駒子の備忘録

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『王様と私』

2024年04月17日 | 観劇記/タイトルあ行
 日生劇場、2024年4月15日17時45分。

 1860年代のシャム(現タイ)。イギリス人将校の未亡人アンナ(明日海りお)が、はるばる王都バンコクに到着する。植民地化を図る欧米列強が迫る中、王様(北村一輝)は国の将来を背負う子供たちに西洋式の教育を受けさせるために、アンナを家庭教師として雇ったのだった。オルトン船長(今拓哉)に見送られ、クララホム大臣(小西遼生)にバンコク式の出迎えを受けたアンナは、異国の地に趣く難しさを痛感するが…
 音楽/リチャード・ロジャース、脚本・歌詞/オスカー・ハマースタインⅡ、翻訳・訳詞・演出/小林香、振付/エミリー・モルトビー、音楽監督・歌唱指導/山口琇也、美術/松井るみ。
 アンナ・レオノーウェンズの手記に基づくランドンの小説を原作にしたミュージカルで、ブロードウェイ初演は1951年。日本では市川染五郎(現・松本白鸚)と越路吹雪で1965年初演。東宝では四半世紀ぶりの上演、全2幕。

 ケンワタナベ凱旋公演版を観たときの感想はこちら
 今回は、えっ北村一輝ってミュージカルもやるの?とかみりおちゃんの歌はその後上手くなってるの?とかいろいろ不安もありましたが、作品が好きだし日本語で観たいし小林香のアップデート力、フェミニズム観は信頼できると思っているので、みりお担の親友に連れていっていただきました。H列のほぼほぼセンターというお席でたいへん観やすく、休演日の花組子が来ているのも眺められて(れいちゃん、まどか、はなこと…あとは誰だったのでしょうね?)、楽しい観劇となりました。銀橋か作られていて、なかなか効果的に使われていたのも印象的でした。
 オーバチュアが流れる中、まだ暗い舞台に船を模したらしい装置が現れるのが見えて、舳先に人影、ドレス姿っぽいシルエット…これはみりおかな?と思っていたらぱっと明転して、まさしく白とブルーのドレス姿のそれはそれは麗しいみりおアンナがいたものだから、思わず拍手しましたよね…! これは別に宝塚式ということもない、開幕への、そして耀くように美しいヒロインへの正しき拍手でした。てかそもそも『アンナと王様』だもんね、むしろアンナが主役のお話ですものね。オペラで見ると顔にちょっと隈があって驚きましたが、もともと出やすいタイプなんだそうな…肌が薄いのかしらん?
 さて、みりおの歌は、ここで最初に歌う歌の高音が弱かった以外はまったく問題なく、あとはあのまろやかな美声を久々に朗々と響かせてくれました。つかみで失敗したんじゃダメじゃん、とも言えるんだけど、この高音問題は今後も課題なのでしょう。ミュージカル女優をやっていくんだったら、ホントなんとかしていただきたい、とは思っています。
 でも、でも…もともとオールド・クラシック・ミュージカルでナンバー数がそれほど多くなく、演技の比率がずっと高い舞台だ、というのもあるのですが…みりおアンナ、素晴らしかったです!
 アンナって、わりと普通の女性なんだと思うんですよね。すごくプライドが高い貴族の貴婦人、とかでもないし、逆にものすごく先進的で開明的で科学的思考の持ち主で…というんでもない、ごく普通の母親、成人女性なんだと思うのです。もちろん、おそらくは夫の赴任地の関係でアジア諸国を回っているようだし、その経験から来る、一般的な西洋人よりは東洋に対する偏見がない、とかはあるかもしれませんが、それですごく居丈高になっているわけではない。仕事だから、契約だから、約束だから誠心誠意果たそうとし、人と人として誠実に向き合おうとしている、けれど理不尽なことには黙っていないし、でも頑固一辺倒ではなく引くときは引くこともできる、優しく賢く柔軟な、でも決してスーパーレディではない、ごく普通のまっとうな女性。みりおはそれを実にチャーミングに演じていて、誰もが好きになるに決まっているアンナになっていました。観ていて本当に気持ちがよかったし、共感し、応援し、一緒に泣き笑いしました。そういう演技ができる確かな実力とテクニック、空間把握能力を感じました。ステージングもあるだろうけれど、なんてことない歌を歌うときの振りがいちいち決まっていて、ひとりでも舞台が保つ。その華、輝き、スター力よ…! 私はミュージカルなんだからまず歌える人がやってくれ、と再三言ってきましたが、その上でこのスター力がないと、舞台の主演はできないんだな、と痛感しました…!!
