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江戸繁昌記初篇 13 吉原 8

(散歩道のサルスベリ)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

娼忙がず慌てず、徐々に説き出て曰う、過日は約す。今にして後、主(ぬし)を待つは、また客を以ってせずと言う。なお耳に在り。曷(いずくん)ぞ、これを忘るゝの速やかなる。遂にその懐を探りて、夾袋烟具を奪う。曰う、今夜、予じめ期す。他人遣るの後、緩々(ゆる/\)君と同じく夢みんと。且つ肝要の説話有り。然るに君が短見この長策を察せず。却って、風波を翻(ひるが)えす。吁々(ああ)男子なる者は強気(きづよい)胡為(なんす)れぞ、この若(ごと)くなると。
※ 夾袋(きょうたい)- 紙入れ。
※ 烟具(えんぐ)- 喫煙具。煙草入れ。
※ 胡為(なんす)れぞ - どうしてからか。


已にその帯を解き、またその上衣を褫(うば)う。客これに於いて、身軟かなること綿の如し。然れども、口なお刺々(とげとげ)帰るを道(い)う。娼、(并扁に頁)爾として、口、噫々(ああ)、人を挑するのみと。一力(ひ)き取って、他の肩頭(かたがしら)を咬(か)む。
※ ■(并扁に頁)爾として -「つんとして」とルビあり。
※ 挑(ちょう)する - いどむ。
※ 一力(いちりき)- 自分一人の力。


客、叱(しつ)して曰う、戯(たわむ)るゝことなかれ。若し住(とど)まらば、則ち曷(なに)をか為(す)る。娼、低声して曰う、この如くするのみ。遂に、卒(つい)に相抱きて、一塊と為る。時にを報ずる梆子の声。搰々(かつかつ)
※ 寅(とら)- 寅の刻。午前四時を中心とする約二時間。
※ 梆子(ぼうし)の声 - 拍子木の音。


或は云う、近世繁華漸く涸れ、復た昔日ならざるなりと。予、甚だ惑どう。蓋しこの境の盛衰、以って江都の盛衰を候ずべし。係る所また大なり。彼(この境)は則ち此(江都)の由(ゆう)、流るゝなり。その源、益々盛んにして、その、漸く衰うる者は必ず無きの理、抑々(そもそも)洑流外に溢れ、漏るゝ所有りて、然るや、物情古今一轍、この楽園を舎(とり)て、何(いず)くに適(行)かん。嗚呼、人豈に天上に生ずることを厭うて、地獄に陥ることを願わんや。蓋し、繁華に習うの言のみ。
※ 繁華(はんか)- 人が多く集まり、にぎわっていること。 また、そのさま。
※ 昔日(しゃくじつ)- むかし。往時。いにしえ。
※ 江都(こうと)- 江戸の異名。
※ 候(こう)ず - うかがう。のぞく。
※ 委(い)- 細かい(部分)。
※ 洑流(ふくりゅう)- 伏流。地表流水が地下に潜入して 地下水として流れること。物事の基底に、 ある内容や動きが存在すること。
※ 物情(ぶつじょう)- 世人の心情。世間のありさま。
※ 古今一徹(ここんいってつ)- 今も昔も一筋。
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