駒子の備忘録

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アレクシス・ホール『ボーイフレンド演じます』(二見文庫)

2021年08月31日 | 乱読記/書名は行
 ロックスターを両親に持つせいで常にパパラッチに追いかけられ、酔ったあられもない姿を写真に撮られ続けてきたルーク。おかげで勤務する慈善団体は多くのパトロンを失ってきたが、ある夜またしても醜態をさらしてしまい、上司から「まともなボーイフレンドを見つけ、生活態度を改めるように」と最後通牒を突きつけられる。相談に乗った親友が白羽の矢を立てたのは、真面目で堅物の法廷弁護士オリヴァー。彼の方もある理由から恋人を探していたのだ。こうして性格も対照的なふたりは期間限定の恋人同士を演じることになり…

『赤と白とロイヤルブルー』と同じレーベルですね。もともといわゆるハーレクイン小説を出しているところかと思うのですが、いわゆるBLものは2作目になるのかな? 「いわゆる」がしつこくてすみません、でも要するにこれが現代のロマンス・ジャンルってことですよね。LGBTQ文学とかいうよりは、基本的にはシスヘテロ女性の女性による女性のためのBL、だと思いました。
 786ページ、税込1518円という大部の文庫でしたが、ワクチン2回目接種療養中にさくさく1日で読んでしまいました。帯の推薦文みたいなのに「部屋でひとりで読んで大声を出して笑」った、というコメントがありますが、私もまさしく「ぶほっ」と吹いちゃう箇所がいくつもありました。「ブリティッシュ・ユーモアをちりばめた楽しいロマンティック・コメディ」というコメントにも同感です。
『赤と白~』同様、主人公の一人称小説です。アレックスは学生時代にソレっぽいことがなかったわけではないけれど基本的には女好きの青年で、相手役と恋に落ちることでバイセクシュアルだという自覚もできるという展開でしたし、ヘンリーはなんせプリンスですからゲイであることを隠している設定でした。今回の主人公ルークはハナからゲイで、オリヴァーもゲイであることをなんら隠していない設定でした。それでまず、昭和の古いオタクである私は「あら、ノれるかしら」とちょっと思ってしまったんですね。
 私もご多分に漏れずシスヘテロ女性で、アロマンティックでもアセクシュアルでもないのですがモテないし惚れっぽくもなくて恋愛経験は数で言えば少ないし結婚にも結びついていません。でもだからこそなのか、フィクションの恋愛ものを大変に愛好しているという読者です。ゆえにBLも嗜みます。要するにフィクションの恋愛はファンタジーとして、ドリームとして愛しているんだろうな、と思うのです。だから異性愛でも同性愛でも非現実的なのは一緒、ということです。そして物語というものは総じて、困難に遭い障害を克服してハッピーエンド、というパターンが多く、その障害はたとえばヒストリカルなものなら身分差とかが多く、BLなら当然ながら同性だから、ということが障害になってきたわけですね。それらを乗り越えて真実の愛に至る、そのジレジレの過程を私は楽しんできたわけで、そこには障害の大きさに悩み、嘆き、泣き、けれど抗い戦い、羞恥や世の規範といったものを乗り越えようとあがく現実の自分を主人公たちに重ねて、自分を奮い立たせよう自分に明るいゴールを信じさせよう、という心理が働いていたんだな、とも思うのです。だから障害が必要なのです。フィクションのスパイスです。
 でも、今や時代は21世紀なのでした(この作中には今現在を20世紀だと言うオトボケなキャラがジョークのように出てくるのですが)。同性愛はもはや障害ではないのです。少なくとも、障害であるべきではない、差別されるべきではない、とされており、それをきちんと表明し周囲にも要求するキャラクター、というものが描かれるようになっているのでした。この作品のルークもそうです。惰弱な私は当初そのまっとうさに当初ちょっと腰が退けてしまったわけですが、すぐにこれは、以前よりも時代が進んできて、私たち女性もただ泣き寝入りするのではなく「それ、セクハラですよ」と指摘し正当な扱いを求めることができるようになってきたようなことを、彼らのようなキャラクターに重ねることができるんだな、と気づいたのでした。実際、ちょいちょい「それ、差別ですよ」と言い続けるルークのタフさには感心します。梵天丸もかくありたい。