 クリノリンを入れるような、わっさー!っとしたドレスはみりおもまだまだ不慣れなはずですが、スカートさばきも素晴らしく、美しくて見とれました。衣裳はもちろん有村淳、ゴージャスでエレガントで素晴らしかったです。
 王様がまた…舞台経験はあるもののこれが初ミュージカルだったそうですが、歌も大健闘していたと思います。そもそも王様にはソロが一曲しかありませんしね。あとでチュラロンコン王子(この日は前田武蔵)とルイス(田中誠人)がリプライズで歌う方がよっぽど上手いしミュージカルになっていましたが、でもいいんですよ。なんせ芝居歌として正しかった。そしてこれまたとてもチャーミングな王様でした。
 王様の父親は、悩まない、迷わない国王だった。それで済んでいた、古き良き時代だった。てっぺんでただ威張っていても政治は大臣たちがみんなやってくれていたんでしょうし、国民はみんな崇めてくれていたのでしょう。でも今、周りの国々がどんどん西欧諸国の植民地になっていくような世界情勢の中で、迷い、悩み、恐れている。子供たちに西洋人の家庭教師を呼ぶくらいには開明的で、でもまだまだ古くて頑固で因習に縛られていて、何より威張ることをやめられないでいる…要するにそこらの男と同じってことなのですが(笑)、現実に男性に「俺も悩んでいるんだよねえ…」とか言われると、その「悩んでいるんだよねえ…」の背後に「(チラッ)」みたいなのが感じられて「知るかボケ!!」って返したくなっちゃうわけです。でもこれは舞台だから、王様がひとりで悩んでいるところを覗いちゃうだけだし、王様は大臣にもアンナにも素直に悩みや迷いを打ち明けられないでいる。それでなんとかしようとしてジタバタしてドタバタする、それを眺める作品だから、手放しでキュンキュンできるのです。その芝居がものすごく達者だな、といたく感心しました。
 ただ、上着をなんか必要以上にバサバサさせるんだよなー…あれは王様の乱暴さとかワイルドさとかあまりお行儀にかまわない感じの演技、というよりは、単に中の人が長いお衣装を扱い慣れていないだけ、のように私には見えて、そこは優雅でもいいんじゃないの?とは思ったのです。それこそソロの間の動きもそう美しくはなく、これは場数やテクニックが要るのだな、と改めて再認識できました。
 でも、いい王様でした。ちょっとおじさんっぽくわざとガラガラ声っぽくしゃべるのもよかったし、臨終の演技もとてもよかったです。人が死んで泣くとか単純すぎてサイテー、と思っている私ですらダダ泣きしました。というか基本的にずっと泣いていました…
 だって「Shall We Dance?」の幸福感ったらなかったんですもの…! サビになる前のフレーズをみりおアンナがほろほろ歌い出した瞬間からもう泣いていましたが、手を取り合って、身を寄せてホールドして、ふたりでくるんくるん回って…歌詞は今回オリジナルのものになっていたと思いますが(プログラム不記載)、よく歌われるものでは「♪もしも愛し合うことになっても~」とあるじゃないですか。今まではあくまでビジネスパートナーで、雇用主と被雇用者で、意見の相違も多い相手で、でも異性で、今はお互いがお互いの腕の中にいて…ふたりの心がひとつになっていくのがわかるダンスでした。そして王様がふっとアンナの頬に手を伸ばす、でも次の瞬間にはそっと引っ込めてアンナも身を引く、その一瞬のときめきととまどいとためらいと、そして大人の判断と…もう爆泣きしました。なんてせつないの、ロマンチックなの!てなもんです(「先生なのにロマンチストなんですね」みたいな台詞はよかったなあぁ! 科学的、という言葉に対してまだ極端なんだよね…)。
