10月に入り、各地から門人たちが集まる。8日、「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」を口述。9日、夏に詠んだ句を改案。10日、遺書を作成。11日、食を絶ち、看護の人々には通夜の句を作らせた。12日、死去。遺言により、遺骸は舟で淀川から大津の義仲寺に運ばれた。14日の葬儀には3百余人が参会した。 . . . 本文を読む
小説家の井伏鱒二は「そのころ交際を願つてゐた一ばん老齢の人は、下部鉱泉場の川しものホテルに疎開されてゐた三田村玄竜さん。もはや七十すぎだとのお話であつた」と書いている。富士川に沿った山梨県の波高島に野沢という人がいて、鮠(はや)釣り指南を頼んできたことから仲良くなり、その方が三田村のもとへ連れていってくれたのだという。三田村の筆名は「鳶魚(えんぎょ)」で、江戸時代の風俗史実の権威だった。 . . . 本文を読む
チベット大虐殺の真実を、国際社会に訴えようと、亡命ラマ教徒たちが必死に声を上げたわけだが、これに対して、朝日新聞は「これをそのまま受け取ることは危険」だと報じているのだ。これだけでも、噴飯ものの記事なのだが、朝日新聞がその理由としてあげている理由も断じて許し難いものだ。朝日新聞は亡命したラマ教徒は「宗教的な偏見から」、この種の反共的なプロパガンダを行っているというのだ。 . . . 本文を読む
86年のノーベル経済学賞受賞者ジェームズ・ブキャナンは「キャメロットの街が滅亡したわけを考えてみるがよい。途方もなくひどい知的誤謬(ごびゅう)が犯されたからだ。その責任は政治家ではなく、経済学者、とくに『へぼ学者』ケインズにある」とまで著書(79年)に書いた。 . . . 本文を読む
企業メセナ協議会(福原義春会長)が耳慣れぬ名の政策提言をまとめた。いわくニュー・コンパクト。一体、何のことか。協議会によれば、Community Policy for Actionから字をとった造語だ。文化に集中投資することで地域を再生し、人間の生活に見合うコンパクトな社会を目指す。 . . . 本文を読む
取材チームは、かつては通常6人。ディレクター、カメラマン、照明マン、音声マン、リポーター、運転手さん。全員がNHK職員だった。その頃は、年かさの運転手さんが、靴を揃(そろ)えて上がらない若いディレクターを叱(しか)ったり、年配のカメラマンは、若い照明や音声の担当者に「朝飯をしっかり食わなくちゃいい仕事はできない」と激励したりした。 . . . 本文を読む
フォンタネージがデッサンや写生や遠近法などを弟子に教えた。面白いことに、周知の名所などは一木ももらさず模写せよと言う一方、佳景を写生するとき、みにくいものは削除してもよいが、風景にないものを加えて自然を変えてはいけないと言っている。フォンタネージの写生についての考えが、不折を通じて子規に伝えられ、さらに虚子の客観写生説へと発展していった。 . . . 本文を読む
われわれユダヤ人は、ロシア帝政のなくなることをつねに祈っている。時たまたま、極東の日本国が、ロシアに対して戦いをはじめた。もしこの戦争で日本がロシアに勝ってくれれば、ロシアにきっと革命がおこるにちがいない。革命は帝政をほうむるであろう。私はそれを願うがゆえに、あるいは利にあわぬかもしれぬ日本への援助を、いまこのようにしておこなっているのである。 . . . 本文を読む
年明けにロシアはウクライナ経由の欧州向けの天然ガス供給を停止した。自国の資源供給力を示す狙いだったが、冬を迎えた欧州各国からは強い反発を招いた。冒頭述べたロシア相場の下落は、こうした力の行使に対し、欧州だけでなく世界が反発し、ロシアから資金を引き揚げる動きによるものだ。 . . . 本文を読む
日本の政治が行き詰まりから脱するには、予算成立後できるだけ早く総選挙を実施するしかないが、経済政策の選択肢は明白だ。昭和の財政家たちが打ち出した大胆でかつ志ある経済政策である。危機の時代にこそ、日本の将来像を描くのが指導者の責任だ。 . . . 本文を読む
「寒風に向かって窓を開けた」といわれた井上準之助の旧平価による金解禁で深刻な不況に陥った日本経済を、金輸出の再禁止と積極政策で救った男、というのが高橋是清の一般的な理解だろう。予算折衝で軍事費増額をはねつけ軍部の怒りを買い、2・26事件で凶弾に倒れたことでもよく知られる。 . . . 本文を読む
征韓論政変からすでに130年あまり。北方領土問題が解決し、日ロ平和条約が結ばれれば、西郷を憂えさせた地政学的な危険は減るのかもしれない。外務省内には「対ロ関係が改善すれば、台頭する中国に対抗するカードになる」(幹部)との見方もある。 . . . 本文を読む
金融危機の教訓が様々な形で指摘されている。なかでも鋭かったのは昨年10月、米ウォール街で働く人々の視野の狭さを「三人の石工」という例え話で説明した米ハーバード大学の学長、ドリュー・ファウスト氏だろう。一人目は生活のために、二人目は国一番の石工を目指し、三人目は大聖堂を建てるために石を切る。成果主義が幅をきかせたウォール街の人々は二人目の石工だという。 . . . 本文を読む
大型汎用機でもパソコンでもない新しいシステムを「クラウド」と呼んだのはグーグルの最高経営責任者(CEO)、エリック・シュミット氏である。同社はメール以外にもワープロや表計算ソフトなどをネットで提供、そのための巨大なデータセンターを構築している。情報システムも自前で持つより集約して機能を借りるほうが効率がよくなるのだ。 . . . 本文を読む
四十八歳の芭蕉は自らの老いをかみしめていた。それでも芭蕉は新たな旅を望んだ。元禄4年9月、江戸へ帰ることになっても、「九州四国の方一見残しおき申し候間、なにとぞ来秋中にもまたまた江戸を出で申すべき覚悟」を記している。四国は西行が旅した地。九州は長崎に興味があったともいわれる。しかし、その旅は見果てぬ夢として終わるだろう。 . . . 本文を読む








