『蝶々殺人事件』 横溝正史 ☆☆☆★
古本を入手して読了。「蝶々殺人事件」「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」の三篇が収録されている。いずれも金田一耕助ではなく由利先生が登場するミステリである。表題作が傑作という噂をきいて入手したが、個人的にはまあまあだった。クロフツの『樽』を意識した作品ということで、東京と大阪でトランクやコントラバスのケースが行き来するあたりよく似ているが、この趣向なら私は『黒いトランク』の方が好みだ。
とはいえ、かなり凝っていて読んでいて楽しいミステリだった。容疑者の手記が挿入されたり、楽譜による暗号が出てきたり、コントラバスのケースから出てくる死体や派手な服を着た謎の男など趣向が派手で、細かい謎がたくさんあり、更にもう一つかなり高度な不可能犯罪が起きる。コントラバスのケースから歌姫の死体が出てくる方は当然『黒いトランク』同様のアリバイトリックで、殺人が東京で起きたか大阪で起きたかそれすら分からず、二転三転する。
不可能犯罪の方は、ある部屋の窓から男が突き落とされるが、直後に部屋に飛び込んだ目撃者は誰も見ておらず、直後に窓の外を見たもう一人の目撃者も誰も見ていない。一人の人間が突き落とされているにもかかわらず、部屋の中にも外にも誰もいないのである。かなり不思議な事件で、結末で犯人の名前が暴かれてもこれを行えたとは到底思えないが、由利先生にトリックを説明してもらうと一応納得できる。まあ、かなりアクロバティックなトリックだが。コントラバスの移動による『樽』を意識したトリックはあんまり横溝正史らしくないが、こっちのトリックは『本陣殺人事件』や『獄門島』を書いた横溝正史らしい。
名探偵の由利先生というのは40代ぐらいなのに見事な白髪で、もと警視庁の捜査課長という設定である。金田一耕助に比べると常識人で印象が薄いためにフェードアウトしていったということだ。どうも名探偵というものは人格者ではつとまらないらしい。ポアロやコロンボみたいにコミカルな味があるか、ファイロ・ヴァンスみたいに嫌味ったらしい奴じゃないと名探偵らしさが出ないようだ。
そんなわけで「蝶々殺人事件」はプロットも込み入っていてトリックもよく考えられているが、個人的なマイナスポイントはやはり推理の論理性が弱い点だ。由利先生がひらめきで全部解決してしまう。トランクとコントラバスのケースの移動も読者を混乱させる役割は十分に果たしているが、『黒いトランク』の偏執的なまでの細かい分析に比べると物足りない。すなわち、(私見では推理小説でもっとも重要な)パズルが解かれる時の快感が弱い。
「蝶々殺人事件」以外の二篇はパズラーというよりもロマンティックな冒険譚に近く、さほどの出来ではない。後期の明智小五郎ものを意識したような作風である。
古本を入手して読了。「蝶々殺人事件」「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」の三篇が収録されている。いずれも金田一耕助ではなく由利先生が登場するミステリである。表題作が傑作という噂をきいて入手したが、個人的にはまあまあだった。クロフツの『樽』を意識した作品ということで、東京と大阪でトランクやコントラバスのケースが行き来するあたりよく似ているが、この趣向なら私は『黒いトランク』の方が好みだ。
とはいえ、かなり凝っていて読んでいて楽しいミステリだった。容疑者の手記が挿入されたり、楽譜による暗号が出てきたり、コントラバスのケースから出てくる死体や派手な服を着た謎の男など趣向が派手で、細かい謎がたくさんあり、更にもう一つかなり高度な不可能犯罪が起きる。コントラバスのケースから歌姫の死体が出てくる方は当然『黒いトランク』同様のアリバイトリックで、殺人が東京で起きたか大阪で起きたかそれすら分からず、二転三転する。
不可能犯罪の方は、ある部屋の窓から男が突き落とされるが、直後に部屋に飛び込んだ目撃者は誰も見ておらず、直後に窓の外を見たもう一人の目撃者も誰も見ていない。一人の人間が突き落とされているにもかかわらず、部屋の中にも外にも誰もいないのである。かなり不思議な事件で、結末で犯人の名前が暴かれてもこれを行えたとは到底思えないが、由利先生にトリックを説明してもらうと一応納得できる。まあ、かなりアクロバティックなトリックだが。コントラバスの移動による『樽』を意識したトリックはあんまり横溝正史らしくないが、こっちのトリックは『本陣殺人事件』や『獄門島』を書いた横溝正史らしい。
名探偵の由利先生というのは40代ぐらいなのに見事な白髪で、もと警視庁の捜査課長という設定である。金田一耕助に比べると常識人で印象が薄いためにフェードアウトしていったということだ。どうも名探偵というものは人格者ではつとまらないらしい。ポアロやコロンボみたいにコミカルな味があるか、ファイロ・ヴァンスみたいに嫌味ったらしい奴じゃないと名探偵らしさが出ないようだ。
そんなわけで「蝶々殺人事件」はプロットも込み入っていてトリックもよく考えられているが、個人的なマイナスポイントはやはり推理の論理性が弱い点だ。由利先生がひらめきで全部解決してしまう。トランクとコントラバスのケースの移動も読者を混乱させる役割は十分に果たしているが、『黒いトランク』の偏執的なまでの細かい分析に比べると物足りない。すなわち、(私見では推理小説でもっとも重要な)パズルが解かれる時の快感が弱い。
「蝶々殺人事件」以外の二篇はパズラーというよりもロマンティックな冒険譚に近く、さほどの出来ではない。後期の明智小五郎ものを意識したような作風である。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます