2010年のアメリカ・フランス映画で言語は英語。原題は『LAST NIGHT』。イラン出身の女性監督マッシー・タジェディンのデビュー作。
試写を観ました。5月12日公開。
ネタバレで語りますので、映画を観ようと思っている方は以下ご遠慮ください。
ライターのジョアンナ(キーラ・ナイトレイ)がヒロイン。その夫で不動産関係の仕事をするマイケルがサム・ワーシントン。
ジョアンナの元カレ・アレックスがギョーム・カネ。サムの同僚ローラがエヴァ・メンデス。
この四人を中心とした36時間の物語です。ふたつの夜と翌朝までの物語。
92分の映画で、サスペンスふうにぐいぐいカメラが進み、タイトで無駄がなく、ラストシーンも素晴らしい、完全に私好みの映画でした。
邦題は良くないと思います。もっと若向きのラブコメなのかと思ってしまった…原題は「最後の夜」ではなく「昨夜」という意味なので、『あなたがいない夜』とか『終わらない夜に』とか、そんなようなものの方がいいんじゃないかなあ…
シネスイッチ銀座とかでやるんだし、アラサー向けに宣伝するべきでは…ヤングなカップルのデート映画ではないと思いました。女友達と観て、観たあとガールズトークで盛り上がるタイプの映画です。
ちなみに音楽は『ブラック・スワン』のクリント・マンセルだそうで、不安げに揺れるピアノのテーマが絶品でした。
ストーリーのほかに、ニューヨーカーの暮らし、アメリカ人の生活がよく見えるのもおもしろかったです。
しかしヒロイン夫婦の暮らしぶりは…本当にこんな素敵なマンションでこんなふうに優雅に暮らしているDINKSって実在するものなの? それともイメージ、ファンタジーなのでしょうか?
ものすごく広くて綺麗なアイランドキッチン、水を飲むためだけのグラスもいちいちお洒落ならその食器の置かれ方もお洒落で。
夫婦はダブルベッドで同衾するのが基本で、逆に喧嘩ともなれば絶対にその後馴れ合いで同衾したりしない。抗議や意思主張の意味も含めてひとりがかならずソファで寝る。そもそもベッドがひとつでないことが多い日本の夫婦とは違う。
オフィスパーティーやホームパーティーのあり方、自宅の開放の仕方も日本では考えられないものでしょう。留守の間の犬の世話を頼むのに鍵を渡す関係とかも。
そして完全にカップル文化と公私分離が根付いているので、外食しているときに相手が配偶者でないと周りに奇異な顔をされる空気! 日本だったら、既婚者が同性の友達と外食することも仕事相手の異性と同席していることもまったく珍しくないわけですが、欧米では違うわけですね(逆にマイケルやローラが取引相手とディナーをしつつ商談している場面は私はびっくりしましたが…欧米相手はディナーのときに仕事の話をしないものかと思っていので)。
さらに、日本よりもオープンでリベラルで開放的だと思われがちな欧米の性愛観ですが、ことアメリカにおいてはぐっとピューリタン的で、結婚したら本当に求められるのは誠実さと貞操であって、婚外交渉なんてとんでもない、玄人相手ならいいということもない、そもそもそういうタイプの玄人が存在していない、という部分。
日本の方がもっとずっとゆるいし、ダブルスタンダードがある。そういうのがとてもよくわかる、おもしろい映画でした。
お話としては…
結婚三年目の安定したカップルであるジョアンナとマイケルでしたが、マイケルのオフィスパーティーでマイケルが同僚のローラと親しげなのを見てジョアンナが危機感を感じるところから始まります。
私はこの場面も、この程度ならよくあるし浮気のサインとはいえないんじゃないかなあと思ったものでしたが、アメリカではやはり既婚者にも既婚者に対してももっと節度ある態度が求められるのでしょうね。マイケルやローラはそれに逸脱しているようにジョアンナには見えた、しかもマイケルはローラの存在自体をジョアンナに説明していなかった、それが疑惑を生むのです。
逆に、特に描写はありませんが、普段からなんとなくジョアンナは「最近私たちちょっと上手くいってない?」とか「空気みたいになっちゃってる? ときめかない?」程度の、なんとはなしの違和感を感じていたのかもしれません。本当にラブラブハッピーで自信に満ち溢れていれば、こんなふうに目くじら立てないはずですからね。
で、ジョアンナとマイケルは喧嘩になって、でも一応仲直りして、そしてマイケルは予定どおりローラと一泊の出張に出かける。マイケルを見送ったあと朝食の買い物に出かけたジョアンナは、アレックスと再会する…
ベタベタですねー!
