世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。関根弘興です。今日もさわやかに一日を過ごしていきたいですね。
「誠実」ということば、あなたはこのことばを聞いてどんな印象を持ちますか? きっと、嫌な感じを持つ人は一人もいないでしょうね。なぜなら、この「誠実」ということばは、誰もが求めていることですし、誠実さによって、どれ程の関係が改善され癒されるか分りません。だからこの「誠実」を愛することを聖書は伝えているんですねえ。
旧約聖書の預言者の一人にミカという人がいました。彼は人々にこう語ったんですねえ。「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」
聖書では、この「誠実」と訳されることばの意味は、契約に基づく愛を表すことばとしても使われているんですねえ。例えば夫と妻であるならばその誠実とは、結婚の誓いによってもたらされた愛の結びつきを表すものになる訳です。病める時も健やかなる時も、貧しい時に富む時にも、互いに最を願い行動する。この姿が誠実な姿だという訳ですよねえ。ですから、誠実ということばは、そのまま愛ということばと置き換えられても良いことばなんです。確かにそうした誠実さが家庭に職場に、それぞれの人間関係の中に築かれていったらどんなに幸いでしょう。
でも現実はどうかと言ったら、誠実とは反対の憎しみや恨み、妬み、虚栄心、自分さえ良ければよいという心、そんな姿を私たちは自分の中にも、また、人の中にも見てしまうことがありますよね。
聖書には、神様はあなたを愛していると伝えています。イザヤ書の54章という所には、「永遠に変わらぬ愛をもってわたしはあなたをあわれむ。・・・わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない。」と告げられているんです。天地を創造された神様が誠実な愛をもってあなたを愛していてくださる。これが聖書が語っている事実なんですねえ。
新約聖書のヨハネの手紙という所には、「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」と書かれているんです。私たちが誠実に生きることの出発点は、神様がまず私たちを愛してくださっているということを、その事実を受け入れ、味わうことから始まるんだと言うんです。人は愛されているということをまず知ることから安心して人生を歩むことができるんですねえ。そして愛されているからこそ愛をもって生きる姿がそこから生まれてくるんです。
人生にはいろんな苦しみがありますけれども、聖書はなお、あなたは愛されているんですよと伝えているんですね。
( PBA制作「世の光」2005.5.17放送でのお話しより )
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