アブソリュート・エゴ・レビュー

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影武者

2016-10-17 19:29:39 | 映画
『影武者』 黒澤明監督   ☆☆☆★

 Netflixで鑑賞。私は黒澤明ファンを公言しているが、実は『乱』『八月の狂詩曲』など最後期の作品、正確には『どですかでん』以降の作品はほとんど観ていない。特に黒澤のカラー作品は観る気がしない。以前『夢』を観て激しく落胆したのと、三船を使わなくなった後の黒澤作品は評判が芳しくないのとで敬遠しているのである。だからこの『影武者』も観ていなかったが、ようやく一念発起して鑑賞した。

 きっと面白くないだろうとメッチャ構えていたせいか、実際観てみるとそれなりに面白かった。もちろん黒澤黄金時代の傑作群と比べると相当見劣りするが、クソつまらんというほどでもない。全然誉め言葉になっていないか。

 特に前半は結構面白い。いきなり信玄、信廉、影武者の三人が画面に登場し、その会話で簡潔に状況を知らしめるプロローグ部分など、直截に核心に切り込む黒澤の大胆なスタイルにワクワクさせられる。その後も信玄が撃たれたと噂が流れ、間者が放たれ、ついに信玄が死んで影武者が登場するあたりの流れはエンタメ作品としても面白く、黒澤のストーリーテリングのセンスが発揮されている。それから信玄が笛の音を聴きにいって撃たれるシーンなど、銃声が響くだけですぐ画面が切り替わってしまうが、こうした省略がやっぱりうまい。

 影武者が登場してからは、孫との対面、妾たちとの対面、そして評定の場、とハラハラさせる場面が続く。徳川と織田の間者三人が狂言回しのようにして登場し、盛んに信玄が生きているかどうかを探る。バレるんじゃないかというスリルに加え、下卑た盗賊だった影武者がだんだん本物のお館様らしくなっていく変貌が面白い。

 と、このあたりまでは結構イケるじゃないかと思いながら観ていたが、合戦場面を境に後半に突入するとテンションが下がってくる。特に影武者の正体がバレて以降はまったくいただけない。影武者だった盗賊が海辺で武田の進軍をこっそり眺めているとか、最後の合戦場面で戦闘をこっそり眺めているとか、一体どうやってそんなところに居合わせているんだと白けてしまう。重要な場面ではいつも物陰からこっそり眺めている仲代達矢。どう考えてもご都合主義だ。合戦後の死屍累々の場面も有名らしいが、前後の流れが悪いので特段の感動はなかった。むしろ「すごい場面だろう」という製作者側の意図が見え透いているようで、感心しなかった。

 全般に感じるのは、かつての黒澤映画が持っていた物語の骨太さ、場面場面にみなぎる重厚感がなく、いやに薄っぺらく人工的だということだ。監督自身の演出方法もかなり変化している。まず、カメラが常に引いているので舞台の上の演劇を見ているようだ。これは、もはや現代の俳優が時代劇を演じられる顔をしていないとの理由でアップを避けているとの説があり、また役者が素人でも演出さえ的確なら問題ないという考えで素人に近い俳優を大勢起用したそうなので、意図的にこのような演出方針をとったと思われる。

 そして芝居が演劇的になったが故に、その見せ方も演劇的に、抽象的になっている。たとえば本作には合戦場面はあるが合戦そのものの映像はない。これは演劇の手法だ。かつて黒澤が画面いっぱいにみなぎらせた力強く厳しいリアリズムは、この映画にはもはや存在しない。色彩も派手だし、ライティングも自然というより人工的だ。こうした手法で素晴らしい映画を撮る監督もいるだろうが、黒澤監督向きのスタイルではなかったようだ。その一方で富士山や琵琶湖の雄大な映像を使い、本物の城をロケに使い、多数のエキストラを動員した贅沢で華やかな進軍場面など、手間暇をかけて贅沢な場面作りをするポリシーは健在だ。が、その「撮るに値する被写体を作り上げる」というこだわりも、その他の場面の抽象化、貧弱化のために妙に浮き上がってみえる。やはり映画は流れである。コンテキストが大事なのだ。

 ところで『影武者』といえば勝新太郎の降板事件が有名で、仲代達矢はミスキャストだった、勝新太郎だったらもっと良くなっただろう、という声があるが、それはなんとも言えない。たしかに影武者のキャラクターには下卑たところや滑稽なところがあるので勝新の方が似合ったかも知れない。しかしこの映画の根本的な弱点は仲代達矢ではなく、黒澤監督の演出のアイデアそのものにあると思うので、実は勝新が主演だったとしても大差なかっただろう、というのが私の意見だ。もうひとつキャストについて言えば、やはり山崎努が良かった。この映画の二本の柱は仲代達矢と山崎努である。

 全体として、『影武者』はそこここに黒澤らしさの片鱗を見ることはできるけれども、これを観て本物の黒澤映画とは何かを知ることはできない、というのが私の意見である。



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