宇宙の見えない知恵を信じれば導きが得られる。インスピレーションが湧くのだ。奥義をマスターするといったことではない。突然パッとひらめくのである。禅ではこのプロセスを悟りという。私はこれを「門を通り抜けること」と考えている。はるか遠くに見える門に向かって、苦しんだり迷ったり転んだりしながら、何十年遅々たる歩みを続ける。すると突然、何の前ぶれも説明もなく、その門を通る瞬間がやってくるのだ。 . . . 本文を読む
ネビル・チェンバレンといえば第二次世界大戦直前の英国の首相である。1938年のドイツのヒトラーとのチェコスロバキアの一部割譲認め、ドイツを増長させ、大戦を招いた世紀の失策の政治家として知られる。このときのチェンバレンの対応は「Appeasement」と呼ばれた。この英語は「宥和(ゆうわ)」と訳される。「融和」とは異なり、相手の要求が不当であっても衝突を避けるために許す対応を指す。国際関係では当面の対決への恐れから譲歩し、かえって相手を大胆な侵略などに走らせる危険な態度だとされる。 . . . 本文を読む
作家・岩川隆さんが亡くなって、七年目を迎えた。この間、岩川さんを慕う後輩の書き手や編集者など二十名近くが年に何度か集い、追悼集を編む「編集会議」を口実にして、故人のエピソードの数々をサカナに酒を飲み、思い出を語りあってきた。 . . . 本文を読む
多くの人は、成功や充足感のもとは、欲や願いや希望や空想だと思って育ってきている。だから、意志に基づいた経験が現実を創るという考え方には、なじみが薄いかもしれない。しかし、つまらない欲望は停滞を生むだけなのだ。行為にエネルギーを送り込んではくれないのである。 . . . 本文を読む
物事を捉えるには二通りの方法がある。疑ったり恐れたりする方法と、認め信じる方法である。たいていの人は、何かを学ぶ場合、これは自分にはとてもできないのではないかと思いながら始める。そして、半信半疑で始めたことを、やっぱりできなかったと言うのだ。 . . . 本文を読む
まず、音楽を考えてみよう。音楽とは音の連続ではない。そう、休止符がなくては音楽は成り立たない。音と音のあいだの沈黙、つまり無の状態があってこそ本当の音楽なのだ。花瓶はどうだろう。何の素材でできていようと、真ん中の空洞がなければ花瓶ではない。また部屋についても同じことが言える。囲まれた中に空のスペースがあってこそ部屋であり、中に物がぎっしりとつまっているとすれば、もはや部屋としての用はなさない。 . . . 本文を読む








