アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

容疑者Xの献身

2005-11-29 09:59:15 | 
『容疑者Xの献身』 東野圭吾   ☆☆☆☆

 一気読み読了。『さまよう刃』に続く東野圭吾である。例によってシンプルで明快な設定にたちまち引き込まれる。東野圭吾を読むといつも思うことだが、この人の小説の設定はいつも明快で、ごちゃごちゃ入り組んでいない。すばやく読者を物語の核心へ案内する。だから読者は最初に設定を飲み込んだ後は、安心して物語に集中することができる。

 本書でも導入部は非常にテンポ良く展開する。数学教師の石神は隣人の靖子に恋している。その靖子のところへ別れた暴力亭主がやってきてしつこく絡み、靖子と娘の美里ははずみで元・暴力亭主を殺してしまう。物音を聞きつけた石神は様子を見にやってきて、一目ですべてを見抜く。そして彼はただちに、全力を尽くして二人を守ることを決意する。「私を信用して下さい。私の論理的思考に任せて下さい」

 これでもう読者の興味はポイントからそれることはない。ポイントは、果たして石神はいかなる方法で母娘を守ろうとするのか、そして守ることができるのかということだ。

 更に、ここまで読んで読者はこの石神という数学の教師がかなり変わった人物であることに気づく。靖子の部屋を訪れて一目で真相を見抜くところなど只者ではない。あとで本書の探偵役である物理学者・湯川から説明があるのだが、実はこの石神、数学の天才なのである。さあ面白くなってきた。ここまでくるともうページを繰る手は止まらない。東野圭吾マジック全開である。

 という具合に、本書は倒叙形式のミステリではあるが、本格ミステリでもある。しかもかなりの大技トリックが駆使された本格ミステリだ。そしてもう一つ、本書は切ない恋愛小説でもある。

 恋愛小説としての本書はパトリス・ルコントの映画『仕立て屋の恋』を彷彿とさせる。石神は隣人の靖子に想いを寄せていて、彼女の働く弁当屋にいつも弁当を買いにいく。しかし石神は数学と柔道以外に趣味がない、頭髪が薄い、見かけより老けたさえない男である。もちろんお洒落なんて縁がない。靖子もまるで彼を異性として意識したことはない。そんな石神が天才的頭脳を振り絞って全力で彼女を守ろうとする。

 話が終盤に入ると、常軌を逸した石神の献身ぶりに読者は唖然とすることになる。そして物理学者・湯川の謎解きによって、石神が靖子と娘を守るために立てた計画の全貌がついに明らかになるが、読者はその大技トリックに最初から欺かれていたことに気づくと同時に、石神の靖子に対する愛情の深さに言葉を失うことになる。自分の恋人でも何でもない靖子を、いかなる犠牲を払ってでも守ろうとする石神の献身ぶりはもうファンタジーの域で、読者はこんな奴いねーよと思いつつ目頭を熱くするのである。

 無論、石神の行動は道義的に正しいことではない。湯川が指摘する通り、彼は目的のためには残酷なこともできる男なのだ。しかしそこまでして靖子を守ろうとする彼の行動は、ことの善悪を超えて胸に迫ってくる。

 湯川は靖子に言う。「もし真相を知ったら、あなたは今以上の苦しみを背負って生きていくことになる。それでも僕はあなたに打ち明けずにはいられない。彼がどれほどあなたを愛し、人生のすべてを賭けたのかを伝えなければ、あまりにも彼が報われないと思うからです。彼の本意ではないだろうけど、あなたが何も知らないままだというのは、僕には耐えられない」

 このエンディングをお涙頂戴という人もいるかも知れないが、あっさりとテンポ良く進む東野圭吾スタイルはいつものように簡潔で嫌味がない。エンターテインメントとしては、もっとあざとく泣かせにきてもいいんじゃないかと思うくらいだ。というわけで、本書は本格ミステリの快感と純愛小説の感動を兼ね備えた佳作だった。

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2 コメント

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私もラストに泣きました (sugar mom)
2012-05-18 10:02:37
どこまで自分を犠牲にするの、と言いたくなるくらいの献身ぶりでしたね。
堤真一は、見事になりきっていましたね。
彼は当代きっての俳優だと思います。
「クライマーズハイ」でも、名演でした。
佐藤浩一・堤真一、甲乙つけがたく好きです。
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Unknown (ego_dance)
2012-05-22 12:44:28
私も佐藤浩一、堤真一ともに好きな役者です。この映画では堤真一、さらに役の幅を広げた感じでしたね。イケメンの堤真一が非イケメンを演じてさほど違和感を感じさせませんでした。
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