ちなみにこういう元カレのことを「ビッグ・ワン」というそうですね。『SATC』から来ているのかな?
大好きで、熱烈につきあって、でもタイミングが悪くて別れただけで、タイミングさえなんとかなれば結婚していたのではないかと思うような、本当は今でも好きな相手…
私はそもそも恋愛の場数がそんなにないので、こんな元カレはいません。だいたい、今生きているのか死んでいるのかすら知らない。つまり連絡先も知らないし今どうしているんだろうとか思い出すこともしない。
でも女子的にはわりと、別れても今でも友達とか、連絡先はわかる元カレとかがいることが多いようですよね。私はそういうタイプではないのでピンとこないのだけれど…でもたとえば今の彼氏と「やっぱり別れよう」とかなったら、彼がその「ビッグ・ワン」になるのだろう、と想像はつきます。
というワケでジョアンナは仕事でニューヨークに来ているというアレックスと、夕食を共にする約束をします。
で、普段ノーブラにタンクトップのインナー、その上に適当なものを着て髪も結ったまま夫のオフィスパーティーに行くくせに、シャワーを浴びて上下そろいの下着を着けてワンピース着てハイヒール履いて香水つけて髪を下ろして出かけるわけですよ。
こういうディテールは本当に女性監督らしいと思います。
さて、どうなるか。
私は途中で、ジョアンナもマイケルも、結局は浮気をしないで、元サヤ、という物語になるのかな、と想像しました。
しかし…
結局、映画のテーマとしては、「心の浮気か、体の浮気か」というものになるのでした。
つまりジョアンナは、アレックスと一線は越えませんでした。しかし逆に言えば、挿入以外のあらゆることをやりました。思い出を語り今の仕事を語り、ダンスをし、ディープキスをし、体に触れ合い、服を着けたままですが添い寝して眠りました。
そしてジョアンナはこういう元カレがいることをそもそもマイケルに話していませんし、マイケルからの電話にも出なかったり、友達と外にいる程度のことしか答えません。ジョアンナは「心の浮気」をしたのでした。
ジョアンナとを抱こうとしたマイケルをジョアンナは止めました。マイケルとの結婚を選んだということもあるし、マイケルを信頼することに決めたというのもあるし、アレックスとまたつきあっても生き方が違いすぎて結婚はできないとわかったということもあるし、アレックスには今パリにヘレンという恋人がいるのを知ったから、というのもあるでしょう。
そう、これは主人公たち四人だけの36時間の物語ではないのです。アレックスのパートナー・ヘレンもどこかで同じ36時間をすごしているし、それが誰かと一緒ならその相手のパートナーもまたどこかにいるのです。
一方、マイケルは躊躇しながらも、いろいろありながらも、結局ローラと寝ます。そして翌朝別れます。つまりマイケルもまたジョアンナとの結婚生活を続けることにしたのです。しかしやることはやったのです。
ローラには、マイケルとは別のパートナー、というものがいませんでした。というか、亡き「ビッグ・ワン」がいた。夫で、愛していて、浮気されて、でもやっぱり愛していて、元に戻って、だけど死んだ(911かな?と思いました)相手が。
ローラはマイケルを好きになって、マイケルが妻帯者であることもわかっていて、マイケルが離婚するつもりがないこともわかっていて、それでも彼と寝た。そしてそのままつきあいたいと思っていたのでしょう。彼を愛していたから。他に誰もいなかったから。そしてできればやはり妻から奪いたいと思っていたのでしょう。
それを、一度きりで、なかったことにとすぐ言われる。仕事も切り上げて帰宅されてしまう。
でも、だからこそ逆に、彼女にだけは今度こそ、また完全に愛し合えるパートナーに巡りあえるのではなかろうか、と私には思えました。
アレックスは、ダメだよね。パソコンにジョアンナの写真データを今でも持っているように、見て涙しちゃうくらいにジョアンナを愛しているのだとは思うのだけれど、でも彼女のためにパリ暮らしをやめるつもりはない。つまり相手のために自分を帰ることはしない男なのです。だから今のパートナーであるヘレンとも結婚していないわけです。こういう人はこういう生き方しかできない。
私は、「この先はこの人とずっと恋愛し続けます、そしてセックスもこの人としかしません」と約束するという意味での結婚には意味があると思っています。ジョアンナが求めているものもそういうものだと思うし、だからそもそも彼女はマイケルと結婚したのだと思います。
だからジョアンナは一線を守った。だけど帰宅したマイケルは、脱ぎ捨てられたハイヒールや、ジョアンナがブラジャーをつけていることに気づきます。
一方、ジョアンナの方にはそこまでの確信はないと思います。マイケルを信じると決めたのだし、結婚生活を続けると決心したのだから、現場を見たのでもない限り、見ない振りを続け、怪しまず疑わず生きていこうと決めたわけです。それは夫に対し心を閉ざすことでもあるのだけれど、そもそもアレックスのことを隠していたくらいなのだし、それでも夫婦というものはうまくいったりするものです。
しかしマイケルは違うでしょう。自分が浮気したから、ジョアンナも浮気したように見える。状況証拠しかなくても、マイケルはきっとジョアンナを問い詰める。
ジョアンナがマイケルに何か言おうと口を開きかけて…映画はそこで終わります。なんて絶妙なことでしょう!
