花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

高橋卓志著「寺よ 変われ」

2009年05月29日 | わたくしごと、つまり個人的なこと
          
職業柄、最近の葬儀と寺院のあり方に危うさを感じている。
先日、友人が母親の葬儀を済ませたという。僧侶も頼まず自分たちだけで終えた。したがって位牌も作らない。仏壇も要らないから引き上げて欲しい。
「親に対する感謝の気持ちは???」と口に出かかったがやめた。
今のお寺には、友人に母の恩を教えるだけの力はないのだろうか。
そんな中、高橋卓志著「寺よ、変われ」岩波新書刊の出版を知った。
さっそく読ませていただいた。高橋氏は自分と同じ1948年生まれの団塊の世代の僧侶である。南方への戦没者慰霊行をきっかけに、昨今の寺院のあり方に疑問を感じ改革に転じた。
その後、チェルノブイリ原発事故や、タイのエイズ患者への救護活動を続け、自分の寺「神宮寺」の葬儀をはじめとする布教活動に新しい仕組みを取り入れて活動していることを知った。
現在の寺院は、死という悲しみを終了した後の葬儀からかかわる。親族の悲しみはさておいて、対外的に周知させるための儀式からしか関係を持たない。生老病死という苦しみや悩みを受け入れ、ともに乗り越えて生きていこうという姿勢を今の僧侶からは期待できない、とは言いすぎだろうか。
神宮寺の葬儀には、カラオケの曲や、球団の応援歌が歌われたり、生前愛用の品が寺院に持ち込まれたりして、それぞれの故人を偲ぶにふさわしい形で式は行われる。
今でこそ、寺院でオーケストラや落語が行われることは珍しくなくなったが、高橋さんは、他の寺院から大きな反発を食らっているそうだ。
目にみえて形骸化し衰えていく仏教を、どうかして衆知を集め盛り返したいと実践を続ける高橋さんの姿は、ちょうど衰退する中心商店街を活性化させたいというわれわれの運動と重なる。
高橋さんは地元の、浅間温泉にある老朽化した旅館を利用してNPOを立ち上げ、地域の老人をはじめとする住民が集える「ケアタウン浅間温泉」を設立した。
観光としての集客が枯渇した温泉街を、健康とケアによって集客できる街への転換を試みる事業となっている。
一人ひとりの苦しみや悩みを大切に救い上げ受け取って、ともに楽しみ喜び合える場を、中心商店街に作り上げたいと(エラソウニモ コノ私ハ)この本を読ませていただいて 強く感じました。