通信社の記事ではなく、シンガポールに飛んだ特派員の記事である。東南アジアで最も人口が多く、経済成長も著しいインドネシアが、日本の憲法改正、とりわけ第9条の改正を積極的に支持した。どう考えても1面トップにふさわしい記事だ。ところが、実際はほとんどの人が見過ごしてしまうかのような記事になっている。明らかに意図的だ。シンガポールから送られた原稿は、この少なくとも4、5倍はあったはずで、写真も添えられていたはずだ。 . . . 本文を読む
「深沈厚重の魅力」から「磊落豪雄は第二等の資質」に入ろう。「磊落」とは、「大きな石がごろりところがっている状態」である。些事に拘泥せず、線が太く、陽性で、バリバリと仕事をやる実行力のある面白い人物を指す。西郷隆盛を「深沈厚重の人」と書いたが、その側近だった桐野利秋は、さしずめ、磊落豪雄の人物といえよう。「心が鬱屈した時には、桐野に会いにゆけ」と薩摩の連中の間でいわれていたほど、桐野の身辺には、えもいわれぬ爽やかさがあった。 . . . 本文を読む
同じ政党に属し、同じイデオロギーをもつと自称しながら、全く別人のような場合がある。同じことをしゃべりながらも、一人は大衆の心をとらえ、一人はそっぽをむかれる。魅力を欠いた人間が、イデオロギーをふりまわすところでは、すべてが陰惨になる。抽象的な用語だけが独裁力を発揮するからだ。たとえば、シュプレヒコール、あれは人間が個性をなくし、ブロイラー化した時に発する音である。人間は全く不在で、鶏や豚のけたたましいなき声と顔がそこにあるだけのことだ。 . . . 本文を読む
社会党前委員長、成田友巳(なりたともみ)は「党葬はしない。坊主(ぼうず)は呼ばない。勲章も不要」と遺言して逝ったために、党本部では、遺影に白いカーネーションという簡素な「お別れの会」を催した。その席で、英文学者で「硬骨の評論家」として通っている中野好夫(なかのよしお)が毒づいた。「成田さんは叙勲を断ったが、OBの中にはもらった人がいる。あとで返した者もいたが、それならはじめからもらわなければいい。」 . . . 本文を読む
天照大御神が岩戸にお隠れになったことで、世界は真っ暗になってしまいました。これにより、天照大御神が太陽神でいらっしゃることが明らかになります。ここで重要なのは、高天原だけでなく、葦原中国(あしわらのなかつくに)も同時に暗くなったことです。これにより、二つの世界は同じ秩序の上に成り立っていることが分かります。しかも、天照大御神の不在により、高天原と葦原中国は共に乱れ、また復帰によって秩序を取り戻しました。 . . . 本文を読む
「この男は、たいていのことには理解を示すが、どうかすると、ある瞬間からどんな感情でも見事に切り捨ててしまうことができるのだ。けれども、それだから、女性のほうでは心の渇きがことさらに狂おしくなるのだ。もし、この男が久々に会えて嬉しそうに笑み崩れてばかりいるとしたら、こういう不安はないかわりに、しがみつきたいほどの欲求も起きないのかもしれない。」 . . . 本文を読む
たとえ、そいつが悪党とわかっていても、魅力があればどこまでもついていくし、反対に善人でどんなに立派なことをいっても、魅力がなければ、論理とか、イデオロギーだけではついていかない。それが人間である。だから、友を選ぶ場合には、何よりも気質、性格が合うことを第一として、主義主張の合う、合わないは第二にすべきであろう。 . . . 本文を読む
井戸を雪で埋める。これは「無償の行為」の象徴でもあります。埋めても埋めても、見返りはありません。骨折り損のくたびれもうけです。しかし、施しは、施すということの行為自体が、すでに功徳なのです。施すことができるということが、既にご褒美なのです。手段がそのまま目的なのです。 . . . 本文を読む
八百万(やおよろず)の神(大勢の神々)は困りに困り、天(あめ)の安(やす)の河原に集まって、いろいろと考えを巡らせましたが、良い考えは無く、結局は「知恵の神」で知られる思金神(おもいかねのかみ)に相談することに決めました。思金神は高御産巣日神(たかみむすひのかみ)(天地初発で成った高天原(たかまのはら)三神のうちの一柱(ひとはしら))の子で、思慮を兼ね備えた神です。思金神の考えた方策は「祭り」でした。さっそく神々は祭りの準備に取り掛かります。 . . . 本文を読む
中国前近代社会(清朝まで含む)の秩序は、ひとつにはもちろん軍事力や警察力などの強制力を背景にしていたであろうが、決してそれだけではない。「礼制」という固有の意識を前提として守られていた一面が確かにある。礼的秩序は聖人である周公旦(しゅうこうたん)や孔子が制定したものとされていて、伝統のなかにある。王朝儀礼がその一つであり、君臣、親子、夫婦、長幼、朋友の五倫に代表される社会秩序が二番目であり、立ち居ふるまいにかかわる日常的秩序が三つ目である。 . . . 本文を読む
「風定花猶落、鳥啼山更幽」(風定まって花猶落ち、鳥啼(な)いて山更(さら)に幽(ゆう)なり)と対句になっています。風が吹きやんでも、なお花は散り、鳥が啼いても、山はなおいっそう深い静寂に包まれる、という意味です。ふつうなら、風が吹いて花が散る、鳥が啼いて山の静けさが破られる、というところですが、禅はその常識、固定観念を打破します。 . . . 本文を読む
豊臣秀吉の「唐入(からい)り」は惨憺たる失敗に終わった。その結果、豊臣政権は崩壊への道をたどる。だから「愚挙」だったというのは一面の真理である。だが、頭からそう決めつけるのも正しいとはいえない。残念ながら、ここでも言わねばならないが、日本の歴史学界は視野が狭いと思う。近代以前の日本史の中においては、本格的な対外侵略はこの秀吉の例が一つあるきりだ(神功皇后の一件は神話だと既に言った)。したがって、どうしても特殊なケースを考え、それに対応した特殊な分析をしがちになる。 . . . 本文を読む
秀吉の「唐入り」を、歴史上の事件として冷静かつ公平にとらえるためには、今の日本人にはもう一つクリアしなければならない「課題」がある。それは、前近代において、戦争あるいは侵略は決して絶対悪ではない、という認識を持つことだ。戦後日本は、1945年(昭和20)以前の歴史を「反省」するために、とにかく「戦争は絶対悪」という「洗脳」を教育においても、報道においても繰り返してきた。それは幻想あるいは現実無視と言うべきものである。
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「立処皆真」は、臨済宗の宗祖・臨済禅師の言葉で、「随処作主、立処皆真」(随処(ずいしょ)に主(しゅ)となれば、立処皆真なり)と対句になっています。「随処」は、いたるところ、どこでも。「主となる」は、いわゆる主体性を持つ、他から影響されない自主性を確立して、それ自体になりきる、という意味です。したがって、この語の総意は、「いつ、どこにあっても、なりきって精一杯務めるなら、いつでも、どこでも、そこが真実の場となる」という意味になります。 . . . 本文を読む
日本の歴史の中で戦国時代が一番好きだという人は少なくない。NHKの大河ドラマも、何回もこの時代が取り上げられていることがそれを裏付けている。北条早雲、毛利元就、斎藤道三あるいは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と人物も個性にあふれ、まさに多士済々(せいせい)だ。なぜ、われわれ日本人は戦国時代に憧れるのだろうか? 私は、その大きな理由の一つに、この時代が最も「非日本的」な原理の時代であることを挙げたい。 . . . 本文を読む








