アブソリュート・エゴ・レビュー

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展覧会の絵

2012-12-27 11:12:00 | 音楽
『展覧会の絵』 エマーソン・レイク&パーマー   ☆☆☆☆★

 最近音楽ではフュージョンばかり紹介しているので、久々にロックを取り上げたい。プログレの名盤、エマーソン・レイク&パーマーの『展覧会の絵』である。

 これはもちろんムソルグスキー作曲の有名なクラシック曲のロック版で、ライヴ録音されている。『タルカス』に続く三枚目のアルバムだが、発売の経緯は複雑らしく、海賊版が出回ったため急遽出されたものらしい。これは私の憶測だが、EL&Pがこれをどこまで自分達の作品として真剣に考えていたか疑わしいように思う。半分洒落とは言わないまでも、一種の企画物だったのではないか。クラシック曲の翻案という発想もいささか安直だし、ライヴ録音されたこと、発売未定となっていたことなどがそう思わせる。それにまだデビューして間もない、かつ当時破竹の勢いだったEL&Pはむしろ自分たちのオリジナル作品でこそ勝負したかったはずだ。ところがこの『展覧会の絵』、結果的に実にロック的な快作となっていて、今じゃEL&Pの代表作みたいな言われ方をしている。皮肉なものだ。

 時々ネットで本作を酷評しているクラシック・ファンを見かける。気持ちは分からなくもないが、ちょっと違うなという気分になる。EL&Pの『展覧会の絵』はあくまでロック・ミュージックであって、クラシック音楽とは考え方もアプローチもまるで違う。筒井康隆式に言うなら、肉屋に大根がないと怒っても始まらないのである。加えて、EL&Pの『展覧会の絵』はすでにムソルグスキーの原曲とは別物で、それは楽章が勝手に省略されたり追加されたりしていることからも明らかだ。EL&Pの三人はこのクラシック曲をバラバラにしてそのピースを好き勝手に利用しただけで、ムソルグスキーの本来の意図など全然気にかけていないに違いないのである。だから前半のクライマックスが、ムソルグスキーの原曲にはない「ブルース・バリエーション」だったりする。

 ただ、このちょっとおどろおどろしい、変化に富んだムソルグスキーの曲想はEL&Pのスペクタクル的演奏と非常に相性が良い。キース・エマーソンはムーグやオルガンを使い、曲のあちこちでギーとかギャーとかブワワワワとか激しくノイズを入れまくっているが、ここまでノイズが入った曲はEL&P作品の中でも珍しい。つまりこういう遊びを許容する曲なのであり、EL&Pの思いきりはっちゃけた演奏を受け入れる懐の広さを持っているのだ。これを題材に選んだEL&Pの選択眼は確かだった。自分たちの個性、ウリをよく分かっている。

 ではその演奏はというと、結構雑な、隙だらけの演奏である。もちろんエマーソンのテクやセンス、パーマーの手数の多さなどを「テクニック」として評価し、すごい演奏とする評価もあって、それはそれで否定しないが、たとえばエマーソンとパーマーのリズム感の怪しさをはじめ、三人のアンサンブルは必ずも緻密ではなく、むしろ荒い。以前『展覧会の絵』のDVDを観た時は、このCDとは別の場所での演奏だったが、曲の途中でパーマーのドラムのオモテとウラがひっくり返っていた。これはプロとしてはかなり恥ずかしい事態である。だから私はこの演奏が息がぴったりだとか、緻密だとかは夢にも言うつもりはないが、しかし荒い演奏だからダメかというとそうでもないのがロックの面白いところだ。そういう意味では、この演奏は荒いが面白い。何が面白いって三人の暴走ぶり、特にエマーソンの激しい暴れっぷりである。当時まだ使い方すらよく知られておらず、みんなが戸惑いつつそろそろ導入し始めていたムーグ・シンセサイザーを手足のごとく縦横無尽に操り、好き放題、やり放題暴れまくっている。このセンスと奔放さはやはり只者ではない。そしてそのエマーソンにつきあって怪しい前のめりリズムで叩きまくるパーマー、二頭の暴れ馬をコントロールするレイク。このアルバムではスペクタクル的演奏を身上とするEL&Pのもっとも破れかぶれな暴走を見ることができ、だからこそ本作は彼らのアルバムの中でも特にロック的なアルバムだと思うのである。

 ライヴ録音というのもポイントだ。スタジオ盤ではスリーピース・バンドの弱点をカバーしようとするためか、多重録音で分厚く音を塗りこめてしまいがちなEL&Pだが、本作はライヴであるため音に隙間があり、より荒々しい、暴走ぶりがあからさまな演奏になっている。暴走といってももちろんその裏には計算がある。秀逸なのは構成で、前半は「ブルース・バリエーション」のノリノリの演奏をハイライトに置き、後半は「バーバヤーガ」でギリギリまで暴走、最後に「キエフの大門」で荘厳に劇的に締める。構成の面ではまったく隙がない。更に特徴的なのは曲の構造で、もともとムソルグスキーの曲がそうなのだが曲がこまぎれの断片集になっているため、先に書いたようにノイズを入れたり、歌を入れたりと遊びの余地がある。また短い間隔で次々と情景が移り変わっていくので、アソートメント的愉しさがある。このモザイク構造はEL&P楽曲の中でも本作が突出している。といっても散漫にはならず、あちこちに顔を出すあの有名なテーマ旋律「プロムナード」が全体の統一感を出す。

 EL&Pの有名な長尺曲は他に「タルカス」と「悪の教典」があるが、それらと比べても、構成の妙という一点においては「展覧会の絵」が抜きん出ている。「タルカス」は素晴らしい前半に比べ後半失速してしまうし、「悪の教典」も劇的な三部構成で隙がないものの、中身が詰まり過ぎていて「展覧会の絵」のような風通しの良さには欠ける。隙のない構成、遊びのあるモザイク状のストラクチャ、そして適度な力の抜け具合と暴走っぷりの対比。どこまでが意図されたものかは分からないが、「展覧会の絵」は結果的にEL&Pの魅力をもっとも効果的に引き出したエンターテインメント作品となった。技術的な完成度では明らかに「タルカス」「悪の教典」に劣るにもかかわらず、これが彼らの代表作とされるのも充分に納得できる。

 アルバムとしては、堂々たるフィナーレの「キエフの大門」のあとに、リラックスしたノリの良い「ナットロッカー」で締めるという構成も気持ちいい。演奏の荒さが気になる人もいるかも知れないが、むしろそのせいで作りこまれたスタジオ盤より魅力的になっているという、実にロック的な一枚だ。


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