました。あとは一座の千早真央ちゃん、カワイイ可愛い。りなくるも美人!
 フィナーレも素敵で、楽しかったです。
「フォレルスケット」とは、エラ・フランシス・サンダース『翻訳できない世界の言葉』(創元社)によれば「語れないほど幸福な恋におちている」という意味の形容詞のノルウェー語だそうです。主人公たち三人の姿に当てはめて…みたいなことを作家は「歌劇」で語っていましたかね。素敵な感性で、これからにも期待できます。次はもう大劇場デビューかな? 楽しみです。
 この題材そのものは史実かつ映画化やオペラ化もされているものだそうで、ちょっと見てみたいなと思いました。
 もうひとつの別箱組と合流しての新生雪組本公演も、楽しみです。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« エル・コシマノ『サスペンス... | トップ | 宝塚歌劇雪組『BONNIE... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

観劇記/タイトルあ行」カテゴリの最新記事