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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■イエスは復活された・なぜ泣いているのですか /田村治郎

2025年07月26日 | Weblog

2025/4/26放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? グレース宣教会牧師、ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。

 イースターの朝、イエスの復活の朝の出来事です。イエスが十字架で死んで葬られた墓に、三日目の日曜日の朝早く、マリヤはイエスの遺体に香油を塗ろうとやってきます。

 しかし、到着して驚きます。何と墓の入り口を塞(ふさ)ぐ大きな石が取り除けられていました。恐る恐る中を覗くと、イエスの遺体も消えている。不当な裁判を受け、ゴルゴダの丘まで十字架を担いで歩かされ、最後は十字架で散々苦しめられたイエス。亡骸(なきがら)となった今でさえどこかに持ち去られるのか・・・。心乱れたマリヤは、悲しみのあまり泣く以外になかったのです。

 そんなマリヤに御使が現れ声をかけます。「なぜ、泣いているのですか?」
 それは嘆くマリヤに対してずいぶん冷たいことばに聞こえます。マリヤはイエスの遺体が何処かに行ってしまったことを説明し、こんな悲しいことがあるでしょうか、と訴えます。

 しかし御使いだけでなく、マリヤの後ろに立たれるよみがえられたイエス自身が「なぜ、泣いているのですか?」と声をかけます。

 マリヤには墓の管理人としか思えず、同じように泣きながら説明します。

 愛するイエスが死んだだけでなく、その遺体までもがそこにはない、それはどれほどの悲しみと絶望でしょうか。嘆き悲しむ以外にそこに何があるというのでしょう。
 それでもイエスは問うのです。「なぜ、泣いているのですか?」

 この事実は、泣き悲しむことではなく、むしろ喜ぶべきことです。イエスの十字架の死は、そして、その墓が空っぽであることは、まさに死に勝利され、よみがえられた事実そのものなのです。死で終わりと思う人生に、永遠のいのちの希望に生きる新しい人生の始まりを、自らのよみがえり・復活を通して示してくださいました。

 新約聖書ローマ人への手紙6章5節
 「私たちがキリストの死と同じようになって、キリストと一つになっているなら、キリストの復活とも同じようになるからです。」

 イエスを救い主と信じる私たちは、このイエスの復活と一つにされているのです。
 「なぜ、泣いているのですか?」 
 むしろ大いに喜ぶべきことではないでしょうか。 


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.26放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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■イエスは復活された・死を打ち破るもの /田村治郎

2025年07月25日 | Weblog

2025/4/25放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? グレース宣教会牧師、ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。

 2023年、日本人の平均寿命は、男性が81.09歳、女性が87.14歳だそうです。今日の社会は様々な医療分野を含めた科学の発展によって人の寿命は格段に長くなりました。でも死の現実は克服することができていません。
 それゆえに解決できない死に対する不安や恐怖は更に深まっているように感じます。

 私が初めて死を身近に意識したのは中学3年生の時です。私には歳の離れた従兄弟(いとこ)がいました。そのいとこの末の娘、まだ5歳だったはずです、ある日兄たちと道端で遊んでいる時、そこにあったマンホールの蓋がずれていて、その深い穴に落ち込んでしまい、その娘は亡くなってしましました。知らせを聞いた私はあまりのショックのために体が硬直して、何も言えず何もできなかったことを覚えています。
 葬儀の日、火葬場に移動し、小さな棺(ひつぎ)が火葬炉に入れられその扉が閉められた時、父親が腹の底から絞り出すような声で娘の名前を叫んでいました。愛娘(まなむすめ)の死に対して何も抗(あらが)うことのできない父親の姿に、ただ死の現実を突きつけられた悲しさと無力さを痛感する思いでした。

 人は必ず死ぬ。それは誰も避けることができず、克服することもできない事実です。
 しかし、私たちのイエス・キリストはその死よりよみがえり死に勝利された。 それがイースターの出来事です。

 新約聖書ローマ人への手紙6章23節
 「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」

 「神の下さる賜物」とは、一方的な私たちへの贈り物です。ただただ一方的な神様のギフトを意味します。イエスは私たちの罪をその身に負い、私たちが受けるべき罪の裁きを身代わりに受けられ死んでくださった。
 そんな命がけの私たちへの愛がどこにあるでしょう。そればかりか、三日目に死よりよみがえり、私たちがどうすることもできなかった死の現実を打ち破ってくださいました。
 「イエス・キリストにある永遠のいのち」の希望は、イエスを救い主と信じる者一人ひとりに与えられるものなのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.25放送でのお話しより )


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■イエスは復活された・死の向こう側 /田村治郎

2025年07月24日 | Weblog

2025/4/24放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? グレース宣教会牧師、ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。
 今週は4月20日のイースターを記念して、イエス・キリストの十字架と復活についてお話ししています。

 ここ数年、私が教会に行きはじめた頃に大変お世話になった婦人たちが続けて亡くなられました。仲の良かった方々ですので、天国に行かれるのも一緒というわけではないのでしょうが、悲しいはずの葬送式、確かにしばらくの間、地上では会えない寂しさや悲しみはあるけれど、それを遥かに超える「天国でまた会えるよね」という希望がイエス・キリストを救い主と信じているクリスチャンにはあるのです。哀しくて当たり前と思う時にも喜べるなんて、なんて素晴らしいことでしょう。

 私たちは理解しています。死は誰にも訪れることを。そして多くの人々は恐れを抱くでしょう。死んだらどうなるのか、自分の存在がこの世から消えてしまうなんて考えられない!など死を受け入れるのは難しいものです。
 誰もが避けられないその死に対して聖書ははっきりと語ります。
 イエス・キリストは聖書に書いてある通りに、私たちの罪のための身代わりとして死なれ、聖書の約束の通りに三日目によみがえられました。
 そのイエス・キリストを私の救い主と信じる者は、イエスの十字架の死によって罪赦され、神様と和解させられ、死にも勝利した者です。
 私たちは歳を重ねることによって、病や時に事故によってもこの肉体の死を経験します。
 しかし、イエスが死んで復活されたように、神様を信じる私たちもイエスにあって復活することが約束されています。それは私たちの心を絶望や恐怖から平安へと変えてくれるものです。

 あなたのためにイエスは十字架に死に、そしてよみがえられ、イエス・キリストを救い主と信じるあなたのためにすべての罪を赦し、永遠のいのちの希望、復活の希望を与えてくださったのです。

 最後にもう一度。私たちは誰も死を免れることはありません。だからこそ、死んでよみがえられたイエス・キリストを私の救い主と受け入れるとき、私たちは、聖書が約束するように死は勝利に呑まれて、永遠のいのちの希望をいただくことができるのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.24放送でのお話しより )


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■イエスは復活された・一寸先は希望! /田村治郎

2025年07月23日 | Weblog

2025/4/23放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? グレース宣教会牧師・ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。

 皆さんは「一寸先は闇」ということばを知っておられるでしょう。先のことはまったく予測できない、見通すことができない、という意味のことわざですね。そんなちょっと先のことさえ見通しがつかない私たちの人生で、これだけははっきりと分かるのが、「人は必ず死ぬ」ということです。

 私の父は今から12年前に83歳で亡くなりました。60歳の時に脳梗塞で左半身不随となりました。その後、23年間を私の母の介護によって生き抜いていきました。
 いよいよ意識も薄れ危篤状態の折、母や私の呼びかけには一切反応を示さなかったのですが、孫である私の娘の「じーちゃん!」という呼びかけには目をパチっと開いたのです。孫の力は強し!ですね。「イエス様を受け入れて天国に行くんやで!」との孫の呼びかけに、一度手を握りしめて応答していたことに、私たちは神様の恵みを信じて、父は今天国に迎え入れられたと確信しています。
 若い時から先天的な心臓病で苦しんでいたことや、仕事もオイルショックで自営のプラスチック工場を倒産させ、再建後も不渡手形をつかまされたり、苦労に苦労を重ねてきて、挙げ句の果てに脳梗塞で左半身が不随の人生を送らざるを得ない。どう見積もっても「幸せな人生だったか?」の問いかけには、簡単に答えられるような人生ではなかったと思います。それでも神様は、最後の最後に救いを与えてくださったと感謝しています。