マイケルがローラと過ごす一夜も、すごくよくわかりました。ジョアンナへの罪悪感、ローラへの責任逃れ、据え膳食わないという恥の意識、誘惑に屈したい気持ち…いったりきたりするのがよくわかります。男の人ってホントこうだと思う。
ニコニコしてばかりだったアレックスの顔がだんだん険しくなっていくのもすごくよくわかります。もちろんジョアンナが結婚したことは知っていて、それを承知できたのだけれど、もっとなんとかなると思っていたんだと思うんですよね。男ってホントこうです。
そして、女は守り、男は屈した。この監督はそういう物語にした。
それはやはり、この結婚がいずれは破綻することを暗示しているのだと私は思いました。ヒラリーみたいな選択は本当に本当に稀なのだと思います。貞節というものは婚姻関係の最重要ポイントだという考え方は私は正しいと思う。それを壊しがちなのは男だ、と考えるのがまた女っぽい。
だから逆に「心の浮気」は問題ではない、ともまた私は思いました。だって心はそれこそ自分で求められないし。
そもそも私なんて二次元とかファンタジーとかタカラジェンヌにも立派に恋しているので、それを結婚生活と同次元では考えられない、という…甘いのかなあ?(^^;)
そんなことを考えさせられた映画でした。
…ちなみに、以下はほとんど本質的なこととは関係ないことなんですけれど…
一夜明けて、の描写って、たいてい裸のまま寝入ってしまったふたりが目覚めて、正気に返って…みたいなところから始めますよね。でもこれって嘘ですよね。
本当は、性交直後、って時間があるはずじゃないですか。
そのもも眠ってしまうなんて絶対ありえない。下賎な表現ですみませんが、抜いて、拭いたりなんたりする時間があるでしょう? 欧米では避妊はピルが基本でコンドームはそんなに使わないかもしれないけれど、感染防止のために使えばそれを処理する時間というものがある。
そのとき、絶対に忘我のままなんてありえないじゃないですか。だんだんアタマが冷めてくるでしょう。
間抜けで恥ずかしい時間だけど、目をつぶってないことにするには無理があると思うのですよ。だってリアルってそういうものでしょ?
その時間を描く、小説でも漫画でもドラマでも映画でも、そろそろ現れないものかなあ、といつも思います。
試写を観ました。5月12日公開。
ネタバレで語りますので、映画を観ようと思っている方は以下ご遠慮ください。
ライターのジョアンナ(キーラ・ナイトレイ)がヒロイン。その夫で不動産関係の仕事をするマイケルがサム・ワーシントン。
ジョアンナの元カレ・アレックスがギョーム・カネ。サムの同僚ローラがエヴァ・メンデス。
この四人を中心とした36時間の物語です。ふたつの夜と翌朝までの物語。
92分の映画で、サスペンスふうにぐいぐいカメラが進み、タイトで無駄がなく、ラストシーンも素晴らしい、完全に私好みの映画でした。
邦題は良くないと思います。もっと若向きのラブコメなのかと思ってしまった…原題は「最後の夜」ではなく「昨夜」という意味なので、『あなたがいない夜』とか『終わらない夜に』とか、そんなようなものの方がいいんじゃないかなあ…
シネスイッチ銀座とかでやるんだし、アラサー向けに宣伝するべきでは…ヤングなカップルのデート映画ではないと思いました。女友達と観て、観たあとガールズトークで盛り上がるタイプの映画です。
ちなみに音楽は『ブラック・スワン』のクリント・マンセルだそうで、不安げに揺れるピアノのテーマが絶品でした。
ストーリーのほかに、ニューヨーカーの暮らし、アメリカ人の生活がよく見えるのもおもしろかったです。
しかしヒロイン夫婦の暮らしぶりは…本当にこんな素敵なマンションでこんなふうに優雅に暮らしているDINKSって実在するものなの? それともイメージ、ファンタジーなのでしょうか?
