清の閻百詩(えんひゃくし)は一代の大学者である。しかし幼時は愚鈍で、おまけにどもりでもあった。書物の一字一字に意味をつけて何百回読ませても理解できなかった。母親はこの哀れむべき子の読書の声を聞くたびに胸を痛めて、もうやめてくれと頼んだという。それでも百詩はやめず寝る間も惜しんで一心不乱に努力し続けた。
. . . 本文を読む
正真正銘の俗物たちは、いつも、自分の現実感覚が教育のある人のそれよりも、健全で確かなものであると思い込んでいます。教育のある人間がすぐれているのは、単に愚にもつかない知識や、つまらない教養があることだけだと思っています。一方、実際的な人間として、自分のすぐれたところは世故に長(た)けたところであるという。
. . . 本文を読む
その点では、寺田寅彦(とらひこ)が大正9年に「渋柿」という俳句雑誌に発表した随筆がうまいことを言っています。日常と詩歌の世界との関係は、まさにこのようなことだと思います。(黛まどか)
. . . 本文を読む
私たちは、毎日、場のなかを移動しながら生きているわけです。たとえば宿命的でない一時的な場となると、広場、市場、酒場、さらに修羅場、正念場とさまざまです。そして、われわれはいつもいずれかの場に身をおき、ひとつの場を去るときは、新しい場を迎えるときです。
. . . 本文を読む
はじめてイギリス兵に接したところ、私たちはなんという尊大傲慢な人種だろうかとおどろいた。なぜこのようにむりに威張らねばならないのかと思ったのだが、それは間違いであった。女兵士が私たちをつかうとき、足やあごで指図するのも、タバコをあたえるのに床に投げるのも、まったく自然な、本当に空気を吸うようななだらかなやり方なのである。
. . . 本文を読む
宋代になると、世間離れした学者たちが四書五経の先人の説をそのまま受け継いで、『論語』を一種の文学宗教のようにしてしまい、学問と実際との間隔がしだいに広がり、ついに高遠なる空理空論を説くようになった。そしてわが国でもその弊害を受け、学問は知識人たちの学ぶものとなし、農工商の実業人はこれを敬遠し、学問は学問、実業は実業と二つに分離し、聖人の実学の精神を誤解してしまった。
. . . 本文を読む
宮澤氏、加藤氏は天皇陛下の訪中がどういうメッセージになるのかにまったく無知だったのだ。聖徳太子以来、日本はシナの諸帝国と対等の関係を保ち、天皇が朝貢に類したことをなさったことがそれまでなかったのである。亡くなった宮澤氏にむち打つようなことは言いたくないが、売国奴(ばいこくど)の批判は甘んじて受けなければならないだろう。
. . . 本文を読む
女性でありながら不朽の名を残す――そんな人物はそう多くはないが、おそらくマリー・キュリーはその一人だろう。彼女はもとポーランド人で内気な、はにかみ屋の娘だったが、学界で不可能と見られていた大発見をした。これまで存在する元素とは大きく異なり絶えずエネルギーを放射している新元素を発見して、それをラジウムと名づけたのである。
. . . 本文を読む
人の上に立つ者が礼譲の『譲』をもって国を治めることは容易なことで、なんの難しいことがあろうか。これに反して、『譲』が抜けていれば、どんなきれいごとを並べても、これはただの虚礼になって、どうして治めることができよう。(孔子)
. . . 本文を読む
成功の大きな秘訣(ひけつ)は、どんなことでも決心したからには実行するということです。道を引きかえすことなく、やると決めたことをやりぬきましょう。何度か挫折したぐらい怖がることはありません。強い意志をもつ人、つまり圧倒的な決意と全身全霊をこめて集中した努力だけが成功をもたらすと信じる人は、少しぐらいの挫折であきらめないのです。
. . . 本文を読む
ハル・ノートを突きつけて、有無をいわせぬ窮地に日本を追いつめたあの最後の脅迫は、アメリカの予定の行動、してやったりの瞬間だったわけである。戦争をしかけたのはアメリカである。アメリカは罠にはめてまで日本をやっつけたかった。軍事的にも、政治的にも、アメリカは日本をなめていた。このような状況下では、日本には当然ながら第二次大戦の戦争責任はないことになる。
. . . 本文を読む
書かれたものはすべて、遅かれ早かれ、何千年という時間をかけてか、数分のうちかに消えてしまう。“世界精神”は、書かれたものをすべて読み、書かれたものがまたすべて消えてゆくのを見て、笑っている。しかし私たちがそれらのうちのいくつかを読んだこと、そしてそれらの意味をおぼろげながらも知ることはよいことである。
. . . 本文を読む
「日本における情勢と日本共産党の任務についてのテーゼ」と題する文書をつくって、日本共産党に授けたのは国際共産党組織(コミンテルン)です。ときに1932年4月でありましたから、以後、「32年テーゼ」と言いならわされるようになりました。テーゼとは、運動方針書、というほどの意味です。
. . . 本文を読む
かつてある日本の詩人が、一つの詩を二行に書きました。その詩は、「雪の残った森の、数本の梅の枝に花が咲いていた」というものです! 彼はその作品をひとりの専門家に渡しました。すると専門家は「ただ一本の梅の枝で充分だ」と言いました。
. . . 本文を読む








