新・ほろ酔い気分

酔っているような気分のまま、
愚にもつかない身辺雑記や俳句で遊んでおります。
お目に留めて下されば嬉しいです。

酒二合

2008年02月25日 09時33分32秒 | 身辺雑記

Simg_0185t
酒二合 我がはらわたの処方箋

 ブログだから打ち明けられる話です。

 私の一族は、酒を呑めない者が多く、なかでも父はまったくの下戸でございました。

 お猪口半分ほども呑めば、真っ赤な形相になり、息苦しそうにして横になってしまいます。

 仕事関係の方々も承知してくれていて、酒席は少なかったようです。かりにそのような羽目になっても、ほとんど呑まずに帰ってまいりました。

 ただ一度だけ、父の大狂乱を見たことがございます。

 どれほど呑んだのか知りませんが、すっかり仕上がった様子で帰ってまいりました。

 いつもより饒舌ではありながら、気分が悪い風でもなかったので、それほどの量を呑んだとも見えませんでした。

 ところが驚いたことに、家に入るやいなや、「踊る!」と言いはじめ、素っ裸になったのでございます。

 私たちは呆気にとられ、声も出せませんでした。謹厳な父でしたので、思いもしない光景でした。

 もっとも驚いたのは母だったようです。笑いながらも、腰が抜けたような状態でございました。

 弟にお盆を持ってこさせ、踊りとも言えぬ妙な手つき腰つきで踊り、ほんの1~2分ほどののち、バタンキューと倒れました。

 醜態と言えば大醜態なのですが、私たちは別な父を見ることができたのでした。

 母は小言や苦情を言いませんでした。父の意外な一面を、歓迎していたようにすら見える母でした。

 そのような父の子供でしたから、私の弟たちも下戸に近い実力です。

 私もまったく駄目でした。

 母は酒を苦手としていた私を、心配していたようです。多少は呑めた方がいいと思っていたような節がありました。

 私の帰省のおり、こっそりとお燗をつけてくれたりしたこともありました。

「男なのだから、少しは呑めなくてはね」と、言われたこともございます。

 だからといって、すぐに呑めるようにはなれるものではありません。

 ビールですらグラス半分で気分が悪くなり、汚い話で恐縮ですが、「小間物屋」の店開きをしてしまう有様でした。

 ところが、「小間物屋」を幾度となく繰り返しているうち、少しずつ酒量が進み、いつの間にか大酒呑みと言われるほどになっておりました。進化したのか堕落したのか。

「酒は吐きながら強くなる」という話を、地でいったわけでございます。

 もちろん酒を呑んでいただけではありません。口幅ったいことを申し上げれば、高度成長時代の一戦士として、気概をもって働いていもおりました。

 一方では、家庭を顧みなかったことに、今も心塞がれる思いがあります。これは私の密かな反省でございます。

 やがてカラオケの時代がまいりました。酔いにまかせ、調子はずれの歌を夜な夜な歌い歩く不行跡を、かなり長い間続けておりました。

 カミさんの立場から言えば、とんでもない遊び人だったかも知れません。

 しかし、もとより強い体質の私ではありませんでした。過激な酒と仕事が祟り、当然の報いとして、体調が乱れ始めたのでございます。

 慌てて酒量を減らそうと努力しましたが、習慣とは恐ろしいもので、もはや一朝一夕で断酒はおろか節酒もままなりませんでした。

 そのころ自戒の気持ちをこめて、「酒二合 我がはらわたの処方箋」を作りました。

 酒に魅入られてしまってからではもう遅かったのです。ついには病を得てしまいました。

 今度こその決意を込めて、「川柳もどき」をご披露する次第でございます。

 「二合までは許容する」、という意地汚い中途半端さ。

 そんな優柔不断な私を、私自身が咎めている昨今でございます。

   酒二合 我がはらわたの処方箋    鵯 一平

      (写真はイメージ写真を使用しました)

にほんブログ村 シニア日記ブログへ ← とりとめのない繰り言でご免なさい。
            勝手ながら、ついでにポチッとお願いします。
            励みになります。
                                                    


             

             

   

 

 

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする