H27.08.31
私たちは時間を見つけて立ち止まり
私たちの人生に違いを作ってくれた人々に感謝しなければならない
( ジョン・F・ケネディ )
We must find time to stop and thank the people
who make a difference in our lives.
( John F. Kennedy )
H27.08.30
私には分かる
もしも . . . 本文を読む
日本神話は日本人がまだ文字を持たない時代に形成され、口誦され、長時間にわたり伝承されてきた。中国から文字が入ってきて、そこで初めて記述が行われたという事実は争えない。しかし神話は荒唐無稽で、歴史以前に属し、他方中国の文字による証言だけは唯一の合理的歴史事実の指摘であるなどというのはどう考えても成り立たない。 . . . 本文を読む
人民元切り下げをきっかけに、中国経済の自壊が始まった。チャイナリスクは世界に広がり堅調だった日米の株価まで揺さぶる。党が仕切る異形の市場経済が巨大化しすぎて統制不能に陥ったのだ。打開策は党指令型システムの廃棄と金融市場の自由化しかない。 . . . 本文を読む
ジョンストンの記録は満州事変を説明するものではないが、それに先立つ3年前に、溥儀の気持ちが満州帰還に向いていたことを示す最も貴重な文献であり、疑う余地がない。また、溥儀は奉天に行く途中、太宗の墓地に敬意を払っているのである。そして、溥儀が中国政府を見捨てて、祖宗(そそう)の地・満州にもどるという明瞭な意志と欲求がなかったならば、日本の関東軍といえども、満州独立という奇想天外ともいうべきアイデアを思いつき、これを実行する気はなかったであろう。 . . . 本文を読む
先の集団的自衛権の話に戻るが、日本において「集団的自衛権の行使容認は他国の戦争に巻き込まれるから危険だ」という議論がある。だが、これは間違っている。集団的防衛というのは、より一層安全な環境を生み出すために取られてきたものだ。集団的防衛策を取っている国で、暴走した例というのはほぼない。むしろ、独自防衛の方が暴走しやすいのだ。 . . . 本文を読む
「自分はやればできる」というのは魔法の言葉だ。この言葉を常に心に持っていれば、どんな逆境にも耐えられる。「できない自分」に直面しても、「駄目な自分」の姿を見せつけられても、心底落ち込むことはない。落ち込んでも、「俺はやればできるんだから」と呟けば、たちどころに勇気が湧き、強い自分を取り戻すことができるのだ。 . . . 本文を読む
現在、先進国が中国をはじめとする新興国の台頭への対策として、G20やOECDなどでは、インフラの国際規格化を進めようとしている。このインフラの国際規格化は、WTO(世界貿易機関)協定によって推し進められているものであり、ISO(国際標準化機構)で標準規格を決めて、その基準を満たしたものだけを国際的なインフラとして普及させるというものだ。 . . . 本文を読む
青森の三内丸山遺跡を訪れ、偉大な縄文文化に接したとき、この文化を築きあげた人々の子孫がこの地に住みついてきたであろうこと、また琉球の島辺に生活している人々と言葉をかわすとき、やはり太古の祖先から世々この土地で暮らしてきたであろうことを筆者は信じて疑わない。その人たちの言語が、2千年ほど前に外来者によって突如一変させられたとは到底考えられない。いまも北の果てや南の端で語られている言葉が縄文時代から言い伝えられたものであると思うのが、自然の理に適っているのではないだろうか。 . . . 本文を読む
日本はシナ侵略の意図のないことを明らかにするために、最大の注意を払っていた。駐イギリス代理公使は、しきりに日本に出兵を要請したが日本は動かず、イギリス外相ソールズベリー侯(のちの首相)が欧州各国に根まわししたうえで出兵を要請するに及んで、ようやく思い腰を上げた。そして一たび軍を出すや、その軍律は厳正にして、つねに連合軍の先頭に立って力戦敢闘し、列国を感嘆せしめた。 . . . 本文を読む
憲法に書いていなくてもどの国も自衛権を持つ。日本の場合の歯止めは9条2項の「国の交戦権は、これを認めない」である。殴られなければ殴ってはいけない。殴られたら防衛することはできる。その防衛のために集団的自衛権がある。日本では長い間、集団的自衛権について「権利はあるが、行使はできない」と解釈してきた。権利があって行使ができない“定義”はどこの国の辞書に載っているのか。 . . . 本文を読む
ヒトラーが何をやったかと言えば、まずヨーロッパで初めてのアウトバーン、高速道路を造りました。これは軍用道路でもあります。そして、近代的な機械化部隊をつくり上げます。飛行機の生産に拍車をかけます。その中で失業問題は解消されていきました。ヒトラーのやったことは一貫して軍備の増強だったということです。その時にお隣のフランスは何をしていたでしょうか。そこには現在の日本と相似形の姿が浮かび上がってきます。 . . . 本文を読む
H27(2015).07.31
地球が喜ぶことを忘れてはならない
あなたの裸足に触れることと
風がいつまでもあなたの髪をたなびかせ続けることを
( ハリール・ジブラーン )
Forget not that the earth delights to feel your bare feet
and the winds long to play with your hair.
( Khalil . . . 本文を読む
ここで紹介したいのは、戦後間もなくのエピソードです。いまは飽食の時代ですから、量が多すぎたり、まずかったときに食べものを残すことは当然のことのように行われています。しかし終戦直後の日本において、「生きること」は「食べること」でした。だから当時、小学校に行くかいかないかぐらいの子供たちが、食べるために働いていたのです。 . . . 本文を読む
つまり、渡来人が弥生文化をつくったのではなく、外からの刺激や情報があって、縄文人のなかから弥生文化が徐々に生まれてきたのである。弥生文化を担った主体はどこまでも縄文人である。稲作文化を持った外国系の弥生人が大挙してやってきて、縄文人を追い払ってしまったという話ではない。1万年以上もつづいた人間の生活文化が、そんなに簡単に消え去るものではない。 . . . 本文を読む








