アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

終戦のローレライ

2005-09-22 09:15:04 | 
『終戦のローレライ』 福井晴敏   ☆☆☆☆☆

 映画『ローレライ』を観てまた原作を読みたくなり、再読。やっぱり傑作だった。しかも最初読んだ時は大長編であるが故のゆったりした序盤の展開(征人と清永が広島で自由時間を過ごすあたり)にちょっと退屈さを感じたりもしたが、今回は再読であるが故にそんなこともなく、その後展開するドラマを知りながら物語の流れに身をゆだねる快感に浸ることができた。

 この小説は徹頭徹尾エンターテインメントの王道を行っている。斜に構えたところとか、知的な装いを凝らしてみようとか、メタフィクションとか、そういうスケベ心は微塵も感じられない、もう気恥ずかしくなるくらいの堂々たる王道である。
 超能力というファンタジー性が導入されているため変則的ではあるが、戦争を舞台にした熱き男達(と少女)の愛と信頼と祖国への思いを描き出した冒険小説。仲間達があり、使命があり、自己犠牲があり、男女の愛がある。これ以上の王道があるだろうか。物語の叙述も時系列に沿って事件を追うという衒いのないスタイルで、丁寧で詳細な心理描写と、潜水艦や軍隊の細部の知識をこと細かに書き込んでいく方法でリアリティを出している。要するに力技である。

 ところで戦争や軍隊に詳しい人というのは大勢いるものらしく、映画『ローレライ』は考証がデタラメだと散々突っ込まれているようだが、原作はそういう部分にもわりと丁寧な仕事がされているようだ。例えば潜水艦の中の暑さ、水の大切さなどは繰り返し描写されているし、主砲を備えた潜水艦が「異形」であり当時では「時代遅れ」の存在であることにも言及されている。無論それはローレライという超兵器によって意味を持ってくるわけだが。原爆を搭載したB-29を打ち落とす時もちゃんと測距儀を使っている。
 まあ詳しい人から見ると甘いところもあるかも知れないが、私はまったく違和感なく楽しめた。

 話は戻って、本書はとにかく王道なのである。設定だけでなく、話の盛り上げ方もそうだ。例えば次のような場面。(ここからネタばれあり)
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓

 ドイツの「白い家」でのパウラとフリッツ。パウラの友人で、フリッツを好きだった女の子ルツカは薬を大量投与されたあげく、生きたまま頭蓋を切開され電気刺激にさらされる実験材料にされてしまう。ある夜、久しぶりに会った兄と妹。おれはSS(ナチの親衛隊)に入ってみせる、という兄フリッツにパウラは非難の目を向ける。恐怖を生き抜くため自分自身が恐怖となる道を選び、決して人に心をさらけ出さない少年が、この時だけは仮面を外し、声を忍ばせて泣く。「どんなに罵られようが、百万の怨霊に祟られようが、かまわない。お前があんなふうに……ルツカみたいにされるよりは……」

 敵潜水艦ニ杯(潜水艦は一杯、二杯、と数えるらしい)に挟まれ、万事休すとなった時、パウラは敵潜一杯しか撃沈できないというローレライの欠陥を克服するため、リーバマン新薬を飲むという。それを飲むとパウラの精神は破壊され、機械の一部となり、二度と人間に戻ることはできない。しかし最後に人間として扱ってくれた伊507のみんなに報いるため、パウラはそれを決意する。みんなは口々に艦長に止めさせるように頼むが、艦長は黙っている。彼は乗組員一人を助けるために艦を危険にさらすようなことは出来ない立場にある。薬を飲もうとするパウラ。「待て」突然制止する絹見艦長。「やりようはあるさ。屑鉄の意地を見せてやる」

 浅倉大佐の一味に船を乗っ取られ、フリッツ、パウラは乗組員達と閉じ込められる。もともと自分と妹以外誰も信じないフリッツはすぐに伊507から逃げ出すつもりで準備をしていた。日本に原爆が落ちようがどうしようが関係ないはずだったが、パウラの征人への愛情を確認した時、その心に変化が起きる。それまで仲間意識を馬鹿にし、日本人に対する嫌悪を隠さず、自己犠牲を侮蔑していたフリッツ。SSの早業で見張りを倒し、機関銃を奪い、唖然とする一同を見渡して彼は言う。「おれたちの艦を取り戻すぞ」

 こう書くといかにもって感じで、どれもこれも冒険アクションものの常套手段には違いない。ハリウッド映画なんかでも良くお目にかかるパターンである。しかしこの人はもっていき方が異常にうまいのだ。そしてこういう巧みな書き手にかかると、上のような場面では否応なしに盛り上がってしまう自分がいるのである。分かりやすいからこそ説得力がある、これが王道の素晴らしさである。こういう常套には飽き飽きしていたつもりだったが、本書を読んでその素晴らしさを思い出した。

(明日へ続く)

 

最新の画像もっと見る

コメントを投稿