ものすごく広くて綺麗なアイランドキッチン、水を飲むためだけのグラスもいちいちお洒落ならその食器の置かれ方もお洒落で。
夫婦はダブルベッドで同衾するのが基本で、逆に喧嘩ともなれば絶対にその後馴れ合いで同衾したりしない。抗議や意思主張の意味も含めてひとりがかならずソファで寝る。そもそもベッドがひとつでないことが多い日本の夫婦とは違う。
オフィスパーティーやホームパーティーのあり方、自宅の開放の仕方も日本では考えられないものでしょう。留守の間の犬の世話を頼むのに鍵を渡す関係とかも。
そして完全にカップル文化と公私分離が根付いているので、外食しているときに相手が配偶者でないと周りに奇異な顔をされる空気! 日本だったら、既婚者が同性の友達と外食することも仕事相手の異性と同席していることもまったく珍しくないわけですが、欧米では違うわけですね(逆にマイケルやローラが取引相手とディナーをしつつ商談している場面は私はびっくりしましたが…欧米相手はディナーのときに仕事の話をしないものかと思っていので)。
さらに、日本よりもオープンでリベラルで開放的だと思われがちな欧米の性愛観ですが、ことアメリカにおいてはぐっとピューリタン的で、結婚したら本当に求められるのは誠実さと貞操であって、婚外交渉なんてとんでもない、玄人相手ならいいということもない、そもそもそういうタイプの玄人が存在していない、という部分。
日本の方がもっとずっとゆるいし、ダブルスタンダードがある。そういうのがとてもよくわかる、おもしろい映画でした。
お話としては…
結婚三年目の安定したカップルであるジョアンナとマイケルでしたが、マイケルのオフィスパーティーでマイケルが同僚のローラと親しげなのを見てジョアンナが危機感を感じるところから始まります。
私はこの場面も、この程度ならよくあるし浮気のサインとはいえないんじゃないかなあと思ったものでしたが、アメリカではやはり既婚者にも既婚者に対してももっと節度ある態度が求められるのでしょうね。マイケルやローラはそれに逸脱しているようにジョアンナには見えた、しかもマイケルはローラの存在自体をジョアンナに説明していなかった、それが疑惑を生むのです。
逆に、特に描写はありませんが、普段からなんとなくジョアンナは「最近私たちちょっと上手くいってない?」とか「空気みたいになっちゃってる? ときめかない?」程度の、なんとはなしの違和感を感じていたのかもしれません。本当にラブラブハッピーで自信に満ち溢れていれば、こんなふうに目くじら立てないはずですからね。
で、ジョアンナとマイケルは喧嘩になって、でも一応仲直りして、そしてマイケルは予定どおりローラと一泊の出張に出かける。マイケルを見送ったあと朝食の買い物に出かけたジョアンナは、アレックスと再会する…
ベタベタですねー!
ちなみにこういう元カレのことを「ビッグ・ワン」というそうですね。『SATC』から来ているのかな?
