写真は、平和資料館、旧研究所棟、久しぶりに自分が座っていた記憶のある教室で。
写真は、平和資料館、旧研究所棟、久しぶりに自分が座っていた記憶のある教室で。
これまでも不思議に思っていたのが長野県の県立高校は正式名に「県立」の「立」の文字が見当たらないことでした。上田高校も「長野県上田高等学校」となっています=写真。群馬県の場合は必ず「群馬県立○○高校」と表記されます。栃木県、埼玉県、東京都も「立」は付きますね。
久しぶりに文藝春秋の写真を見て長年の疑問がまた浮かびました・・。
どうやら校名は、全国一律ではなく条例の範囲で決められていることが判りました。長野県以外も「立」の文字のない高校名のところが二つありました。宮城県と北海道です。
「少年院の過去、告白すべきか」という相談事。30歳男性、今国家公務員の相談者は素性を明かせず半袖になれない生活に嫌気、果たしてカミングアウト(告白)していいものでしょうか、という内容です。
これはむずかしい悩みです。回答者の立川談四楼は、果たして何とアドバイスを送ったか。
「カミングアウトも結構ですが、リスクを伴うこともご承知ください。世の中は甘くはありません。悪事を働いているつもりのない私にも「芸人風情」という言葉が何度も聞こえてくるのです。あなたのストレスは半袖になれない生活にあると思われます。彫り物が入っているという前提で話しますが、来年の秋まで待ってみませんか」と。なぜ来秋までなのだろう。
「東京五輪です。世界中から人がやってきます。タトゥー当たり前という人もたくさん来ます。迎える側の入浴施設などもタトゥーOKを続々と出しています。どうです?そういう動きをじっくり眺め、ゆっくり考えませんか。結論はその後でも遅くはないと思いますが、いかがでしょう」
回答者が相談者の立場で熟考し絞り出した今出せるベストな助言と感じました。相談者は苦労して再生の日々を送っているわけですがストレスを感じています。
しかし世の中の基準は変わります。例えば髪の毛をカラーに染める習慣を見てもそれを示しています。一昔前は茶髪は受け入れられていませんでした。今はどうでしょう。大学教授の先生もお医者さまでも派手なカラーな髪にしている人がいます。それに対して人々の反応はいかがでしょう。寛容的に変わって来ていますね。
相談者の男性には、ぜひ短気にならずに一日一日を頑張ってほしいと思います。
そして世の中の流れを見据えての立川談四楼の回答、とても良かった・・。
クリスマス、年賀状書き・・師走は忙しいですね。
ところで、この時期いつも気になるのがクリスマスの表記。Christmas または Xmas と表記するべきところを X'masとアポストロフィを付けている広告文字などが目に入ります。米国では X-mas と表すのもあるそうですが日本では X'mas をよく見かけます。正しくはないとは言いますが、日本人好みで「和製英語」と割り切れば気にすることはないかな、と言い聞かせています。
「新年あけましておめでとう」は、かなり一般化しています。「新年あけまして」は重複語。年賀状のマナーとしては間違えだよ、と小学生の時、年賀状を書くにあたって母親から助言を受けたのを今も思い出します。
『郵便局かわら版』によりますと
●「新年」と「あけまして」は重複しています。どちらかを使いましょう。
●複数の宛名を書くときは、それぞれに「様」を。
●1月1日よりも元旦と書くのが普通です。
年賀状以外でも会社役員などが公的な挨拶でも「新年あけまして」と挨拶をしている場面を多く見聞きしてきました。X'mas と同じように誤りとはいえ特に実害があるわけではないのでさほど気にすることもないのかな。そうでなくてもストレスの多い世の中ですからね。
・・うむ・・でもやっぱり気になるな~。だからこうして話題にしてしまっているってわけです(笑)
千葉大学が来春から入学者全員に「海外留学」を必修とする。国立大学では初めてで2週間から2ヵ月間を義務づけるという。これに伴ってか学部生で年11万円程度の授業料も値上げする。 (朝日新聞2019年7月28日)
最初、見出しを見たときに「義務づけ」ってどうなんだろうと感じました。かつて大学のカルキュラム再編成で「ゼミナール(演習)」が「選択」から「必修」に変わろうとしたときに、学生のゼミ組織(ゼミナール協議会)が学生の自主性の観点、さらには「学問の自由」のあり方までさかのぼって異議を申し出たことを思い出しました。
留学必修はオヤジ的発想?
「海外留学」そのものに否定はしませんが、全員に課するというのはいかがなものでしょう。せめて「選択」制でもいいのではないでしょうか。
同大副学長は「これからはどんな職に就くにも、海外は行ったことがないではすまない。大学教員の採用でも海外経験がない、英語の論文が1本もないでは厳しい」と話す。
これって一見、進歩的に映りますが意外にオヤジ的発想ではないでしょうか。今の学生は小さい頃から家族旅行で海外に行っているものもいる。スポーツ文化交流を通して中高生から外国を経験したものも少なからずいる。修学旅行が海外であったり夏休みには学校間の海外交換ホームスティで参加した生徒達も。仮に海外に行ったことがないからといって「どんな職」に就くのにも不利益になるのだろうか。インターネットの普及で海外情報は瞬時に十分得られる時代の中で育った世代の学生たちでオヤジの時代とはちがう。
国立大学の授業料も昔に比べ決して安くない。海外留学のための値上げであれば、どうかと思う。すべての学生が海外留学に行くとなれば費用面でも各自が工面する額も要る。学費ローンにはこれ以上頼りたくはない。
同大では、「TOEFL」も進級条件にするよう検討しているという。私は、大学においては専門外のカルキュラムで「義務」や「必修」を増やすことにはとても疑問です。
英語力で優劣をきめて切り捨てることにも違和感です。企業の昇進試験でも英語力を第一関門に置くところが目立ちます。社内公用語を英語にまでにするところも。これって違うのではないかと思いますね。英語が苦手でも専門分野に長けている社員、技術者はたくさんいますからね。
今回の海外留学必修化は、千葉大が、学園の特色を打ち出すため(売り出すため?)、また「世界を知らない」学生に対しての親心から意欲的に取り決めたことなのでしょうが、ちょっとマトがズレているのではないでしょうか。
余談ですが、今、全国的に先生たちの勤務が過重労働になっています。全員海外留学による大学教職員の事務量の増大も心配です。必修化ともなれば裏方の業務が膨大になるでしょう。大学側には要員をしっかり確保して、事務職員らの労働条件も十分考えていただきたいと願います。
【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔
【24時間密着】コロンビア大学・アメリカ留学生の一日/ A day in a life of a study abroad student
「不登校って言わないで」と社会派アイドルグループ「制服向上委員会」が新呼称募集 (東京新聞6/2)
「私なんてどうせ不登校だから」と負のイメージで語られることに危惧してのことだという。
文科省の調査で年間30日以上欠席している児童生徒を「不登校」と呼ぶ。最新の2017年度調査では、不登校の小中学生は全国で約14万4000人で過去最多。多いですね。
不登校問題は1990年代初めから注目を集めた。当初は学校嫌いが原因との見方が強く「登校拒否」と呼ばれた。その後、友人関係や進路への不安など、さまざまな事情が背景となっていることへの理解が進み、教育界を中心に呼称が徐々に「不登校」に切り替わった。文科省もそれにならい、98年から「不登校」を使っている(東京新聞6/2)
「不登校」に代わる何か適した言葉・・
「在宅生徒」「家在生」「エジソン生」・・
なかなかぴったりした言葉、浮かびませんね。「不登校」でもいいのではないでしょうか。要は使い方で言葉そのものにこだわらなくても。「登校拒否」よりは「不登校」の方が客観的な表現でベターだと思います。ほかにぴったりした呼称が見つかると良いですが。 評論家の荻上チキは「毎年1万人の子どもが、校則が原因で不登校になっている。学校は理不尽への耐性を付ける場所ではなく、理不尽に抵抗するスキルを付ける場所であってほしい」と。(東京新聞「あの人に迫る」6/8)
言葉の問題よりも、不登校の原因にアプローチするほうが解決に近づくように感じます。
それにしても制服向上委員会の姿勢は立派です。常に社会に眼差しが向かっています。テレビには連日可愛いルックスのアイドルグループたちがたくさん登場しています。次から次とグループ名も覚え切れないほど。 一方、われらが制服向上委員会は、原発震災直後数年の盛り上がりが、最近薄れてきてしまったように見えます。メジャーな体制側アイドルと少数派カウンターカルチャーアイドルとのちがいでしょうか。
がんばってほしいです。制服向上委員会!! 写真は2014年群馬での「さよなら原発」集会です。
ダッ!ダッ!脱・原発の歌/制服向上委員会【PV】
ドナルド・キーンさん亡くなりました。96歳。
私がドナルドさんの名前を初めて知ったのは高校生のとき。
英文解釈の参考書として購入した太宰治の『斜陽』の英訳本にそのお名前がありました。英文字を通してですので、『百万人の英語』の講師J・B・ハリスさんのようなはっきりした印象ではありませんでしたが、記憶には残っています。
キーンさんの訳した『斜陽』。部屋の本棚かどこかにあるはずですが残念、見当たらず。
キーンさんは米軍兵士として沖縄戦に従軍、戦後帰国しコロンビア大学で角田柳作のもとで学んだとあります。角田柳作は群馬県出身の文学者。キーンさんは角田先生の教え子だったのですね。
生涯独身でしたか・・。合掌。
ドナルド・キーンさん死去|02月24日 首都圏のニュース
国立大学が文科省に提出した計画書では、その8割が人文社会系の学部、大学院を縮小再編するという。私立ならともかく国立では安易に人文系をリストラするなと言いたい。
「日本社会では、目に見える成果が期待できる『実学』が重視される傾向がある。産業界は即戦力となる人材育成を大学に求めている・・よく、哲学は役に立たないと言われる」 (筑波大学新聞2018/7/17コラム筑波おろし欄からの一節)
哲学は「実学」である
哲学主専攻だという同コラム子は「だが大学で1年学び、哲学は社会を変え、人生を豊かにするものだと気がついた・・すぐに物質的な豊かさを与えてくれるものではない。だが哲学は人生の苦悩や社会問題に答えてくれる。・・哲学は『実学』である」と。
同感です。
しかし「哲学する学生」は使用者側からは使いにくいと映るのだろう。これは今も昔も変わらない。
「哲学徒」は昔から敬遠されて
高度成長期の頃の話ですが就職面接のときに「もし哲学は好きか?と問われたらNOと言え」と先輩から助言を受けた。今のような面接Q&Aマニュアルや対策本などは身近にはありませんでしたが経験者からの伝承だった。
とりわけ「哲学」についてだけ聞かれるということの先方の狙いはお判りいただけると思う。哲学ばかりではありませんが、学問の府としては人文社会系の科目、分野の軽視はあってはならないことと思う。
筑波大学に限らず学生の保守化=無抵抗化は残念ながら否定できない。就職協定も破棄され、有利子奨学金でローンを背負う学生も少ないない。現役時代はブラック・バイトに悲鳴を上げ、卒業後は不安定な雇用形態の中でブラック企業で苦しめられる者も多い。
学生の個人主義が深まり、無抵抗化=保守化しているのも無理はないと思う。しかし厳しい状況に負けないで、学生には社会の不正義には立ち向かう気概をもちつづけていただきたい。
【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔
Flash Mob - Don't Stop Believin' @ The Ohio State University (米)オハイオ州立大学
「みなさん、健やかな毎日をお過ごしでしょうか♪ NHK高校講座保健体育の時間です。今夜はあなたの先生壇蜜(だんみつ)です。壇蜜先生と呼んでくださいね💛・・」
入浴中は時々ラジオを聞いていますが、なにげなく合わせたNHK第二から艶めかしい声が・・
えっ、壇蜜が保健体育の先生!
