湯ノ岱駅と宮越駅との間に「天ノ川」という駅ではない“モニュメント”が設置されていました。
江差線営業時には道道5号線を江差に向けて走っているとその左手に自然と目に入ってくる構造物、それがモニュメント「天の川駅」でした。
いま同じように道道を走っていても、過去にその存在を知っているオジサンでもぼ~っと走っていると通り過ごしてしまうほどにモニュメント跡地は変貌しています。
モニュメント天の川跡地には、その導入路に「踏切」の注意喚起プレートとカーブミラーが残されています。
この雰囲気は北海道廃線駅跡の雰囲気そのものです。
路盤跡にはレールがまだ残されています。
勾配標なども残されています。
右手草薮のなかに僅かに見えるコンクリート構造物は「天の川駅」モニュメントの基礎部であります。
『北海道夢れいる倶楽部』によって設置、管理されていたモニュメント…
もちろん、「駅」ではありませんから列車が停車することはありませんでしたが、北海道から土地を借り受け地域の観光・振興のために展示されていたモニュメントであります。
天の川駅現役時の記事はこちらから。
ちょっと傾いているように見えるけど “ L”を示している勾配標…Level 「平ら」ってことですね。
距離標も残されています。
「64」という数字が読めます。
これは五稜郭駅を基点とした江差線の営業キロ数を示しています。
かなり雰囲気がある距離標です。
さらに先に進みますと橋梁に続くレールが見られます。
…が、例によってこれ以上は進みません。
江差線営業時は、橋梁を渡ってくる「キハ40系」を撮影する撮影ポイントでもあったようです。
赤矢印がその橋梁あたりです。
天の川駅モニュメントから湯ノ岱駅方面に少し戻ると、道道から橋梁がこのように見えます。
振り返って江差方面を見ます。
レールは夏草の中へと消えて行きます。
江差線営業時には道道5号線を江差に向けて走っているとその左手に自然と目に入ってくる構造物、それがモニュメント「天の川駅」でした。
いま同じように道道を走っていても、過去にその存在を知っているオジサンでもぼ~っと走っていると通り過ごしてしまうほどにモニュメント跡地は変貌しています。
モニュメント天の川跡地には、その導入路に「踏切」の注意喚起プレートとカーブミラーが残されています。
この雰囲気は北海道廃線駅跡の雰囲気そのものです。
路盤跡にはレールがまだ残されています。
勾配標なども残されています。
右手草薮のなかに僅かに見えるコンクリート構造物は「天の川駅」モニュメントの基礎部であります。
『北海道夢れいる倶楽部』によって設置、管理されていたモニュメント…
もちろん、「駅」ではありませんから列車が停車することはありませんでしたが、北海道から土地を借り受け地域の観光・振興のために展示されていたモニュメントであります。
天の川駅現役時の記事はこちらから。
ちょっと傾いているように見えるけど “ L”を示している勾配標…Level 「平ら」ってことですね。
距離標も残されています。
「64」という数字が読めます。
これは五稜郭駅を基点とした江差線の営業キロ数を示しています。
かなり雰囲気がある距離標です。
さらに先に進みますと橋梁に続くレールが見られます。
…が、例によってこれ以上は進みません。
江差線営業時は、橋梁を渡ってくる「キハ40系」を撮影する撮影ポイントでもあったようです。
赤矢印がその橋梁あたりです。
天の川駅モニュメントから湯ノ岱駅方面に少し戻ると、道道から橋梁がこのように見えます。
振り返って江差方面を見ます。
レールは夏草の中へと消えて行きます。