 そして、ゲイであるということを除けば、ルークもオリヴァーも実に典型的な、つまりベタなキャラクターなのでした。つまり同性愛が障害でないとしても、彼らはアレコレとウダウダ悩み嘆き泣きジタバタするタイプの人間だということです。そしてどんなものであれ、恋とはそもそも障害多きものなのでした。
 ルークの、両親がロックスター、という設定は確かにちょっと特殊だけれど、要するにネグレクト気味で育った子供で、それはまがりなりにも成人して自立して28歳になっても彼が未だ引きずっている、引きずらされている問題なわけです。この部分に共感する読者も多いでしょう。そしてオリヴァーの方も、真面目で堅物ってのは彼の性格だし特徴だし魅力でもあるはずなんだけど、それを歴代彼氏にダメ出しされてきてかつそれでフラれてきたようで、自分で自分を「おもしろくないダメなヤツ」と思い込みすぎちゃっているきらいがある、本来のスペックはスパダリなのに自己評価がめっちゃ低い、めんどくさい男なのでした。そして彼もまた、医者一家の家族からおミソ扱いされていて、カミングアウトはしているもののやっぱりうっすら差別と無理解、ゲイフォビアに脅かされているということがだんだんわかってくる構成になっています。
 この、ちょっとアダルトチルドレン気味の、自己肯定感が低い、スマートかつスムーズに社会生活が送れていない、家族との関係に問題を抱えているキャラクター、という在り方が、いかにも少女漫画的というか少女小説的というか、要するに女性向けコンテンツっぽいなと私は思うのです。この作品が、いい悪いとか評価の上下とか高等か下世話かという意味ではなくて、ゲイ文学ではなくBLだと私が言うのはそのためです。男子は甘やかされて無頓着に育つから、家族との関係に問題を感じない(問題がないわけでは決してない)ことが多く、こういうモチーフやこういうことに思い悩み煩うキャラクターが男性作家による少年漫画その他の男性向けコンテンツで描かれることはほぼないでしょう。でも、女性作家は、女性読者はそうではないのです。
 ならなんでそのまま女性キャラクターでやらないかというと、そりゃ近すぎてうんざりするからです。読者が幼いころは、主人公と境遇が近かったりすると嬉しいものでした。同性の方が感情移入も共感もしやすいですしね。でも大人になってくると、そして多くの女性はそれでも少女漫画や少女小説から離れないでいるものなのですが、それでも主人公が自分同様に未だイジイジオタオタしているのを見るのは今度はしんどくなるわけです。読者の方は大人になるにつれて仮面を被ることを覚えたり精神的な武装をしたりして実社会になんとか対応していって、それでもときにしんどいからフィクションを求めるのに、フィクションの中でも似たような女主人公がウダウダしんねりやっていたら、ちったぁしっかりしろよとイラッとするのです。なのにそれはフィクションだから、都合のいい出会いや展開があって、そんな女主人公がスルスル幸せになっていってしまう。そんなわけあるかい、となおイラッとする…
 でも男性主人公なら、女性読者にとって性別というヴェールが一枚介在してファンタジー、ドリームに化けるのです。かつ基本的にシスヘテロ女性だから基本的に男に甘い、というのがある(笑)。それで応援しやすくなるのです。同様に、女性主人公で異性愛ドラマを展開されると、現実の男のしょーもなさも身に染みてわかってきている大人の女性読者はまた「こんなワケあるかい」ってな気持ちにさせられるわけですが、男性キャラクター同士の同性愛ドラマにされれば「こういうこともあるのかも」と夢が見られて、酔えるわけです。だからBLってシスヘテロ女性の女性による女性のためのエンタメ、もっと言えばポルノなんだと思います。そしてそれでいいんだし、そこにこそ存在意義があるんだと思います。ゲイのゲイによるゲイのための、とかの同性愛文学とかが欲しいなら、それは男さんたちがどうにかすればいいんです。not women’s buisinessです。
