アブソリュート・エゴ・レビュー

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パッセンジャー

2018-05-16 23:44:01 | 映画
『パッセンジャー』 モルテン・ティルドゥム監督   ☆☆☆★

 日本版ブルーレイで鑑賞。SF映画である。『インターステラー』『ブレードランナー2049』みたいなSFと比べると小粒感があって地味だけれども、個人的にはわりと好きなタイプの映画だった。これも前に紹介した『ガタカ』と同じように、昔の手塚治虫のマンガみたいな雰囲気のSFである。『ザ・クレーター』あたりに入っていても違和感がないストーリーだ。

 地球を飛び立ち、100年かけて植民惑星へ向かう宇宙船アヴァロン号には五千人の植民者が人口冬眠で眠っている。宇宙船は完全な自動操縦である。ところが旅の途中で、一人の男性(クリス・プラット)が人口冬眠から目覚めてしまう。彼は目覚めたのが自分ひとりで、到着までまだ90年かかることを知って青ざめる。必死になって人口冬眠に戻ろうとしたり、地球にコンタクトを取ろうとしたり、アヴァロン号のコクピットに侵入しようとしたりするがすべて徒労に終わる。ついに彼は、このまま自分が孤独に宇宙船の中で年老いて、目的地に到着し他の植民者たちが目覚める前に死ぬ運命であることを悟る。

 彼はレストランやゲーム設備が完備した宇宙船内で自堕落に暮らし、穴居人のような外見になり、しまいには自殺しようとするが、そんな時に人口冬眠カプセルの中で眠る一人の女性(ジェニファー・ローレンス」に恋をする。技術者の彼はその気になれば彼女を人口冬眠から目覚めさせることができ、そうすればこの孤独地獄に美しい伴侶を得ることができるのだ。悪魔の囁きに抵抗し、葛藤した挙句、彼はとうとうカプセルを操作して彼女を目覚めさせる。彼女にはカプセルの故障のように見せかけて…。彼女はやがて運命を受け入れ、たった一人の連れである彼を自然と愛するようになる。彼らはたった二人ながらもそれなりに幸福に暮らすが、ある時、彼女は彼が意図的に彼女を目覚めさせたことを知る…。

 この映画は終盤にハリウッド映画らしいアクションとサスペンスが盛り込まれていて、やがては宇宙船全体の破壊につながる致命的な故障を二人が命がけで修理することになるが、その部分は言ってみれば娯楽のための付け足しで、極限状況に置かれた男女二人の人間ドラマこそが本作のキモである。まだ90年かかる宇宙旅行の途中でたったひとり目覚めるというカフカ的状況、冬眠カプセルの中で昏々と眠り続ける美女に恋をするおとぎ話的ファンタジー。彼女はすぐそこにいながら、絶対に手が届かない存在だ。恐ろしい葛藤と、その果てに犯してしまう罪。一時的な幸福と、後でやってくる懲罰。

 私がこの映画に惹きつけられるのはSFの世界でしかあり得ない絶対的な孤独のシチュエーションや、美女とたった二人で暮らすというロマンの香りであり、昔の手塚治虫SFを思わせるのもそういう部分である。他の惑星への移民、人工冬眠、ロボットしかいない宇宙船、という道具立てもいかにも昔ながらの古き良きSFで、サイバーパンク以降のネットやバーチャル・リアリティを売り物にしたSFではない。葛藤と苦悩が基本にある人間ドラマであるのも良い。いってみれば、この物語は愛と罪の寓話なのだ。

 その一方でこの小粒感の理由は、ほぼ三人しか登場人物がいないこと(ロボットのバーテンダーを入れても四人)と、最近のハリウッド映画にしてはストーリーの進行が間延びしていることによるものだと思う。クリス・プラットの葛藤や、ジェニファー・ローレンスへの恋が徐々に盛り上がっていく過程を丁寧に描いているので、ジェットコースター的なスリルを観客に味わわせるわけではないし、話のなりゆきも大体読める。二人が宇宙船の中でゲームしたりデートしたりして仲良くなっていく過程も、いささか説明的である。

 また、第三の登場人物にしてアヴァロン号の乗組員であるローレンス・フィッシュバーンの目覚めと死は、ストーリー上の都合によるのがミエミエで、安直さを感じさせ、このSF寓話のテンションを下げている。難しいだろうが、人間の登場人物は二人だけで最後までかんばって欲しかった。

 細かいところでは、ジェニファー・ローレンスとクリス・プラットの社会的な地位に格差があるというのも、人間ドラマの味付けとして悪くなかった。が、結局食事のレベルが違うぐらいであんまり生かされていないのが惜しい。ブルーレイ特典の削除シーン集を見ると、女が男に対して「もし地球にいたら、あなた程度の男を私が好きになると思う?」と嫌味を言うシーンがあるが、あれぐらいの毒があっても良かったと思う。が、やっぱりああいうセリフは「政治的正しさ」の観点からマズイんだろうか。

 SF映画としては、豪華ホテルの宇宙船版といった雰囲気のアヴァロン号内部のセットが美しい。ロボットやホログラム映像で至れり尽くせりのサービス満載というのも、観ていて単純にワクワクする。SF好き少年だった頃の感性を刺激してくれる。それからもう一つ、ジェニファー・ローレンスがとてもきれいでうっとりしてしまう。クリス・プラットの夢の女、眠れるプリンセスとして、このSF寓話を支えるリリシズムを体現している。



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