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「貞節を守り老後婚姻せし話(後)」 - 駿河古文書会

(朝の日限地蔵)

今朝、夏に鈍った身体を少々鍛えようと思い、歩きに出かけた。およそ4時間、歩いて、お昼前に戻った。詳しくは明日書き込もう。

昨日の田家茶話「〇貞節を守り老後婚姻せし話」のつづきを以下に読み下して記す。

この某氏、その不審はれ(晴れ)やらず、女中の前に出、一通りのじぎ(辞儀)すみて、さて御身はいかなる人にとましませば、あれなる墓所へ参り給うや、と尋ねれば、自らは某氏の妻なるよしを答う、

ここにおいていよいよ疑い、我こそ、則ちその何某にて候が、幾年以前、儔輩讒言によつて、獄屋へ参り、それより遠き島にありし事、四十年なり、しかるに時節到来にや、はからず我罪の無実なる事相訳り、漸く四十年ぶりにて帰国仰せ付けられ、帰りて見れば、我住むべきかたもなく候まゝ、親類に居り申すなり
※ 儔輩(じゅはい)- ともがらのやから
※ 讒言(ざんげん)- 事実を曲げたり、ありもしない事柄を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと。


先ず墓参せんと、三日前、参りし所、きれいにそうじ(掃除)し、花も立てありしゆえ、不審に思い、寺僧に問へば、しかじかの趣なりと語り/\ゆえ、今日御身の躰を、ものかげより窺へども、心当りもなく合点行かざれば、御尋ね申すなり、と云うもはてざるに、かの女、声を立てよゝと泣き、しばし物をもいわざれば、早く名乗り給えと申せば、涙をはらい、御見しりなきは断りなり、我こそは御身に定めなる妻、某の娘、何と申すものなり

御身三十才、自らは十八才の時、縁談定まり、嫁入の日をゆびおりかぞえ待りたりしかい(甲斐)もなく、世の譬えにいうごとく、月に村雲、花に風、おもわぬことの出来して、君は獄屋へ行き給いしと聞くより、食事もなさで泣き明し侍りしが、両親の御心配を察し、我とわが心を取り直し、祈らぬ神、頼まぬ仏もなかりし、年月ふるまゝに、双方の親類相談ありて、他へ嫁せしめんとはかり給いぬれども、死に別れと申すか、暇を取りて帰りたるとか申さば、異夫をかさねし例もあれども、縁談定まれる夫、災難に逢い給い、現在、島にましますものを、いかでよそ目に見まゐらせんと、親に願い御殿奉公致せし事、今に三十九年なり

その頃は、今日や帰り給う、明日や帰りたまわんと待りしかど、この頃はただ無事にておわする事のみを、祈り侍りしなり、よくこそ無事にて帰り給い、きょう(今日)この寺にて逢い奉るは、優曇華の花咲かすとや申すべしと、喜び涙、せぎあえず、夫はなにともいわで貞心を感じ、ただ泣くより外のことぞなし、あたりに立ち聞きせし僧達、下男、小僧に至るまで、たもとをしぼらぬは、なかりけり

斯くて住僧立ち出で給い、最前より出んとせしが、ものかげにてあら/\承り
ぬ、先ず奥へ来給えとて、書院へ案内し、住僧もともにはなし、数刻におよび、両人はそれぞれにかえりけるが、その後女中は御殿を下り、その家に嫁せしとなん、その頃七十のはな聟、六十の花よめといえるはなし、尊かりしとかや

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