2018年10月5日(金) 2:00-4:10pm トリフォニー
オール・ベートーヴェン・プログラム
交響曲第4番変ロ長調op.60 8-8-5-7
ピアノ協奏曲第2番変ロ長調op.19 15-8-7
ピアノ、田部京子
Int
交響曲第7番イ長調op.92 11-8-7-6
(encore)
メンデルスゾーン 交響曲第4番イ長調op.90イタリア 第4楽章 5
上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団
●
上岡さんを聴き始めの頃、マーラー4番のあまりに変形した演奏に絡め、ベートーヴェンをまず真正面から振るのが先ではないかと非難めいたことを書いたことがあるが、今にして思えば何も知らずのなんと浅はかな事だったと大反省しているわけです。音楽に対する考えと熱い思いがこれほど深いものであったという事をもっと早く知るべきでした。一方的な決めつけは良くない、さらに、決めつけるためのダメな理由探しをするのはもっと良くない。最悪でした。ごめんなさい。
本格的なベートーヴェンプロ、このようなプログラムは国内オケの定期公演ではめったに見かけることが無いものですね。まさしく正真正銘の正面突破プログラム。上岡監督の基本的な音楽スタイルは聴衆を驚かすことではなくて、作品の原点に立ち返り、そこから始めることでありそれが今の聴衆には陳腐なものがワイプアウトされてフレッシュに聴こえる。原因も途中経過も結果も、全く納得できるもので本来のオリジンな上岡ワールドは限りなく正しいと言えるものだ。
作曲家の荒々しさはひとまず横に置いて、そのダイナミクスはむしろピアニシモに力点をスポットした極めて美しい内容。7番のシックな佇まいはまことに落ち着いたもので光の当て方次第でこうもなる、見事なものであった。
ということで、まずは最初の4番から。
初楽章の序奏は入念、その分少しスローなものではあるのだが、何故か提示部主題のシンコペ的なリズムを感じる、前出し的な絶妙なもの。これまでの演奏会でも同じような現象を感じており、なにか上岡マジックがあるのかもしれない。
音楽が進んで行って、律動がよく効いていて、カツ、バタバタとした騒ぎにならない。アンサンブルの混ざり具合と際立つ主旋律。上岡イズムや方針が生かされたいい内容で、また、プレイヤー達のやる気度も満点。力が合わさっているのだなあとうなる。バリバリとせず前進する音楽はベートーヴェンのもう一つの側面を魅せてくれる。
楽章終結音をスーッと抜くやりかたは、昔、チェリビダッケがシュトゥットガルト放送響の頃よくやっていたもので、フランス式とか解説者が言っていた記憶がある。主に1970年代ですね。多重な音の層がひとつずつ、こうだったのか、とヴェールを脱ぐような趣きで聴くことが出来る。
結局のところ最後の一音まで悉く聴かせてくれるベト4で、聴くほうの手応えも満点でアドレナリンがジワッと湧いてくる。聴き手を能動的にさせる上岡タクトですな。
田部さんをソリストに迎えたベトコン2。大きな作品に接した充実感に満ちている、客が。
田部さんのピアノは形式のフレームを感じさせつつも一旦中に入り込むと呼吸を大きく取った自由なカンタービレで、音楽が生きている実感。
緩徐楽章の静謐さ、滑らかに伸縮するフレージング、指揮者は膝をグッと折ってオケを抑えるものだから極限のオケ伴ピアニシモで、息が詰まるほどの緊張感。そして終楽章の自然な解放、見事な棒さばき、自由に解き放たれた呼吸。まあ、二人ピアニストが並んでいるという話しだ。
休憩を挟んでの7番は騒ぎ立てることの無いシックで落ち着いた演奏。舞踏、リズムの権化とは異なる。このように気張らないで音符を淡々と追っていく演奏が作品の本来の姿だったような気もする。譜面に正面から取り組んだ姿勢ともいえる。聴衆に語りかけるような7番の響きとリズムをじっくりと味わうことが出来ました。
序奏のウエイトが高い4番7番、その序奏が一つのポイントで、まずここで先々の枠組みをつかみ取らせてくれる上岡流の見事な棒。満喫しました。
目の覚めるようなアンコール、もう一段目が覚めたような気になった。スッキリ。
おわり