花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

高橋卓志著「寺よ、変われ」のつづき

2009年05月30日 | わたくしごと、つまり個人的なこと
住職の高橋さんは、檀家のSさんから会いたいとの連絡を受ける。
Sさんは末期がんを患っており、自らの意思で治療をやめて自宅療養を選択した方だ。
高橋さんは看護師の資格を持つ尼僧の恵道さんと共にSさん宅を訪れ、自宅療養のできるための相談を受けた。緊急対応が可能な医師の確保、痛みの緩和、家庭介護の援助等の問題の方策を練る。事態は厳しかった。
こうして患者さんのことを第一に考えてくれる緩和ケアが専門のK医師がかかわることとなり、介護と看護のチームも動き始めた。高橋さんも恵道さんと共に毎日のようにSさん宅を訪れ介護に加わる。こうして20日間の月日が流れたある日、Sさんの呼吸が止まった。
高橋卓志さんは「寺よ、変われ」でこう書いてみえる。

やせ細り、血圧が落ち、いよいよ旅立ちが近いと判断された夜、私はSさんの枕辺に伺い、最期の言葉をおかけした。「精一杯生きましたね。がんばりましたね」そして「もう流れに任せましょうね。楽になっていいんですよ」と。
意識が遠ざかり、答えられなくなっていたと思われたSさんがそのとき、小さく、「はい!」と答えてくれた。驚くと同時に感動した。その翌日Sさんは静かに旅立っていかれた。呼吸を止められたSさんの枕元に立ったとき、私も恵道尼も「役目が終わった」ことを実感した。
普通なら坊さんの仕事は、この瞬間から葬儀という形で始まるはずなのだが・・・・

懸命に取り組む姿勢は美しい。僧侶という職業の なんとすばらしいことか・・・