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OUT OF PLACE(2005)

(写真)relax

マイケル・ムーアを観てから、ドキュメンタリーづいてしまって、佐藤真監督の「OUT OF PLACE」(2005)を観た。これは2003年に亡くなったエドワード・サイードの姿を中東諸国と米国に追ったドキュメンタリーである。ぼくは、大学に籍を置く「知識人」というのを、あまり好まない。その学的な知識には一定の敬意を払うが、「学者」という制度に思想や発想が規定されてしまう面が大きいのではないかと思うからだ。だから、サイードの本は一冊も読んでいない。興味がなかったのである。このドキュメンタリーを観ようと思ったのは、どうして、佐藤監督がサイードを取り上げたのか、どういうアプローチでサイードに迫っているのか、逆の意味で興味があったためである。

一つ納得したのは、知識人を生む経済的な条件である。サイードは、中東随一の事務機器販売会社の社長の長男である。住宅は高級住宅街に、別荘は、レバノンの母親の出身地にあった。ユダヤ系の実業家が、教育投資に熱心で、長男に特別の期待をかけるのとよく似た状況が、パレスチナ系であるサイードの場合にも見られる。サイードは、プリンストン、ハーヴァードで教育を受けている。知識人の形成プロセスには、経済的余裕という共通の条件があるのだろう。ただ、これだけ見て、貧しいパレスチナ難民の代弁者たりえていない、と判断するのはいささか早計だろう。問題は、サイードの思想がどういうアクチャリティを持つのか、ということだと思う。

映画からだけの判断だが、サイードは他者といかに共存するかを、アイデンティティの問題として思索した。アイデンティティは、普通、特定の集団に自己同一化することで、自分とは何者かという問いに一定の答えを出すことを意味するが、サイードは、アイデンティティの概念を実存的に組み替える。自分はパレスチナでもあり、ユダヤでもあるという、言明にそれは端的に現れている。ユダヤから見れば、パレスチナ人とみられる人物が、「自分はユダヤ人である」と表明した場合、当然、被占領者からの挑戦的な言明とみなされるが、サイードの言明は、アイデンティティを固定したものとは考えていないということを意味している。

人が、アイデンティファイする先は、たいてい、国家、民族あるいは言語であろう。たとえば「日本人」は、近代国家成立とともに現れた観念であり、それ以前は、長州人や近江人のように地方地方にアイデンティファイしていたはずである。その中も詳しく見れば、多様な小集団にアイデンティティを見出していた痕跡が多くある。

「日本人」は、中国大陸や朝鮮半島で、野蛮を行った。われわれは、今も、大陸や半島の人々の前に立てば、多様なアイデンティティを捨象されて、ナショナリティとしての「日本人」として現象する。しかしながら、個人的にコミュニケーションが進めば進むほど、固い「日本人」というアイデンティティは解体されて、多様なアイデンティティの束として相互に出会うことになるのではないだろうか。

サイードが「自分はパレスチナでありユダヤである」と言ったとき、こういうことをイメージしていたのではないかと、ぼくは想像した。

映画は、占領地に生きるパレスチナの人々のなまなましい憎しみをそのまま伝える。生半可では、とても共存など言いだせる雰囲気ではない。しかし、そこで生きる人々は、パレスチナ人ではなく、地方名に人をつけた集団にアイデンティファイしている。ユダヤの人々も、シオニズムによって移住してきたので、文化的な背景はきわめて多彩である。アイデンティティの本来的な流動性と重層性を忘れて、国家や民族の単一幻想に依拠することの危険性を感じさせる。

人なぜアイデンティティを求めるのか。それは他者と出会うからだろう。その出会い方が、排他的であれば、他者を殲滅する。そのことで、自らのアイデンティティを維持しようとするわけである。アイデンティティは、そういう強力で危険な回路を、内在的に持っていると考えた方がいいのではないだろうか。だから、国家や政治家、企業も、この問題の周囲に集まり、利用しようとするのではなかろうか。力になり金になるからだ。

サイードの思想は、常に、所与のアイデンティティを解体しようとする。この運動は、他者の出会い方に影響を与える。排他性や殲滅といった野蛮とは異なる出会い方の回路を用意する。この映画の最後に、ユダヤ系の音楽家、ダニエル・バレンボイムが、盟友サイードのために追悼のシューベルトを弾く。この最後のシーンは、他者との出合い方に「音楽的な出会い方」というものが存在し得ることを示唆しているように思われた。グローバリゼーションという商品の言語による地上の統一化が進む今、サイードのアイデンティティをめぐる思索はアクチャリティを増すのではなかろうか。



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クリエーター情報なし
Icarus Films






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