アブソリュート・エゴ・レビュー

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悪の温室

2014-05-07 10:24:30 | 刑事コロンボ
『悪の温室』   ☆☆☆☆

 シリーズ第11作。まだまだ初期の香り漂う佳作。結構好きなエピソードである。本作のウリはいくつかあるが、まずは狂言誘拐というややこしい犯罪が題材であること。『死者の身代金』も狂言誘拐だったので初ではないが、犯人と被害者が途中までチームというのが新しい。また本作が、殺人が起きる前にコロンボが登場する初のエピソードらしい。

 二つ目のウリは若いウィルソン刑事の登場。これまでコロンボがパートナーを持ったことはないので、これは初の試みである。しかも、ただ目先を変えてみましたといういい加減な起用ではない、シリーズもので新キャラを出す時はすべからくこうあって欲しいと思うくらいの、必然性に裏打ちされた見事な脚本である。科学捜査官ウィルソンとカン重視のコロンボの対比と、時にコミカルな二人の会話は味付けとしても楽しい。が、ウィルソン起用の本当の目的はラストで判明する。コロンボが最後の詰めに金属探知機を使うのである。ウィルソンなしでは、これができない。しかもこの金属探知機の使い方がまた巧い。

 ウィルソンたちは金属探知機を使ってグッドウィン邸を探索し、凶器の拳銃を発見する。これは犯人の偽装だが、ウィルソンは見事に引っかかってグッドウィン夫人を逮捕する。真犯人ジャーヴィスは安心して蘭のコレクションが待つ自宅に戻る。すると、温室の中にたった一人、コロンボがいる。視聴者は、コロンボがジャービス逮捕にやってきたということは分かるが、まだ何が決め手になるのか分からない。コロンボは色々喋るが、なかなか核心に触れない。そこへグッドウィン夫人を連行中のウィルソンがやって来る。不機嫌なウィルソンに向かって、コロンボは夫人が犯人ではないと言明する。

 一体何が言いたいんだ、と苛立つジャービス。そこに今度はグローバー刑事がやってくる。コロンボに頼まれてラボからある物を持ってきたという。それが何か、視聴者にはまだ分からない。ここでおもむろに、「本当に役に立つんですね、大したもんだ」とコロンボが(これまで一度も画面に映っていない)金属探知機を取り出す。ここで、コロンボが温室で何か金属を探したんだなということが分かる。それが何なのか、カンのいい視聴者はここでピンとくる。つまり、金属探知機が第一のヒント。次に、コロンボはグローバー刑事が持ってきたもの、すなわち第三の銃弾を取り出す。これが第二のヒント。犯人のジャービスはまだ分からない。コロンボは悠然とチェックメイトを宣言する。「これをあなたがどう説明なさるつもりか、私にはまったく分からない」ここでようやく、ジャービスは自分の致命的なミスに気づく。

 このヒントの畳み掛けによるチェックメイトはまさしくコロンボの醍醐味というべきもので、見事の一言だ。そしてこれをスムーズに行うためには、科学捜査官ウィルソンの存在が必須条件だったのだ。これがウィルソン起用の主目的だったことは、この後のエピソードでウィルソン刑事がまた登場しなくなることでも分かる。次のウィルソンの登場は、『魔術師の幻想』まで待たなければならない。

 そしてもう一つ、ウィルソンは初対面からやたらコロンボを持ち上げる。事件の説明でも「お分かりでしょうが」を連発するし、コロンボを「あなたは署内の伝説だそうで」とまで持ち上げる。その態度はきわめて慇懃だが、実は、彼はコロンボを侮っている。コロンボを見送るウィルソンの表情をほんのちょっと長めにカメラが捉えるのだが、これでもう分かる。このごく微妙な描写のセンスは非常によろしい。そして後半、ジャーヴィスとウィルソンとの会話あたりでそれが表面化する。

 しかしもちろん、若いウィルソンはコロンボにかなわない。彼は得意の金属探知機を使って犯人の罠にかかった、コロンボは使い慣れない金属探知機を使って決め手となる証拠を掴んだ。科学捜査に弱いはずのコロンボが、ウィルソン刑事に無言のうちに「道具ってのはこうやって使うんだよ」と教えているようである。ウィルソンの完敗だ。

 という具合に、ウィルソンのコロンボに対する意識の変化も面白い見所になっているし、もちろん二人の会話の妙(「そのカメラ自腹かい?」「捜査に使う機器は最高のものが欲しいんで」「お前さん、独りもんだろ」)も楽しめる。ウィルソン刑事の起用には二重三重の企みが張り巡らされているのである。

 コロンボがジャーヴィスに目をつけ、突っ込んでいく過程もなかなかスリリングだ。銃弾の後やタイヤ跡から誘拐の不自然さを指摘し、また「誘拐犯」がジャーヴィスを現金運搬係に選んだ不自然さも指摘する。「そりゃ、夫人に頼んだらそのままトンズラするからさ」「うーん不思議ですねえ……どうしてそんなことを知ってるんだろう」ああいえばこういう、コロンボの独壇場である。それに今回のコロンボはいつも以上にシャープだ。偽装誘拐も早々に見抜いているし、ウィルソン刑事が(偽装された)誘拐現場を見て「ここに少なくとも三人いたことは明白です」と言うのに対し、「おっそろしく明白だね」と皮肉で返す。もちろん、明白過ぎてとても信じられないと言っているのだ。ジャーヴィスとの会話もアイロニーが効いていて、苛立つジャーヴィスに対して焦らしを繰り返す。初期コロンボのテンションが維持されている。

 私がコロンボ視聴の副読本としている『コロンボ完全捜査記録』によると、ジャーヴィスの犯人としての格がイマイチなのが本エピソードの欠点とされている。「蘭の栽培家」ではエリートとしての格が不十分であり、また、ジャーヴィスのあまりに刺々しい性格が魅力を欠く、という指摘である。エリートの格は別にこだわらなくてもいいんじゃないかと思うが、確かに、彼は非常にイヤな奴である。いつもいやみばかり言っていて、魅力がないのは当たっている。しかしグッドウィン家の連中は夫人もツンケンしているし、みんな仲が悪く、豪邸の中には殺伐とした雰囲気が漂っている。この雰囲気は「偽装誘拐殺人」というアクションの多さとあいまって、何かハードボイルドな陰影を本エピソードに与えているように思う。

 ちなみに、この『悪の温室』もノヴェライズ版を読んだことがあるが、ジャーヴィスが自分のコレクションである蘭の花のことを心の中で「私の愛する娘たち」と呼び、その娘たちへの歪んだ愛のために凶行を重ねていく心理がつぶさに描きこまれていて、映像とはまた一味違う、なかなかの読み応えだったという記憶がある。



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