 そんなわけでこの小説は、ゲイである男性キャラクターふたりによって、とても典型的に展開します。そこがイイ。大部なのはディテールがねちねちしているからで、私はそこも好みで楽しくジレジレ読みました。
 そして、恋とはとても面倒で厄介なものだけれど、それを通してしか得られないものがある、ということを描いているところが好きです。ふたりは相手に向かってそれぞれにおずおずと踏み出し、その過程で自分自身を改めて受け入れたり発見していったりします。そういう変化や成長をもたらすことがあることが恋愛のいいところだと私は信じているので、こういう物語を私は愛好しているのです。昨今流行らないのかもしれませんが、そして別に他人に恋愛はいいよとか絶対に恋愛するべきだよとか強要する気はさらさらないのですが、私はここには豊潤な泉があると信じている、古い昭和の犬なのでした。
 さて、こういう物語は、反発しあっていたふたりがやがて理解を進め合い、恋に落ち、上手くいき、でもトラブルその他があって一度別れて、それが解決されてハッピーエンド、と決まっています。もう絶対にそうなのです。鉄板のパターンです。『赤と白と~』もそうでした。さらに偽装恋愛からの本気になっちゃってキャーどうしよう、なんて展開、これまでに少女漫画で一兆万回(アタマの悪い単位の表現)描かれてきた展開です。だがそこがイイ。
 どアタマの先走り的なキスを除けば、初めてきちんとキスするまでに約450ページかかります。だがそこがイイ。そして濡れ場に関しては、朝チュンとまでは言わないまでもわりと描写があっさりめです。そこもまた少女漫画的であり、かつ大人の女性の読者はセックスの真実はリアルにしかないことがわかっているので、そこはBLには求めていないんだと思います。それに男性同士の肉体的な性愛とか、女性にはホントわからないことなんだしさ。だからこれが正解なんだと思います。
 残念だったのはオチの弱さです。ルークの一人称小説なのでオリヴァー側の心理や事情は描きにくい、というのはあるんだけれど、物語との都合として一度オリヴァー側から別れることになるのとそのリカバリー、がはっきり言って全然意味不明でした。ページも全然足りなかったし。ラスト10ページのお粗末さとか、ひどすぎました。どーしたんだ電池切れか!? 私だったらラスト70ページを200ページに増やしていいから書き直せ、と言ったな…ただこの作品、現在続編が執筆されているとのことで、22年8月刊行予定なんだとか(タイトルは『Husband Material』とのこと。ちなみに今回の原題は『Boyfriend Material』)。訳出はさらにもう数年後になるのかなあ? それと通して読んだらまた印象が変わるのかもしれません。
 ルークの元恋人トムの現恋人であるブリジットのキャラクターが素敵でした。こういう親友との友情ってのも残念ながらドリームなのかもしれませんが、でも、夢見たいですよね。『赤と白と~』のヘンリーにも姉や親友のキャラクターがいたように、オリヴァーにも誰かしら設定するべきだったのかもしれません。兄嫁のミアはいいキャラクターだったのにな。それか、もうちょっとオリヴァーの仕事を絡めるか…オリヴァーはルークが自分の仕事を愛するより遙かに強く自分の仕事を愛しているはずなので。

 ともあれ、この路線でまたいい原作を拾ってきて、訳出していってくれるといいなと期待しています。イヤ真性BLレーベルの小説にもいいものがあるとは聞いてはいるのですが、サイズが大きかったり挿し絵が入ったりしていてぶっちゃけ外で読みづらかったりしません? よくわかっていないままに語っていてすみませんが…それでもオススメあったらぜひ教えてください!



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