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「貞節を守り老後婚姻せし話(前)」 - 駿河古文書会

(4月12日、ヘンロ小屋第11号勝浦)

今日も夕方から雨になり、夜半まで雷をまじえて断続的に降っているようで、涼しい一日であった。

駿河古文書会の内、お遍路で欠席した会で教材となった和本を、自習して解読した。「田家茶話」の著者、大蔵永常は、江戸時代の三大農学者の一人で、多くの農学関係の書物を著し、各地に招聘され農業を指導した。各地で耳にした、変わった話を書き留めてまとめたものが、「田家茶話」である。江戸時代にはこういった話を集めた本が好まれて、色々と出版されている。いわば現代の週刊誌ネタのようなものであろうか。

田家茶話 四  奇説著聞集巻の四  大蔵永常 編
 〇貞節を守り老後婚姻せし話
昔の事なるよし、ある小身の侍、某氏三十歳の頃、相応の縁談極りて、最早近々嫁を迎へんと、とりどりその用意調(ととの)えしに、はからず人の讒(ざん)によりて、遠き嶋に行き、およそ四十年程にも成りて、漸く罪なき趣、相分り、御免を蒙り、帰りけるが、余り程経りし事ゆえ、家の子とても散り散りになり、親類、知己も少くなりて、知らざる国に至りし心地ぞしたり

されど先ず、先祖の墓所に詣でんと、寺に参詣して見れば、清浄に掃除して、花も新しく備えあれば、拝し終りて、寺僧に我れ何様/\の訳にて、久しく相絶え墓参もせざりし趣を申せば、寺僧答えて云う、只今のままの趣き、何とも合点参り申さず、これまで少しも怠りなく、歳六十余りの奥方、御墓参りありて、御施物なども欠くることなく、墓所も御覧の通りなりと語りければ、この侍不審はれず、我もとより無妻なれば、奥方と云わるゝものなし、また親類にもその歳頃なるもの心当りなし、いかゞ致したる事にやと、やゝ久しく思案の躰なり
※ 何様/\(どのよう/\)- かくかく、しかじか。

寺僧いえらく、御不審に思し召せば、何日に来り給え、必ずその奥方御参詣あるべしというに任せ、さらばとてその日を期し、寺に至り待ち居りしに、程なく鋲乗物にて、供五、六人連れたる女中参りたり、いかにも御殿向きの老女の風俗なり、ます/\疑い見れば、墓所に至り、供のものに掃除を致させ、香花を手向けて念頃に拝し、それより本堂へ参り、寺僧を呼び、布施をもし、暫し休息の躰なり
(つづく)
※ 鋲乗物(びょうのりもの)- 全体が青漆で、縁に黒漆を塗り、飾りの鋲を多く打った乗物。江戸時代、貴人の乗用とした。鋲打乗物。
※ 念頃(ねんごろ、懇ろ)- 心がこもっているさま。親身であるさま。


読み始めて、江戸版「巌窟王」の話かと思ったが、怨みの物語ではなかった。
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