電脳筆写『 心超臨界 』

あなたが犯す人生最大の過ちは
過ちを犯すことを常に恐れることである
( エルバート・ハッバード )

わたしたちは平和だから呆けたのでしょうか――青山繁晴さん

2016-06-28 | 04-歴史・文化・社会
確かにわたしたち日本国民には、同胞(はらから)が隣国に拉致されても「まさか、そんなことが」と長らく思ってきましたし、テロもほんの少し前まで他人事でした。原子力発電所をはじめエネルギー・インフラストラクチャーに事故はあっても、意図的な破壊妨害工作があり得るとは考えもしなかった。それを、感覚が呆(ほう)けていると言っても間違いではないでしょう。 . . . 本文を読む

あなたの「いま」が過去を決める――アドラー

2016-06-20 | 04-歴史・文化・社会
【哲人】 歴史とは、時代の権力者によって改竄され続ける、巨大な物語です。歴史はつねに、時の権力者たちの「われこそは正義なり」という論理に基づき、巧妙に改竄されていきます。あらゆる年表と歴史書は、時の権力者の正統性を証明するために編纂された、偽書なのです。 . . . 本文を読む

日本史にふさわしいのは二区分法――西尾幹二教授

2016-06-19 | 04-歴史・文化・社会
14世紀に南北朝の内乱があって、ひきつづき戦国時代がおおむね16世紀に及び、この間戦乱の時代であり、下克上といわれるような社会的な変動が列島を揺さぶった。そしてそのあとに、織田信長と豊臣秀吉による天下統一があり、徳川家康による体制の継承が行われて以来、あえていえば今日まで、社会の基本構造は連続性を保ち、根本的に壊れてはいないのである。 . . . 本文を読む

ある歴史学者の「皇室観」――谷沢永一教授

2016-06-16 | 04-歴史・文化・社会
家永三郎の著書に、『新日本史』(昭和22年4月10日・冨山房)という、いたって読みやすい本がある。これは戦前でもなく戦中でもなく、終戦から1年と8カ月たってからの刊行である。どこにも遠慮の必要もなく、自由に気がねなく書けた時期であった。もちろんGHQの検閲はあったが、この場合は関係ないだろう。そこで家永三郎は、次のように記しとどめた。 . . . 本文を読む

できることから始めよう――岸見一郎さん

2016-06-13 | 03-自己・信念・努力
戦争が終わったときに、なお自分の元に車が1台残っていました。シンドラーがその車を見て、この車を1台売ってさえいれば、後もう一人でも二人でもユダヤ人の命を救うことができたのに、と後悔する場面があります。そのことを知った彼に雇われていたユダヤ人の一人が自分の金歯を加工して指環を作り、シンドラーにプレゼントします。その指環の裏に刻まれた文字、これはユダヤ教のタルムード(聖書と並ぶユダヤ教の聖典)の教えなのですが、「一人の生命を救う者が全世界を救う」という意味の言葉でした。 . . . 本文を読む

世界一の生産性と品質を誇る日本のモノづくり――石原慎太郎さん

2016-06-09 | 05-真相・背景・経緯
日本企業では、社長以下、新人の社員までが生産工場では同じユニフォームを着、一緒に朝の体操をし、社員食堂で同じメニューを一緒に並んで食事するといった企業習慣が、いまだにあちこちで見られます。このような日本独特の企業風土から、企業における地位を超えた共同作業が可能となり、一番低い地位にある労働者でもなお、手がけている製品の品質を上げ生産性を上げようという努力が生じてくるのです。 . . . 本文を読む

薄明のなかにみえる確かな意志――西尾幹二教授

2016-06-07 | 04-歴史・文化・社会
すなわち、歴史をたんに目先の記録や目録の類だけで、科学的に立証できるか否かだけに限定して議論する視野の狭さを言いたいのである。はっきり自覚された7、8世紀の初期国家形成の頂点から遠い過去へさかのぼって、そのエネルギーと上昇への意思を確かめるためには、片々たる記録だけに頼るべきではない。その日から千3百年も展開してきた、この国の今日までの歴史が示したひとつの意思もまた、証拠として採用されてしかるべきではないだろうか。 . . . 本文を読む

信長は世界で初めて、小銃の一斉射撃という近代戦をやりました――石原慎太郎さん

2016-06-06 | 04-歴史・文化・社会
いずれにしろ信長の奇策が結果として、一方的に当時最強の武田軍団を敗ったという武勲が喧伝され信長の天下統一のよすがになっていくわけですが、考えてみると人間の歴史の中で戦争というのは人間の知力、財力、技術力のすべてを絞り出してやる一種極限状況の競争といえます。 . . . 本文を読む

「腐敗なき社会」とは、全体主義社会の別名――渡部昇一教授

2016-06-01 | 04-歴史・文化・社会
一党が政権を握る全体主義社会では、複数政党制のような意味での腐敗は生じにくい。しかし、政権構造が国民の批判を受けることのない特権階級に、そっくりなってしまうことを忘れてはならない。戦前・戦中の日本の軍部支配もそうだった。腐敗が個人レベルで生じ、それが摘発される制度は、「腐敗の観念」そのものまでなくした体制より、本質的に腐敗していないのである。 . . . 本文を読む