 そしてタプティム(朝月希和)のひらめがまた素晴らしかったんですよ! オペラばりのアリアをあんなに聴かせてくれるなんて、現役時代は決して歌の人じゃなかったのにすごい…!と震えました。しかも生腹まで拝ませてくれて…相変わらず相手役を素敵に見せる立ち居振る舞いも美しかったです。強くひたむきで、でもけなげで、理知的で聡明で、一瞬でも相思相愛の相手と睦めたことは幸せだったろうけれど、けれど悲しい女性…沁みました。そしてこれはかなり大きなお役なんだなあ、と改めて感心、感動しました。
 対して古い女性の代表、とされるのかもしれないチャン王妃(木村花代)ですが、これまた素晴らしかったです。木村花代のこういう歌い上げるソロを久々に聞いた気がしましたし、多くの妻妾や子供たちと暮らすなんて大変な日々に決まっているのによく管理し、何より王様を愛し王様のためにいろいろ気を遣っている、これまた優しく強く聡明な女性でした。西洋のイブニングドレスをちゃんと着こなしちゃうのもとっても素敵。
 ラムゼイ卿(中河内雅貴)が来るからって、西洋式の晩餐会、舞踏会で迎えよう、というのは本当は単なる迎合にすぎず、今ならシャム式の宴会で迎えることこそが正しい友好の場だよ、とも思えるんだけれど、このバージョンでもちゃんと1幕アタマの「Western People Funny」があるので、そういう批評性はちゃんとあって良きでした。てか今さんといい小西さんといい中垣内さんといい、歌わないのでなんて贅沢な器用!とこれまた震えましたが、でもお芝居でもがっちり脇を固めていて好印象でした。
 また、劇中劇場面は本格的なタイ舞踊の振付がついていたようで、これも素晴らしかったです。これも初演時は、もっと単純な、西洋の似非オリエンタリズムみたいな場面だったのではないかと思うんですよね。それがアップデートされてきている。今回は、白塗りして白人を演じているタイ人、に扮している日本人俳優、という構造になって、そこにちゃんと批評性があるなと感じました。そもそもはオペラにバレエ場面が組み込まれるようなノリだったのかもしれないけれど、一場面としてもとてもおもしろく、見応えがありました。ラストに仏陀の教えを説いちゃうところは、やはり本質的には仏教徒であろう我々日本人としてもなかなかおもしろいものがあるなと感慨深かったです。お妃さまたちの歌も素晴らしかったです。
 そして子役たちも素晴らしかった…! ドラゴンとエレファントの2チームでダブルキャストのようですが、プログラムを見たらひとり初舞台の子がいるだけで、あとは全員そうそうたる芸歴の持ち主なんですよ…! 本当に歌もお芝居も達者でした。子役で泣かせるなんて下の下よ、と思いつつもダダ泣きする私…どうしたどうした(^^;)。
 この回の王子とルイスは、王子がもう声変わりをしていてルイスはまだボーイソプラノで、そんなデュエットもとても素敵でした。ことに王子は眉目秀麗だったなあ、数年したらもう大人の役者としてミュージカルの舞台に立っていたりするんだろうなあぁ…
 ラストに王子が、王となってまず最初に決めるのが花火とボートレースの開催、ってのがいいのです。それはご褒美だからいいのよ、王様になったんだからそれくらいは好きなことをしていいと思うの。この先大変なことばかりだしね。
 でも2番目には、土下座の廃止を決めるのです。不必要だから、身体を傷めるだけだから、虚礼だから。民のために、そう決めたのです。民のために働く、これぞ王様の仕事です。一から百まで自分の金と名誉と権力のためにしか動かない、本邦の自民党の政治家たちに見せてやりたい演目です。このオチは覚えていたのに、ダダ泣きしました。もうフィナーレがないと耐えられない…!と思ったらフツーにラインナップでしたけど…(笑)