 聖書には、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように」とあります。人は神様の御前に立たされ、その罪のゆえに永遠の滅びか、イエス・キリストの十字架の赦しをいただいた者として永遠のいのちの希望に生きるか、裁きの時があると言っています。

 決して自分の口で信仰告白もできず、ただ孫の呼びかけに弱々しく手を握り返すだけの応答でも、「子よ、安かれ。汝の罪赦されたり」と神様から宣言していただける、その恵みの豊かさ、死に打ち勝つ勝利は、ただただイエス・キリストの復活にかかっています。

 イエス・キリストにあって私たちの人生は「一寸先は、希望!」と言えるのです!

 

 ( PBA制作「世の光」 2025.4.23放送でのお話しより )


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■イエスは復活された・十字架って何? /田村治郎

2025年07月22日 | Weblog

2025/4/22放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? グレース宣教会牧師・ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。

 私は若い頃から、あまり装飾品、指輪やネックレスなどを身につける習慣はなかったのですが、20歳前後に七宝焼きの綺麗な十字架のネックレスをつけていたことがありました。
 十字架というと私にとってはアクセサリーの一つで、教会のシンボルであることさえ知りませんでした。
 しかし教会に行き始めてその真の意味を知って愕然となったことを覚えています。

 十字架は古代アッシリア人の考案とされる極刑の道具でした。目的は征服地の敵兵の処刑でしたが、ただ殺すだけでなく、城門の外に晒(さら)して、なるべく長く苦しむようにした惨たらしいものでした。

 この十字架刑と同じように日本にも磔刑(たっけい)・はりつけの刑がありました。東京の品川区にある鈴ヶ森刑場跡は今もその一画が保存されていて、この鈴ヶ森刑場独特の処刑法であった「火炙りの刑」や「磔の刑」などの、当時の石でできた台座などが残されていて、そこは歌舞伎の演目で知られる「八百屋お七」の火炙りの刑で有名な場所です。
 刑場付近に共通することは、「泪(なみば)橋」という地名が多く残っていることです。同じく東京の南千住にある小塚原刑場近くには、その当時「思い川」にかかっていた橋を泪橋と呼んでいました。鈴ヶ森でも、近くの立会川にかかっていた橋も現在は「浜川橋」と名前が変わってしまっていますが、やはり「泪橋」と呼ばれていました。これら「泪橋」は、罪人にとってはこの世との最後の別れの場であり、家族や身内の者には、処刑される者との今生の別れの場、お互いがこの橋の上で泪(なみだ)を流したことから、この名が付けられたと言われています。どの刑場跡に行っても、当時の処刑が「見せしめ」の要素が強くあることに気付きます。 極刑と言われるあの鈴ヶ森の「磔刑」は、罪人を何時間も苦しませる、その惨たらしい極めて見せしめの要素も強いものでした。

 このような刑場を巡るたびに、いつも私の思いに浮かぶのはイエス・キリストの十字架刑です。そのイエス・キリストの十字架刑は死では終わらずに復活があり、死という絶望を覆す希望があること。これが十字架の意味であり、教会のシンボルなのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.22放送でのお話しより )


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■イエスは復活された・イエスは誰なのか /田村治郎

2025年07月21日 | Weblog

2025/4/21放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか。今週一週間、担当いたしますグレース宣教会牧師・ハンガーゼロ巡回牧師の田村治郎です。

 イースターの前の週の日曜日は「棕櫚の日曜日」と言って、イエスが子ロバに乗ってエルサレムに入城された日です。
 ロバというのは荷物を乗せ運搬の道具として用いられ、その子どもである子ロバの背に乗られるとは、何か滑稽な姿に見えます。

