アブソリュート・エゴ・レビュー

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Ballad of a Soldier

2010-07-25 14:09:10 | 映画
『Ballad of a Soldier』 Grigori Chukhrai監督   ☆☆☆☆☆

 Criterion版のDVDで再見。ロシア映画、モノクロである。邦題は『誓いの休暇』。なんだか古くさい邦題だ。1959年作品なのでまあしかたないが、原題の『ある兵士のバラッド』の方が全然いい。

 映画が始まると、いきなり喪服の母親の姿。ナレーションが彼女の息子は戦争から帰らなかったことを告げ、それからその息子アリョーシャの物語が始まる。つまりこの映画は、戦死した若い兵士の一挿話なのである。アリョーシャは戦場で手柄を立て、褒美として6日間の休暇を貰う。帰るのに二日、母親と過すのに二日、戻るのに二日。帰省の途上、アリョーシャは色んな人々と出会う。片脚になった兵士、シューラという娘、出征した兵士を捨てて他の男と暮らす妻、ウクライナからやってきた家族。予想外の出来事に遭遇し、休暇日数は減っていく。しまいには、母親を一目見てすぐに帰らなければいけなくなってしまう。アリョーシャは母に手を振ってまた戦場に戻っていく…。

 さまざまなエピソードが語られるが、メインとなっているのがアリョーシャとシューラとの淡い恋物語であることは間違いない。アリョーシャが貨物列車に隠れて乗っていると、そこにシューラも乗り込んでくる。最初は喧嘩したりしているが、だんだん仲良くなり、やがてお互いに恋心を抱くようになる。一番印象的なのは、水を汲みに出たアリョーシャが列車に乗り遅れてしまい、行きずりの車に乗せてもらって追いかけるがとうとう追いつけないところ。もう列車には戻れないと悟って悄然と立ち尽くすアリョーシャに、列車を降りて待っていたシューラが声をかける。「アリョーシャ!」
 その後ふたりで水を飲み、粗末な食事をする。それにしてもこの場面に溢れる幸福感はどうだろう。どんな環境にあっても、愛する人と一緒ならば幸福なんだということがひしひしと伝わってくる。そしてシューラと別れた後、アリョーシャはどうして彼女に愛していると言わなかったのかと自分を責め続ける。ほんの短い間の出会いだけれども、その中に喧嘩、和解、別離、再会など、ラヴ・ストーリーのすべての要素が詰まっているのである。

 片脚となって妻のところへ帰る兵士のエピソードもいい。彼は妻のところへ帰るのを一度は止めようとする。彼女はまだ若い。自分みたいな障害者の世話をしてこれからの人生を棒にふることはない。けれどもアリョーシャに説得され、彼は故郷に帰る。駅のプラットフォームで不安なおももちで妻の姿を探す。自分のこの姿を見たら彼女はどう思うだろうか。そもそも、彼女は来るのか。人々の姿がだんだんまばらになる。もう彼女は来ない、そう思った時、女が駆けてくる。男に飛びつき、抱きしめる。あなた帰ったきたのね、と耳元で囁く。幸福に酔い、まるで彼が脚を失ったことなど気がつきもしないみたいに。

 それと対照的なのが、兵士の妻に石鹸を届けるエピソード。「妻にこれを届けて、自分は元気だと伝えてくれ」と頼まれた石鹸を届けると、女は他の男と一緒に贅沢な暮らしをしている。女は言う。「どうかそんな目で私を見ないで。あなたには分からないのよ」アリョーシャは妻から石鹸を取り戻し、それを兵士の父親に届ける。

 さまざまな人生模様が描かれる。背景にあるのは常に戦争だ。そしてタイムリミットが迫り、もう家に着いたら母の顔を見てとんぼ返りしなければならない、ということになる。トラックに乗せてもらって家に帰る、しかし母はいない。隣家に聞くと、畑に出ているという。村人が母を呼びにいく。母親はそれを聞いて、畑の中を走る、走る、懸命に走る。この母親の姿、帰って来た息子に会うために畑の中を走る母親の姿を、オーディエンスは映画が終わったあとも決して忘れることはできないだろう。

 ほんの少しの抱擁のあとで、アリョーシャはまた戦場に戻っていく。トラックの荷台に乗り、手を振りながら。母はそれを見送る。観客も母とともに村に留まり、だんだん小さくなっていくアリョーシャの姿を見送る。私たちにとってもこれが少年兵士との別れなのである。私たちは、アリョーシャが二度と戦場から戻らなかったことを知っている。

 美しいモノクロ映像の中に珠玉のエピソードがちりばめられた、素晴らしい映画である。最近の映画のあざとい盛り上げ方に慣れていると、淡々とした演出が最初は物足りなく感じるかも知れないが、だからこそ二度、三度観ても飽きることがない。この映画が不思議なのは、観ているその時より、後でふと思い返した時に激しい感動を覚えたりすることだ。目がうるんでくることすらある。他の映画では、私はあんまりこういう経験をしたことがないのである。


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