NHK第二としては、思い切ったイキな人選じゃないですか(拍手
きょうのテーマは「安全な社会づくり」。内容よりも先生が壇蜜さんだったことに、終始たまげて聞きました。
すでに4月から始まっていたのですね。
保健体育に壇蜜先生、いいですね、しばらく聞いてみましょう。
NHK高校講座 保健体育
https://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_hoken/archive/chapter023.html
【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔
現在の「首都大学東京」名を2020年4月から旧名の「東京都立大学」に戻すという、良いことだと思います。
2005年に「首都大学東京」が登場したとき妙な名称にしたなと感じたのは長野県佐久市の進学塾でみた合格者発表の表記でした。今は休刊の太田のタウン誌『マイリトルタウン』に掲載された当方の「私のスナップ」=写真=からです。「都立大らが再編統合し改称。「首都大学東京大学」と字数が多くまるで2校に合格したかのように見えます」とキャプションが。
当時、再編統合にあたり大学は校名を公募したという。6割がたが、そのままの都立大であったものを「首都大学東京」に決めた。最終決裁者は石原慎太郎(当時東京都知事)。
しかし英語表記の「Tokyo Metropolitan University」はそのままだった。「首都」なら素人考えで「capital」を入れそうな気もしたが、そこまでは石原翁周辺は気が回らなかったのか。もっとも英語名まで手をつけなくて良かったと思います。国際的な知名度への影響は免れたわけですから。
それにしても2005年から2020年まで。なんとも無駄な校名変更の15年ですね。
きょうの上毛新聞の『心の譜』(たかの友梨伝)では、2014年の労使紛争について触れている。たかの友梨は当時のご自分の考え方が間違っていたと率直に認めています。自分が苦労して習得した頃と、今はちがうとし新しい働き方改革をめざすとされている。大経営者の見事な認識転換です。(拍手)
美容業界の実態は、募集内容と実際の労働条件、処遇に大きな差がある職場が多いと聞きます。表面上の華やかさに反して美容業界は労働法も守られない、いわゆる「ブラック企業」的な職場で従業員が悲鳴をあげている。徒弟制度的な古い体質の職場もいまだ残っていると・・。たかの友梨の経営する業界大手がリーディングカンパニーとして働き方改革の先頭に立ち続ければにばきっと大きな良い影響力をもたらすと思います。
「赤ちゃんポスト」のさきがけとしても有名な前橋の児童養護施設「鐘の鳴る丘少年の家」の後援会長も務めているたかの友梨。
回を重ねるごとに人間、たかの友梨に魅せられてきました。(敬称略)
運が悪くってよかった!―たかの友梨自伝 | |
たかの友梨 著 | |
IN通信社 |
きょうの動画は菊田一夫作のラジオドラマ「鐘の鳴る丘」に感銘を受けた初代園長の上州人品川博の実話
少年の家 鐘の鳴る丘
新学期が始まりました。小学1年生の元気な登校姿には気持ちの良い季節感が伝わってきます。
ところで、この4月から「道徳」が新しく教科となりました。
これまでとの違いは
(1)使用義務のある教科書が現れそれを使う。
(2)教師が成績評価をすること。
この道徳という教科を成績の一つとして評価するのはむずかしいことです。先生たちも悩むことでしょうね。善悪がはっきりとした単純なものは良いですが、学年が上がり、テーマの内容が価値観に及びますと評価はよりむずかしくなります。なぜならば、ある価値を正しいとしても立場を変え、異なる見方をすると正解が一つではなくなることもあるからです。
極端な問題ですがわかりやすい例を。
「正しい戦いには皆で参加する」・・・これは正解ですか?
これまでも小学校では道徳の時間はありましたが扱いは教科外活動で教科書も評価もなし。教師の判断に委ねられてきました。これで十分と思いますね。
昨今これだけ国の政治家・官僚達リーダーの道徳心の劣化が著しく露呈している中で、よくもまあ「道徳」などと口にできたものだと感心してしまいます。
「特別の教科 道徳」ってなんだ?: 子どもの内面に介入しない授業・評価の実践例 | |
宮澤弘道(小学校教諭)編著書 | |
現代書館 |
【 道徳 】が 正式教科 池上彰
なぜ、いじめはなくならないのでしょうか?
子ども達はなぜ心を痛めているのでしょうか?
