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上越秋山紀行 上 28 二日目 小赤沢村 11

(庭のサルスベリの花にマメコガネ)

「上越秋山紀行 上」の解読を続ける。

ここに一人の殊に醜き少婦、蚤か虱か知らねど、炉端にて立ち、ぶうとう、着物、太股まで出し、陰処を出さぬばかりに、取っては口に含み、予が横座に見る目も恥じぬは、流石、処風俗ならん、
※ 少婦(しょうふ)- 年若い女。むすめ。また、若い嫁。
※ ぶうとう(切れ布子)- どてらの袖を切り取り腰で折り返してきつく締めたような、寒い時の野良着。


   ほだの火に 太股までも まくり出し
     うまき風情を 含みたるのみ(蚤)

※ ほだの火 - 明かりや暖をとるためなどに薪を燃やすこと。また、その火。

さても、今日の労(つか)れに寝んと云うに、また横座の畳二枚敷き、寝敷には此処(ここ)に織りたる山菅の荒々しきに、夏夜具の如き、予が衣類よりも狭き袖にて、臥せると臑(すね)から先きは出しようなる短きに、かのイラの屑など、里の網の屑の如く、水中に製し、紙漉くようにして、箕ながら干す。堅めたを鄙にては打綿と云う。
※ 山菅(やますげ)- 山に生えているスゲ。スゲは、カヤツリグサ科スゲ属の多年草の総称。葉を刈って、笠・蓑・縄などの材料とする。
※ (からむし)- イラクサ科の多年草。原野に自生し、また畑で栽培する。茎の繊維を織物などに用いる。
※ 打綿(うちわた)- 繰り綿を綿弓で打って柔らかい繊維にしたもの。


右様のもの、ここは、その代用品である。中入ると見え、元より真綿などは付け抜かして、かた/\と所々に、仕付け糸と云うも知らぬと見え、袖下、裾(すそ)にひと堅まりに落ち、あちこちに袷になり、さてもこの家は、二十八軒の内にて身上能く、相応の夜具ならんと思いしに、可笑しくもあり、悲しくもあり、袖通さんとすれば通らず。
※ かたかたと(片方と)- かたつかた。かたすみ。
※ 仕付け糸(しつけいと)-蒲団の中の綿が動いて偏らないように、所々に通して置く糸。
※ 袷(あわせ)になり - 小袖において「袷」とは綿の入らない裏地付きをいい、冬の綿入の小袖と区別した。ここでは、綿が偏って、所々が袷状態になっていることをいう。


帯解かねば草臥(くたび)れ直らず、抑々(そもそも)籠履より道中蒲団、綿入羽折、身上切り取り出し、背中の辺りへ懸け、蛭の堅まったように、時は晩秋の長き夜すが(ら)に、夢も結ばす、頭巾真深に二重に冠しても、禿天窓(はげあたま)寒き故、種々の事胸に浮いて絶す。この時、初めて我か身の云い甲斐なき事を嘆息頻りなり。
※ 籠履(こうり)- 行李 (こうり)。竹や柳・籐などで編んで「つづら」のようにつくったもので、旅行用に使った荷物入れ。
※ 蛭(ひる)の堅まったように - 蛭は人から血を吸うと、風船が膨らんだようになり、ポロリと人から落ちる。あるだけの夜具を被ったさまを、その形になぞらえた。
※ 夜すがら - 夜通し。
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