大好きで、熱烈につきあって、でもタイミングが悪くて別れただけで、タイミングさえなんとかなれば結婚していたのではないかと思うような、本当は今でも好きな相手…
私はそもそも恋愛の場数がそんなにないので、こんな元カレはいません。だいたい、今生きているのか死んでいるのかすら知らない。つまり連絡先も知らないし今どうしているんだろうとか思い出すこともしない。
でも女子的にはわりと、別れても今でも友達とか、連絡先はわかる元カレとかがいることが多いようですよね。私はそういうタイプではないのでピンとこないのだけれど…でもたとえば今の彼氏と「やっぱり別れよう」とかなったら、彼がその「ビッグ・ワン」になるのだろう、と想像はつきます。
というワケでジョアンナは仕事でニューヨークに来ているというアレックスと、夕食を共にする約束をします。
で、普段ノーブラにタンクトップのインナー、その上に適当なものを着て髪も結ったまま夫のオフィスパーティーに行くくせに、シャワーを浴びて上下そろいの下着を着けてワンピース着てハイヒール履いて香水つけて髪を下ろして出かけるわけですよ。
こういうディテールは本当に女性監督らしいと思います。
さて、どうなるか。
私は途中で、ジョアンナもマイケルも、結局は浮気をしないで、元サヤ、という物語になるのかな、と想像しました。
しかし…
結局、映画のテーマとしては、「心の浮気か、体の浮気か」というものになるのでした。
つまりジョアンナは、アレックスと一線は越えませんでした。しかし逆に言えば、挿入以外のあらゆることをやりました。思い出を語り今の仕事を語り、ダンスをし、ディープキスをし、体に触れ合い、服を着けたままですが添い寝して眠りました。
そしてジョアンナはこういう元カレがいることをそもそもマイケルに話していませんし、マイケルからの電話にも出なかったり、友達と外にいる程度のことしか答えません。ジョアンナは「心の浮気」をしたのでした。
ジョアンナとを抱こうとしたマイケルをジョアンナは止めました。マイケルとの結婚を選んだということもあるし、マイケルを信頼することに決めたというのもあるし、アレックスとまたつきあっても生き方が違いすぎて結婚はできないとわかったということもあるし、アレックスには今パリにヘレンという恋人がいるのを知ったから、というのもあるでしょう。
そう、これは主人公たち四人だけの36時間の物語ではないのです。アレックスのパートナー・ヘレンもどこかで同じ36時間をすごしているし、それが誰かと一緒ならその相手のパートナーもまたどこかにいるのです。
一方、マイケルは躊躇しながらも、いろいろありながらも、結局ローラと寝ます。そして翌朝別れます。つまりマイケルもまたジョアンナとの結婚生活を続けることにしたのです。しかしやることはやったのです。
ローラには、マイケルとは別のパートナー、というものがいませんでした。というか、亡き「ビッグ・ワン」がいた。夫で、愛していて、浮気されて、でもやっぱり愛していて、元に戻って、だけど死んだ(911かな?と思いました)相手が。
ローラはマイケルを好きになって、マイケルが妻帯者であることもわかっていて、マイケルが離婚するつもりがないこともわかっていて、それでも彼と寝た。そしてそのままつきあいたいと思っていたのでしょう。彼を愛していたから。他に誰もいなかったから。そしてできればやはり妻から奪いたいと思っていたのでしょう。
それを、一度きりで、なかったことにとすぐ言われる。仕事も切り上げて帰宅されてしまう。
でも、だからこそ逆に、彼女にだけは今度こそ、また完全に愛し合えるパートナーに巡りあえるのではなかろうか、と私には思えました。
アレックスは、ダメだよね。パソコンにジョアンナの写真データを今でも持っているように、見て涙しちゃうくらいにジョアンナを愛しているのだとは思うのだけれど、でも彼女のためにパリ暮らしをやめるつもりはない。つまり相手のために自分を帰ることはしない男なのです。だから今のパートナーであるヘレンとも結婚していないわけです。こういう人はこういう生き方しかできない。
私は、「この先はこの人とずっと恋愛し続けます、そしてセックスもこの人としかしません」と約束するという意味での結婚には意味があると思っています。ジョアンナが求めているものもそういうものだと思うし、だからそもそも彼女はマイケルと結婚したのだと思います。
だからジョアンナは一線を守った。だけど帰宅したマイケルは、脱ぎ捨てられたハイヒールや、ジョアンナがブラジャーをつけていることに気づきます。
一方、ジョアンナの方にはそこまでの確信はないと思います。マイケルを信じると決めたのだし、結婚生活を続けると決心したのだから、現場を見たのでもない限り、見ない振りを続け、怪しまず疑わず生きていこうと決めたわけです。それは夫に対し心を閉ざすことでもあるのだけれど、そもそもアレックスのことを隠していたくらいなのだし、それでも夫婦というものはうまくいったりするものです。
しかしマイケルは違うでしょう。自分が浮気したから、ジョアンナも浮気したように見える。状況証拠しかなくても、マイケルはきっとジョアンナを問い詰める。
ジョアンナがマイケルに何か言おうと口を開きかけて…映画はそこで終わります。なんて絶妙なことでしょう!
