電脳筆写『 心超臨界 』

人生は良いカードを手にすることではない
手持ちのカードで良いプレーをすることにあるのだ
ジョッシュ・ビリングス

日本人の不可思議な文化意識(1/2)――西尾幹二教授

2017-01-04 | 04-歴史・文化・社会
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【 西尾幹二、文藝春秋 (2009/10/9)、p473 】

上巻付録

自画像を描けない日本人
     ――「本来的自己」の発見のために――

付-3 日本人の不可思議な文化意識(1/2)

ある考古学者の本に、高床構造の日本建築と江戸前のにぎり寿司の由来は中国大陸にある、なんて書いてあるのを読みました。有名な考古学者です。その方も「おそらく」という副詞はつけているので、あまり自信はないのでしょう。しかし文明はすべて西から来たという「思い込み」に深くとらわれておられるようでした。

高床構造の日本建築というのは、気候風土と切り離せないはずで、縄文時代にすでに現われている。この本にも富山県の遺跡から出土したものの復元写真がありますが、縄文時代の高床式建物で、5千年ぐらい前の木の素材と認定されています。木組みとか仕組みは法隆寺で使われているものと同じで、従って縄文時代から法隆寺の時代までずっとつながっていた何かがあるということが最近わかってきました。

けれども、分かってなおかつ自分のところのものではないと思いたいのです。日本が源流ではないと考古学者は思いたがる。高床構造の日本建築は、中国から来たものだという。そしてあげくの果て、ついに、江戸前のにぎり寿司もそうだという。中国貴州省の村でよく似た味の食べ物をごちそうになった。稲作とともに長江の下流から九州へ伝わったものだろうと彼は言うのです。生の食材もやはり日本列島の気候風土と切り離せません。似たものが広い中国大陸にあってもなんら不思議ではない。何故同時に、別々に発生したのだと考えてはいけないのでしょうか。何故、考古学者や古代史学者というのは、言葉を発するごとに中国に源流があると言いたがるのでしょうか。証拠なしにありとあらゆる文物についてそう言いたがる。

これは劣等感のせいか、偏見、偏愛から必ず西方由来という癖がついているせいなのか、よく分かりません。日本人の心の中に、自分たちは源流ではないと思い込む、思い込みたい、あるいはそうでないとかえって気持ちが落ち着かなくなる、なんらかの遺伝子が組み込まれていて、パブロフの犬のように瞬間的にそう反応するのではないかと思われてなりません。

韓国人からみるとこの点はとても不可解で、理解に苦しむ、と呉善花さんが日本に来て最も驚いた発見の一つだと仰っていたのを鮮やかに覚えています。逆に、韓国人はなんでもかんでも自分の国にオリジンがあると言い張ってきかない。これまた日本人からみて不思議なまでに正反対の性格を持っているように観察されます。隣国同士があまりにも対照的といえるかもしれません。

韓国は日本から見て大陸文明に属しています。日本は唐天竺だけでなくローマやペルシア由来のものまで何千年かけて大切に囲い込む例の貯水池の文明です。韓国から西側は何でも自分を突っ張って生きる、凸型の文明圏に属します。

中国など大陸の諸国が相当に原理主義的な国々であるのは分かりますが、それとは違った意味で、たかだか3百年の歴史しかないアメリカが堂々と胸を張って自国のイデオロギー、すなわちデモクラシーだけでなくフェデラリズム(連邦主義)などを掲げている。その勇気と正直さとある種の愚直さと、同時に厚かましさには、われわれ日本人にはしばしば目を見張らされます。アメリカは元来非常に、自国の正義を信じ過ぎるところがあります。ルーズベルトからクリントン、ブッシュ、オバマに至るまで、自分の国ほど正しい国はないと考え、正義の旗を振る、独善的な国ともいえます。

正義という感情はまことに厄介な代物です。自分ほど正しいものはないと信じ、これほど正しいことを他者が正しいと思わないのは、きっと遅れているか、野蛮であるかのいずれかで、とすればこれは教えてあげなければいけないと考えるのがアメリカ人です。正義のお節介屋というか、あるいは骨の髄まで非寛容という一種の原理主義に貫ぬかれている。これだけ長い歴史を持っている日本が、原理主義を掲げることがまったくできないで、アメリカに押し切られているということが、逆から言うと、また実に不思議だと思わざるを得ないのですが、これは、戦後がどうだとかこうだとかいう話ではない。もっと根の深い問題なのではないかと示唆しているつもりです。

ヨーロッパを例にとるとさらに分かり易いでしょう。ヨーロッパに至っては、文明全体としてまとまったひとつの統合神話、やはり非常に強い原理主義を持っている。ところが、よく考えるとヨーロッパもそれを主張するだけの根拠があるのかといぶかしく思います。ヨーロッパ産の文化などというのは原理的にもないに等しいのであって、みな借り物です。イギリスもフランスもドイツも、いろいろな文明をどこからか借り集めてきて成り立っているのです。あの広いヨーロッパには、ケルトという人種が住んでいました。そして文字もないし、ローマ人に追われ、そこにゲルマン人がやってきて――ゲルマン人も文字を知りません――、ローマ人と混住します。だから、今のヨーロッパ人の人種的祖先というか民族的原点というのは、よく分からない、曖昧模糊としたものでしかない。ヨーロッパがヨーロッパらしきものとなったのは中世、12、13世紀。日本で言うところの鎌倉時代の前後だと考えればいい。そのころになってやっとフランスらしきもの、ドイツらしきものが徐々に動き出した。それ以前のヨーロッパというのは、ごちゃごちゃしていてよく分からない世界だった。ヨーロッパ人はギリシア人の子孫でも何でもなく、ギリシア・ローマ文明というのは、イスラムに制せられて、闇に沈んだ。地中海というのは完全にイスラムに支配されていました。むしろギリシアと近かったのはアラビア人です。

従って、ヨーロッパの起源ということを一生懸命に考えると中世ヨーロッパを尊重する考え方が強くなってこざるを得ない。ギリシア・ローマを自分たちの尊敬すべき古代として立てるのは、近代ヨーロッパのイデオロギーなのです。やっと16世紀になって起ち上ろうと過去を否定し、中世を暗黒時代とみなし、ギリシア・ローマに立ち返って、これから自分たちは進歩の道を歩むんだといったときに生まれた未来思想が、ギリシア復活という考え方です。

しかしそのあと近代が成熟し、歴史の研究が進むにつれ、1920年ぐらいまでに、歴史家の中にはヨーロッパの個性というものを考えるようになる人がふえてくる。そうなると、ギリシア・ローマ崇拝はむしろじゃまだという考え方が強くなってくる。ヨーロッパの個性というものは中世に始まるからです。中世ヨーロッパは、地中海をイスラムに奪われていたわけですから、ギリシア・ローマから1千年にわたって切断されていたにも等しい。ギリシア・ローマという古代があって、それに近代ヨーロッパが直接接続するという話ではまったくない。

そういうヨーロッパのたどった断絶の歴史を考えてみますと、ヨーロッパが自分たちの原理を主張するということも本当に不思議に思われる。日本人が自分の原理を主張できなくて、ヨーロッパ人もアメリカ人も中国人も韓国人も、みんな大きな顔をして自分たちの原理を主張する。このことを皆さん、ちょっと面白い、不可解な現象として考えてみていただきたい。これは、たんなる明治に起こった劣等感とか昭和の戦争に負けたからとか、そういう種類の話ではないと私には思えます。

  <2/2へつづく>

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