 しかし、これは旧約聖書ゼカリヤ書9章9節
 「娘シオンよ、大いに喜べ。娘エルサレムよ、喜び叫べ。見よ、あなたの王があなたのところに来る。義なる者で、勝利を得、柔和な者で、ろばに乗って。雌ろばの子である、ろばに乗って」
 の預言にあるように、メシアの姿そのものです。

 過越の祭というユダヤでは最も大切な祭りが行われており、多くの人々がエルサレムに集まっていました。人々のメシアを待望する目は、「ホサナ、ホサナ、主よお救いください!」と救い主メシアを讃える叫びをもってイエスのこの姿に釘付けとなります。
 しかし、当時のユダヤ人たちが待ち望んでいたメシアとは、異邦人ローマの支配から力・武力を持って回復し、新たな神殿を打ち立てる力強いお方です。
 それは、神様のご計画としてのメシア、「すべての人々の罪をその身に負って贖いを成し遂げる」存在ではありませんでした。
 イエスのエルサレム入城を歓喜を持って迎え入れた群衆は、決して本来の神様の計画を理解したものでなく、皆イエスの力あるわざ、メシアのしるしを「力による回復」に重ね合わせていました。

 子ろばに乗って入城されるイエスの姿を見て、地方から来ていたイエスを知らない人々は戸惑います。「この人は誰なのか。」 イエスの言動に憤りを覚える当時の宗教家たちや、ただ戸惑う人々にはイエスを受け入れる心はなく、頑なに拒絶するようになっていきました。

 その後の金曜日には、当初歓喜でイエスを迎えた人々も手の平を返すように「十字架につけろ!」と呪うようになりました。理由は明確です。自分たちの望むメシアではなかったので同じ口から賛美と呪いが出てきたのです。

 「この人は誰なのか」「私たちにとってイエス・キリストは誰なのか」 ただ神を冒涜する異常者なのか? それとも自らのいのちを捨てるほどに私たちを愛して、私たちの罪を赦し、永遠のいのちの希望に生かしてくださるメシア、救い主なのでしょうか。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.21放送でのお話しより )


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■成し遂げられた / 関根弘興

2025年07月19日 | Weblog

2025/4/19放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。
 今週はイエス・キリストが十字架につけられた出来事を覚える受難週です。

 イエス様は何の罪を犯したわけでもありませんが、十字架に付けられました。聖書には「木にかけられた者はのろわれる」(申命記21:23、ガラテヤ書3:13 )とある通り、十字架は忌むべき処刑でした。
 イエス様の十字架刑は午前九時頃から始まりました。そして十二時頃になった時、突然全地が暗くなり、三時まで続いたのです。

 昼間なのに暗闇が覆う、その時でした。イエス様は「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」、訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と大声で叫ばれました。
 このことばだけ読むと、「神の子イエスもついに父なる神に見捨てられたのか。イエスの十字架は失敗だったのではないか」と考えてしまう人もいるかもしれません。

 しかしそう考えるのは、聖書もイエス様の十字架の意味も知らないからです。イエス様は神なる方であるのに人として来てくださいました。それは罪のないイエス様が人々の罪を身代わりに背負い、すべての罰と呪いを受けるためです。イエス様の十字架は、私たちを何とかして救おうとする神様の深い愛と、罪を決して見逃すことのない神様の義(ただ)しさを同時に表すものだったのです。

 イエス様は私たちの代わりに十字架にかかり、義しい神様に断罪されました。「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という叫びは、イエス様が審判者である父なる神様の前で、私たち罪人の代表として十字架の罰と呪いを一身に背負われた苦しみの叫びだったのです。
 また、愛と恵みに満ちた神様との関係が完全に絶たれてしまうという絶望の叫びでもありました。
 この叫びこそ、イエス様が私たちの罪を身代わりとなってすべて背負ってくださったということの確かな証拠なのです。

