アブソリュート・エゴ・レビュー

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座頭市果し状

2014-01-06 21:44:03 | 映画
『座頭市果し状』 安田公義監督   ☆☆☆★

 シリーズ第18作。これはなかなかいい。プログラム・ピクチャーのパターンだが、手堅い。悪党はとことん憎たらしく、善人はどこまでも善良。市は居合を安売りせず、ぎりぎりまで我慢する。これがいいのである。本作の序盤で市が宿屋で按摩に呼ばれ、そこにいた悪党連中から「ドめくら」と侮られ散々からかわれる。私は画面に向かって「斬れ、斬ってしまえ!」と叫びそうになったが、それでも斬らない。しまいには悪党連中、刀を抜いて市の顔をつついたりする。ようやく市が抜くかと思った瞬間、浪人が入ってきて「おい、そのへんにしとけ」。

 あとコンマ2秒で抜いていたのに、と観客はフラストレーションがたまること必至だが、やはり話を盛り上げるにはこういう引きも大事なのである。が、この浪人、その後市と手裏剣投げの男が激突しようとする瞬間にまたしても現れ「やめとけ、死ぬぞ」と水を差す。さすがに二回もやられるとイラッとくる。

 悪党連中の中に拳銃使いと手裏剣投げの達人がいるのも、話を盛り上げようという工夫である。市が超人的に強いので、ドスを振り回すヤクザぐらいではもう観客はハラハラしない。拳銃使いと手裏剣投げの存在は、来るべき市との対決を期待させてなかなか効果的だ。

 ところで本作には悪党どもの仲間として、仕置人シリーズでおなじみの野川由美子が出ている。悪人の仲間で、諜報役をやったり市の財布をスろうとしたりと、仕置人シリーズの役柄とよく似ているが、非常にきれいである。冒頭すぐ出てくるが、ぎょっとするぐらいきれいだ。なまめかしく艶っぽい。昔の女優さんにはこんな感じの人が時々いるが、最近はあんまり見ないなあ。メイクの仕方とか、撮影の仕方にもよるんだろうか。とにかく、この映画の中の野川由美子にはかなりクラクラ来ます。やんちゃな役が多いが、きれいな女優さんだったということを再認識した。

 さて、雨宿りした小屋で野川由美子から財布をスられそうになったが大丈夫だった市、道端でおにぎりを食っていると、野川由美子にたきつけられたチンピラ二人がやってきて、面白がっておにぎりに泥をかけたりする。このアホ二人はすぐ斬られる。で、町に入った市は悪党どもに遭遇した後、宿を追い出されて医者(志村喬)の家に泊めてもらう。医者の家には清純な娘さんがいて、市と仲良くなる。いつものパターンです。

 医者役で登場の志村喬が、本作の重しとなっている。やはりこういう人が一人いると話が締まるなあ。市の按摩としての腕を褒め、気さくに家に誘うあたりは飾らない快活さが非常に魅力的だし、市をヤクザだと知って落胆する様子、そして「どうだ、このへんで堅気にならないか」と市を諭す様子には、沁み入るような滋味がある。やはり志村喬、名優である。この人が出ていると映画が品格がワンランク上がる気がする。

 さて、旅ガラスの悪党どもに加え、町ヤクザの親分・松五郎も登場。この松五郎、町の娘たちを借金のカタに集めて機織りにこき使っていて、娘が病気だから連れて帰らせてくれという父親の懇願も歯牙にもかけない。このお父さんの娘を市が取り返しに行く場面が、本作中の名場面、市ファンがあらためて市に惚れ直す最高の見せ場である。松五郎が「おれはそんなことのためにお前さんを呼んだんじゃねえぜ」と凄んでも、「けどなあ、おれはそのためにここに来たんだぜ」なんだと、と気色ばみ、立ち上がるヤクザたち。市の居合いが一閃、とっくりが四つに割れる。全員の腰が抜ける。「わ、分かった、じゃ向こうへ父親を連れていけ」という松五郎。市は重ねて、「おれは娘さんをここに連れて来い、つってるんだよ」

 たまらん。これは男は惚れる。

 さて、その後拳銃使いに撃たれた市は川に落ち、悲惨な状態となって志村喬のところ担ぎこまれる。大怪我のせいでさすがの座頭市も寝込んでしまう。今が好機と見たヤクザどもは医者の家に押しかけ、市がいないので医者親子を誘拐し、拷問する。それを知った市、まだ重傷の体に鞭うって救出に向かう。お約束だが、やっぱり燃えるシチュエーションだ。が、ここで勝新太郎本人の歌が流れるのはカンベンして欲しい。

 忍び込んだ市にまず野川由美子が気づき、逃げられないと気づいて「さあ殺せ!」と開き直る。仕込みが一閃、着物が裂けてパラリと落ち、胸のあたりの肌が露出する。が、乳は見えない。うーむ、そう来たか。なかなかやるな安田公義監督。

 一度死んだと思って改心しろという市の言葉に、本当に改心した野川由美子、市の救出作戦をヘルプする。まずはぼろぼろにされた志村喬を救出。そして娘が男どもにいたぶられ、今まさに裸にされそうというギリギリの瞬間に市登場。うーん、またしても。安田監督、観客の心理をよく分かっている。そして、ようやくヤクザども相手に思うさま市の仕込みが舞う。松五郎は子分どもが戦っているのに自分は逃げ出すが、市がいなくなったと思ってこっそり覗いたところを斬られる。このブザマな死に方はかなりスッキリする。

 その後、浪人、拳銃使い、手裏剣使い込みの旅ガラス悪党どもとの決闘になるが、これはイマイチ。あっさりしていて盛り上がらない。この連中が一番極悪非道なのだから、もうちょっと丁寧に盛り上げて欲しかった。拳銃使いもすぐ斬られてしまうし、浪人との対決もすぐ終わってしまう。この浪人は実は志村喬のグレた息子だったという設定があり、浪人を斬った市は、兄の遺骸に取りすがって泣く娘の声を背中に聞きながら去る。志村喬は立ちすくんだまま言葉もない。なかなかつらい結末だ。
 
 全体としては水準的な出来のプログラム・ピクチャーだが、個人的には志村喬と野川由美子で好印象だった。



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