 はー、そんなわけで大満足でした。また適度に忘れたころに違う座組で観たいと思いました。クラシックだけど、古臭くはないと思うんですよね。差別も文化衝突もまだまだ現代の問題なわけですし、口笛吹いて強がってればホントに元気になれる、とか知れば好きになるし好かれたくなる、とかのテーマやメッセージは永遠のものです。そしてクラシカルだけれど豊かで色褪せない楽曲の素晴らしさ…! たっぷりしたオケ(指揮/森亮平)に、優雅なハコも似合いで、セットも豪華で舞台サイズもちょうど良いと思いました。
 プログラムの装丁もアンナのドレスに合わせていて素敵でした。箔をナシにしてもう200円安くしてくれてもいいけど…(笑)いえ、このゴージャスさが似合いですよね。
 小さい子でもわかるお話だと思いますし、GWとか、家族連れにたくさん観てもらえるといいなあ、と思いました。梅芸の方がちょっと大きそうですね、でもやっぱりハマりそうです。
 無事の完走を祈っています!











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アンナと王様 (犬好きだけど猫飼い)
2024-04-22 15:04:36
4月20日、財布の都合により唯一申し込んだ公演でしかもFC貸切でF列やや下手で視界の開けた見やすい席に感謝しつつ、みりおアンナを堪能して参りました。

私も駒子様同様、当初は多少の不安がありました。でも駒子様のレビューに期待が高まり(”みりおちゃんなら何でも最高”という人々とは違うから)、実際に見て、感動に打ち震えました。最初に歌う歌の高音も、私が観た回では弱くありませんでした。隈も無かったと思います。実は他の推し(五条院凌様、宜しければどこかでチラ見してみてください)に貢ぎ過ぎていてみりおちゃんはここまでにしようかなと思っていたのですが『王様と私』を観劇して、こういう上質な舞台を見せてくれるならばと、FC期限ギリで継続手続きをいたしました。

いろんな意味で全てにおいてガッカリだった『精霊の守り人』とは一転、実に素晴らしい舞台でした。そして明日海りおの進化に驚かされました。歌の技術や楽器としての構造は同期の何とかさんや共演の何とかさんの方がずっとずっと上ですが、彼女の小鳥がさえずるような歌声は、とにかくうっとりさせてくれるものでした。演技も、はい、すばらしかったです。ポルカも、はい、小鳥のように軽やかでした。

北村王は愛嬌も含め立派に王様でしたし、あの髪型がとても似合うことに感心し、歌の低音の響きの良さにも感心しました。が、しゃべる声は嫌でした。あれは、あの方の本来の声?演出による発声?妙に裏返ったような声が私には耳障りでした。

私は生キスを見るのが苦手で、この二人は舞台が終わるまでに合計何回キスするのだろうと考えてしまう自分も嫌なのですが、
ひらめタプティムのキス、特に後半のやつは大層良かったです。舞台上のキスで素敵だと思ったのは初めてです。女の方から激しく求めに行く、しかも宝塚を卒業して間もないひらめちゃんが、殻をやぶって女優になりきってのあの演技は最高でした。私にはできないキス(相手もいない)、なのでせめてあの生腹を目指そう(目指すだけ)と思いました。

チャン王妃の突出した歌唱に驚き、プログラムを見て納得、泣く子も黙る元クリスティーヌ様だったのですね。宝塚関係以外の方の認識が浅く申し訳なく思いました。僧侶たち&子供たちの合唱も誠に良かったです。劇中劇はずいぶん長いなと思いましたがよく出来ていて飽きることなく楽しめました。東南アジアの影絵技法を取り入れるなど、さすが小林香。犬好きの私には銀橋から飛び出た3匹の追跡犬がたまらなかったです。あとは、全部良かったですしキリが無いのでここまでにします。

駒子様、これからもがんばってください。楽しみにしています。
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コメントありがとうございました (犬好きだけど猫飼いさんへ)
2024-04-25 15:34:23
そうそう、キスシーンについて言及し忘れていましたね…
私は宝塚式でもいいんじゃない?とちょっと思いましたが、
でも情熱の表現としては正しかったのかな、とも思い直しました。
北村さんは今は脚にテーピングをしているそうで、なかなかの長丁場の公演は大変なのかな、と心配です…
なんとかがんばっていただきたいものです。

素敵な公演でよかったですよね。
FC更新は正解だったと思いますよ、また良き出会いがありますように…

●駒子●
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