 そしてイエス様は「完了した」と言われました。もし十字架に付けられたことが失敗だったなら「完了した」とは言いません。「失敗した」と言うでしょう。

 それではいったい何が成し遂げられたのでしょう。それは、十字架のみわざによって私たちの罪が赦され、救いの道が完成したのだと教えるのです。

 聖書のことばをお読みします。第2コリント5章21節

 「神は、罪を知らない方を私たちのために罪とされました。それは、私たちがこの方にあって神の義となるためです」

 このことばの通りです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.19放送でのお話しより )


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■希望の光 / 関根弘興

2025年07月18日 | Weblog

2025/4/18放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしですか? 関根弘興です。
 今日はイエス・キリストが十字架につけられた受難日です。

 イエス様は総督ピラトの元で審問を受けましたが、ピラトはイエス様の中に何の罪も見い出すことができませんでした。
 そこでイエス様をむち打ち、人々の前に惨めな姿をさらしたのです。
 しかし、周りの顔色ばかりを見ていた総督ピラトは、民衆の声に負けてイエス様を十字架刑に引き渡しました。

 十字架刑はゴルゴタ・「どくろ」と名付けられた不気味な処刑場で行われました。そこでイエス・キリストは十字架に釘付けされたのです。

 処刑場には三本の十字架が立てられました。真ん中の十字架にはイエス様が、そして左右の十字架には極悪な犯罪人がつけられたのです。両手首と重ねた足に太い釘が打ちつけられ、その三点で全体重を支えなければなりません。十字架が垂直に立てられると、想像を絶する苦しみが始まりました。

 その激しい痛みの中でイエス様はこう言われたのです。
  「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分で何をしているのか分かっていないのです。」

 なんと、最初にイエス様はあの兵隊、周りの群衆たちのために執り成し、赦しを祈ったのです。

 イエス様の十字架の両側には二人の犯罪人が十字架につけられていました。その一人がイエス様に、「お前はキリストではないか。自分とおれたちを救え!」とわめきちらしていました。
 しかしもう一人は、極限の状況の中で彼をたしなめて言いました。「おまえは神を恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから当たり前だ。だがこの方は、悪いことを何もしていない。」 こう言ったのです。
 そしてイエス様に向かって、「あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください」と告白しました。

 するとイエス様は、「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」と約束されたのです。

 この犯罪人は、それまで神を畏れることなどあったでしょうか? 「これで俺の人生も終わりだ。ああ、なんと虚しい惨めな人生だったことか。」と考えたかもしれません。
 しかしそんな絶望と極度の苦痛の中で、傍(かたわ)らにイエス様の姿を見たのです。希望のかけらすら見い出すことのできない十字架の上で、イエス様の約束のことばは永遠へと導く希望の光となっていったのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.18放送でのお話しより )


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■この人を見よ / 関根弘興

2025年07月17日 | Weblog

2025/4/17放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 今週は、イエス・キリストが十字架につけられたことを覚える受難週です。

 イエス様はユダヤ当局によって逮捕され、神を冒涜している者だ!と断罪されました。
 しかし彼らは、自分たちが許されている石打ちの刑ではなく、当時この地を治めていたローマ総督ピラトのもとに訴え出て刑を求めたのです。なぜなら当時はローマは極悪人を十字架刑に処することが許されていたからなんですね。

 さて、ユダヤ人たちの訴えによって連れてこられたイエス様を取り調べたのは総督ピラトでした。彼はローマの法律に照らし合わせてもイエスを死刑にする罪を見つけることが出来ませんでした。
 そこでピラトはユダヤ最大の祭り・過越祭の時には囚人を一人赦免する習慣があったので、---ま、恩赦ですね---、恩赦の提案をしたのです。

 ピラトは当時有名な凶悪犯であったバラバとイエスとどちらを釈放してほしいのか?!と集まっていた群衆に問いかけました。バラバは有名な犯罪人ですから、人々はバラバよりはイエスの釈放を願うだろうとピラトは予想していました。