マイケルがローラと過ごす一夜も、すごくよくわかりました。ジョアンナへの罪悪感、ローラへの責任逃れ、据え膳食わないという恥の意識、誘惑に屈したい気持ち…いったりきたりするのがよくわかります。男の人ってホントこうだと思う。
ニコニコしてばかりだったアレックスの顔がだんだん険しくなっていくのもすごくよくわかります。もちろんジョアンナが結婚したことは知っていて、それを承知できたのだけれど、もっとなんとかなると思っていたんだと思うんですよね。男ってホントこうです。
そして、女は守り、男は屈した。この監督はそういう物語にした。
それはやはり、この結婚がいずれは破綻することを暗示しているのだと私は思いました。ヒラリーみたいな選択は本当に本当に稀なのだと思います。貞節というものは婚姻関係の最重要ポイントだという考え方は私は正しいと思う。それを壊しがちなのは男だ、と考えるのがまた女っぽい。
だから逆に「心の浮気」は問題ではない、ともまた私は思いました。だって心はそれこそ自分で求められないし。
そもそも私なんて二次元とかファンタジーとかタカラジェンヌにも立派に恋しているので、それを結婚生活と同次元では考えられない、という…甘いのかなあ?(^^;)
そんなことを考えさせられた映画でした。
…ちなみに、以下はほとんど本質的なこととは関係ないことなんですけれど…
一夜明けて、の描写って、たいてい裸のまま寝入ってしまったふたりが目覚めて、正気に返って…みたいなところから始めますよね。でもこれって嘘ですよね。
本当は、性交直後、って時間があるはずじゃないですか。
そのもも眠ってしまうなんて絶対ありえない。下賎な表現ですみませんが、抜いて、拭いたりなんたりする時間があるでしょう? 欧米では避妊はピルが基本でコンドームはそんなに使わないかもしれないけれど、感染防止のために使えばそれを処理する時間というものがある。
そのとき、絶対に忘我のままなんてありえないじゃないですか。だんだんアタマが冷めてくるでしょう。
間抜けで恥ずかしい時間だけど、目をつぶってないことにするには無理があると思うのですよ。だってリアルってそういうものでしょ?
その時間を描く、小説でも漫画でもドラマでも映画でも、そろそろ現れないものかなあ、といつも思います。
●駒子●
この映画は前から気になっていたのですが
さらに見たくなりました!!
と言うのは、私にも現在彼氏がいるのですが
その前に付き合っていた彼氏が
忘れられずにいます。
初めて真剣に付き合って、
初めて真剣に愛した彼氏でした。
こんなに愛していたのに
一時の感情で別れてしまいました。
別れる時も身が避けるほど悲しくて
別れた後も彼の事をどこか気にかけていました。
でもこんなに自分を想ってくれた
優しい彼なのに私から別れてしまって、
沢山傷付けて、もぅ一度戻る資格なんてないと
思っていました。
彼は私の事をまだ好きでいてくれています。
けど絶対に他の誰かと幸せになった方が良い。
…でも辛い。
会いたい、声が聞きたい、抱きしめてほしい。
でもできない。
今の彼氏のことも裏切れない。
今の彼氏もいい人で、自分を愛してくれている。
元彼への気持ちを忘れられる日は来るのかな…
本当に私は勝手すぎる。
文章がごちゃごちゃしてしまいすいません。
葛藤しています。
心の浮気、どうにかしたいです…笑
が、DVDででもゼヒ観てみてください。オススメです&何かヒントがつかめるのでは?
恋愛は相手があることなので、自分ひとりの意志でなんとでもできるわけではないところが難しいと思います。
私はなんでも自分で考えて自分で決めて自分で行動して自分で責任を取りたい派なので(^^;)
だからあまり恋愛体質でないのかもしれませんね…
心の浮気は自分でも止められないし、罪ではないとも思うけれど、
必ずバレるものだとも思います。それでいいのか、そのときどうするのかが問題なのかも、しか思いました。
ヘンな言い方ですが、がんばってください!!!
●駒子●
結婚の意味の捉え方…わたしも全く同じ思いです。
ジョアンナが信じると決めて、マイケルは疑心がわいて、男女の違いを表す映画だから先はなんとなく予想ができるけど、はっきり見たいと思ってしまいますw
ちなみにわたしもビッグ・ワン(合ってるかな…笑)はいません。今の彼だと思います(笑)
どこかにリンクかトラックバックがあるのかなあ?
それはともかく、読んでくださって&コメントくださってありがとうございます。
誤字誤変換が多い文で申し訳ないです。
ビデオで見返したりはしていませんが、今でもけっこうディテールを覚えている映画です。最終的には世間的な評判はどうだったのかなあ?
何かを明示するラストだったらまた印象が変わっていた作品かもしれませんね。
●駒子●