古くて新しい問題です。もっともこれは子どもの世界ばかりでなく、おとなの世界も職場問わずのパワハラやスポーツ界のしごき、リンチ、貴ノ岩の暴行事件もその一例でしょう・・
わたしも中学生の時に転校先の中学校でいじめの的(まと)になりました。当広場のカテゴリー「中学生下宿放浪記」で触れています。
自殺や校内暴力、いまだに問題行動は絶えません。
家庭のあり方が一番大きく影響しているとは思いますが、それを補う学校の保健室や相談室のサポート体制に期待が集まります。
『保健室はなぜ居心地がいいか』では、養護教諭である著者の金子由美子さんが、子どもたちと向き合ってきた貴重な経験談を記しています。保健室が注目され多忙化し平成8年度(1996年)から全国の中学校に相談室ができ始めた。そこでは相談員(スクールカウンセラー)が配置された。保健室と相談室の関係は「からだの相談は保健室、心の相談は保健室」と言えば分かりやすいですが現実には、生徒の心とからだの線引きをするようなわけには簡単に行くものではありません。「相談員の業務内容や服務体制が教員と違うために、連絡や確認事項が以前よりも複雑になった」(掲書)として先生たちの中には戸惑いもあったことは事実のようです。
新専門職SSWの登場
さらに相談室の中には「スクールカウンセラー」とは別に子どもや保護者の生活面を整理しながら経済的、福祉的なサポートを考える相談員「スクールソーシャルワーカー=SSW)が加わりました。
制度面では、依然暗中模索な感じは否めません。ただ生徒達には保健室以外にもうひとつ居心地のいい場所として相談室が出来たと思われると良いですね。
当方の周辺には今、あいにく中学生がいないので現場の様子がいまひとつ見えないのですが、これからも保健室や相談室が校内で果たす役割は大きいのでないかと察せられます。
先生たち、年中“師走”状態
今、先生(教諭)たちは急がし過ぎる。授業以外の仕事や雑務が多い。行事消化、部活指導、増える一方の各種書類・報告書作成などで時間に追い回されています。これはこれで新たな問題で先生たち自身もメンタルの面で別途「相談室」が必要になっているほどの状況なのです。
ここで相談室にカウンセラー&ソーシャルワーカーの専門職が加わることで先生たちの業務負担軽減になり、ましてや生徒およびその家庭へもきめ細かい的確な助言・サポート体制が確立されれば「相談室」制度は成功といえるでしょう・・。地域住民の一人として学校の様子も見守って行きたいと思います。
保健室はなぜ居心地がいいのか | |
金子由美子(養護教諭) | |
学事出版 |
落書きだらけの教科書の中に、いつも哀しいため息こぼしていた~退屈な授業、さえない校則~♪・・中村あゆみの「ともだち」
中村あゆみ (Ayumi Nakamura) ともだち
【木工さんの写真】矢嶋秀一作 フォト 田口大輔
「3時間おきに授乳」も昔の話。今は赤ちゃんが欲しがった時に授乳すればよい。胃袋の大きさや飲み方は、その子しだい。むかしの「3時間おき」はお母さんたちの神経が休まらない方法でしたね。
布おむつから紙おむつ・・。マスクと同じでオムツも使い捨て時代になりました。
祖父母向けに自治体が“育児ガイド”を用意しています。
「さいたま市祖父母手帳」。岐阜県「孫育てガイドブック 孫でマゴマゴしたときに読む本」。熊本県「孫育て手帳」など。
時代は流れ変わりますね。ターン・ターン・ターン♪
参考記事:社会新報2017/12/13号「くらし欄、子育て世代間ギャップ」
【写真】座頭市の子連れ奮戦記「血笑旅」から
Turn Turn Turn - Lyrics - The Byrds
野球選手の水分補給も昔と今では、指導法がまったく異なりますが赤ちゃんの育て方も、これまた大きく様変わりしています。
【抱き癖】(昔)抱き癖がつくと頻繁に泣く→(今)抱っこは大事、抱き癖は気にしなくてよい。
【お乳】粉ミルクがいい→絶対に母乳がいい→(今)母乳が最適、但しママの意見も尊重、ミルクも上手に与える。
【果汁】離乳食前に与える→(今)与えなくていい。母乳を飲む量が減ってしまう。
【虫歯予防】離乳食は大人がかみ砕いたものを与えた。コップ、箸の共用も当たり前→(今)虫歯は大人からうつる。口移しやチューはダメ。箸、スプーンの共有もノー!!
【卒乳】母子手帳に1歳まで断乳を完了することとあった→(今)自然に飲まなくなるまで授乳していてもOK。
こうして比較してみると私も今の子育ての方が理にはかなっているように感じます。ただ昔のやり方を強く否定されると祖父母世代としては不愉快になりますよね。子である(今では大人たち)みんなも、昔のやり方でけっこう育ってきたではないか、という言い分です。つまりこれまでの経験による「子育て実績」を傷つけられてしまったたようで、まして育てた子世代から叱られるというのは、なんとも・・
よくよくクォリティ(質)を考えれば確かに今の方が、考えは向上しているわけで、この際ジジババは子世代親たちの育児に従うのが無難のようです。
ああ、むずかしい、むずかしい~(笑) Oneway Generation!♪
参考記事:社会新報2017/12/13号「くらし欄、子育て世代間ギャップ」
写真は座頭市「血笑旅」より
本田美奈子. - Oneway Generation