♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■使徒たちの留置 / 板倉邦雄

2018年10月30日 | Weblog
2018/9/25放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「使徒たちの留置」という題でお話ししましょう。
 
1970年代、日米安保闘争のただ中にありました。その時私は学生で、国会議事堂前のデモに参加して機動隊員に捕まり、留置されそうになったのです。

 さて、使徒ペテロとヨハネの二人がエルサレムの神殿の境内でイエスの受難と十字架、そしてイエスの死人からの復活を宣べ伝へていましたね。その頃の神殿の責任者のサドカイ派は死人の復活を信じていない人々で、ですからナザレのイエスが十字架で死んだ三日目に死人から復活した、などという宣伝はとんでもないことでした。しかも、自分たちの縄張りである神殿の境内で宣伝するなどということは、もってのほかだったのです。

 苛立った彼らはついに実力行使に出ました。使徒ペテロとヨハネに手をかけて逮捕。夕方になって日が暮れていたので、翌日裁判にかけるために二人を神殿内の一角に留置しておくことになったのです。ところが、使徒ペテロとヨハネの話を聞いた多くの巡礼者たちはイエスの十字架と復活を信じたのです。そして自分たちの先祖アブラハムに約束された神様の祝福にあずかりたい、と心から願いました。

 この出来事を通して一つの聖書のことばを思い出します。
 それは伝道者パウロの次のことばです。
 「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている。
   ピリピ人への手紙1章29節です。 (口語訳)

 使徒ペテロとヨハネは、キリストを信じることにより罪の赦しが与えられ、神の子とされ、永遠のいのちが約束されました。と同時にキリストの証人となることによって迫害され、留置所に入れられてしまいました。しかし両方とも、神様からの賜物・贈り物として二人の人たちは受けとめていたのではないでしょうか。

 聖書のことばです。
 「私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。
    ヨブ記2章10節 (新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」2018.9.25放送でのお話より )

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