 ところがピラトの思惑とは逆に、当時の宗教指導者達は群衆を説きつけて、「バラバを解放しろ、イエスを死刑に!」と叫ばせたのです。

 そこでピラトが次に取った方法は、「そうだ、イエスを痛めつけて、その惨めな姿を群衆に晒(さら)すことをすれば、さすがに訴えを取り下げるだろう」と考えたのです。救い主と言っている男の威厳をズタズタにしてしまうというわけですね。

 そこで兵士たちに命じてイエスを鞭で打たせ、(兵士たちは)「お前は王様だろう」と言って、荊(いばら)で編んだ冠をイエス様の頭にかぶせたのです。その棘(とげ)はイエス様の頭に刺さり、血が流れ出てきました。
 そして彼らは紫色の着物を着せ、「ユダヤ人の王様、万歳!」とイエス様を嘲(あざけ)り始めたのです。

 そこでピラトは、鞭打たれ頭から血を流すイエス様を群衆の前に連れ出し、こう言いました。「この人を見よ!」と。

 ピラトがイエス様を指し示した時、宗教指導者たちや群衆は、「この男は見るに値しない男だ! 葬り去られるべき男だ! 十字架につけよ!!」と激しく叫び続けたのです。

 そしてピラトはイエス様を十字架につけるために彼らに引き渡したのです。

 あなたは、「この人を見よ」と言われたとき、イエス様にどんな姿を見ますか? これこそ、一人一人にも問われていることばなのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.17放送でのお話しより )


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■お前は救い主なのか? / 関根弘興

2025年07月16日 | Weblog

2025/4/16放送

 「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 今週は、イエス・キリストが十字架につけられたことを覚える受難週です。

 ゲツセマネの園で祈られたイエス様は、そこを立ち上がっていきました。
 すると、イエス様をわずか銀貨30枚で裏切ったユダを先頭にユダヤの宗教指導者たちが兵隊を連れて、イエス様を逮捕するためにやってきたのです。

 するとイエス様の弟子であるペテロは剣を抜き、大祭司のしもべに斬りかかりました。
 するとイエス様は、「剣をもとに収めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」とペテロをいさめたのです。

 こうして真夜中の逮捕となりました。

 そしてすぐにイエス様に対する審問が始まりました。ユダヤの指導者たちは次から次へと偽りの証人を呼び、証言させたのです。
 しかし証言自体が偽りなので、だんだん辻褄が合わなくなってしまう訳ですよ。

 そこで当時のユダヤ教のもっとも権威ある大祭司がイエス様に言いました。
 「おまえは神の子キリストなのか、答えよ!」

 するとイエス様は、「あなたの言ったとおりです」とお答えになりました。

 その答えに大祭司は激怒しました。
 「神への冒涜だ! これでもまだ証人が必要だというのかぁ! イエスは自分を『救い主だ、神の子だ』と言っている、神を冒涜しているんのだから死刑にあたる!!」と即刻結論を出したのです。

 当時ユダはローマ帝国の支配下にありました。ですから死刑執行の権利はありませんでした。
 しかし例外があって、自分たちの宗教に関する問題に限っては死刑が認められていたのです。

 例えば、神殿の中には異邦人の立入禁止の場所がありました。もしそこに異邦人が立ち入ったら処刑できたのです。また神を冒涜する者、偽預言者、宗教上の罪を犯した者は、「石打ちの刑」にすることができたのです。
 ですから「イエスは神を冒涜した」というなら、彼らは自分たちで即刻石打ちの刑にすることができたはずです。

 ところがですね、彼らはイエス様を石打ちの刑にすることでは満足できないと考えたんでしょうね。
 なぜなら、聖書には「木にかけられたものは呪われる」、こういうことばが出てくるんです。
 つまり、イエスを十字架につけてしまえば呪われたものとなって、金輪際イエスを慕う者など起こらなくなるだろう、そう彼らは考えたのかも知れませんね。

 そこで彼らはローマ総督ピラトのもとに連れて行って、ローマ帝国が行っている最もむごたらしい十字架刑をピラトに願い出たのです。


 ( PBA制作「世の光」 2025.4.16放送でのお話しより )


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