♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■主への食物のささげ物 / 福井 誠

2018年10月31日 | Weblog
2018/9/26放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「主への食物のささげ物」です。
 レビ記3章5節から読んでみましょう。
 「 アロンの子らは、これを祭壇の上で、火の上の薪の上にある全焼のささげ物に載せて、焼いて煙にする。これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。
            (新改訳2017)

主への食物のささげ物」、実に面白い表現です。まるで神様に食欲があり、イスラエルの民からお腹を満たす物質的な食物を求めておられるようですね。しかしそうではありません。この表現はあくまでも霊的・象徴的なもので、つまり捧げられた食物に象徴される感謝、契約の神に対する忠実さまたは信頼をこそ神が求ておられることを意味しています。当時のイスラエルの民は具体的な物をもって主に捧げ物としながら、実はそこに彼らの感謝、忠実、信頼を重ねて捧げていたという訳です。

 私たちにとって食物が不可欠なように、神にとっては霊的な食物つまり私たちの全き献身も不可欠なのです。しかしながら、レビ記を通読しながら私たちが最も理解しなくてはいけないことは、私たちの全き献身を捧げることではなくて、私たちの代りに全き献身が捧げられたという事実です。私たちの捧げ物はどんなに完全なものを心がけても、不完全さをまぬがれ得ません。完全な捧げ物は神の御子イエス・キリストが罪の身代わりとなって十字架にご自身を捧げた自己犠牲以外にはありえません。実に御子の十字架の死に至るまでの御父に対する完全な愛と服従こそが主への食物であり、香ばしい香りでした。

 新約聖書の使徒パウロは、このレビ記をもとにエペソ人への手紙の中で次のように語っています。
 「また、愛のうちに歩みなさい。キリストも私たちを愛して、私たちのために、ご自分を神へのささげ物、またいけにえとし、芳ばしい香りを献げてくださいました。」(エペソ5章2節 )

 こうして考えると、神に捧げ物を捧げることは神を愛する行為と言うよりも、その行為によってかつて神に完全な捧げ物を捧げられたイエス・キリストを思い起こし、神に愛されていることを確認する行為と理解できますねえ。神を愛する以上に神に愛されていることを覚えて、喜び歩む信仰の歩みこそ大事にしていきたいものです。

(PBA制作「世の光」2018.9.26放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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