それからは、私はことあるごとに、「日本の今の天皇(昭和天皇)は第百二十四代で、王朝は神話の時代から一つである。譬えて言えば、アガメムノン王の子孫が今のギリシャ王だったと同じような状況が、日本である」と言いました。これには、少しでも教養のあるドイツ人なら電撃のようなショックを受けたようです。 . . . 本文を読む
二柱(ふたはしら)の神はこれまで多くの神をお生みになりましたが、伊耶那美神が火傷を負わせられてからは、表現が再び「生む」から「成る」に変化しています。前者は母体からの出生、後者は化成(かせい)を意味し、厳密には区別されます。ところが「八柱の神は、刀を伝った血液から生まれた神です」というように、統括する部分では「生まれた神」(訓(よ)み下し文では「生める神」)と表現しています。これは、「成った」神も、系譜上は「成らせた」神(伊耶那岐神)との親族関係があるものとして観念すべきことを述べていると思われます。 . . . 本文を読む
H29.04.30
終わりもなければ、始まりもない
あるのは生きる情熱だけである
( フェデリコ・フェリーニ )
There is no end. There is no beginning.
There is only the passion of life.
( Federico Fellini )
H29.04.29
異なる言語は異なる生活のビジョンである
( フェデリコ・フェリーニ ) . . . 本文を読む
百尺竿頭、すなわち長い長い竿のてっぺんまで上りつめてしまった。もう、この先はない、というところを「さらに一歩を進めよ」というのです。普通なら、百尺竿頭まで上りつめたら、そこでゴールインです。禅の修行でいえば、厳しい修行の果ての「悟り」です。しかしこの句は、そこでとどまってはいけないというのです。 . . . 本文を読む
中国古代の城郭は外敵に対する防衛施設であることはもとよりだが、それだけではなく、最初から住民支配の装置として形成された。しかもその住民は、いつでも軍事用に挑発される常備軍ですらあった。たった一人の皇帝に全権力が集中するあの国の説明のできない体制は、長安に典型的な「坊」を基本要素とする都城のあり方、住民を管理し支配し、専制するための造営法のうちに十全に表現されている。おそらく両国の天子の心得の相違にほぼ尽きるのである。 . . . 本文を読む
次に、伊耶那岐神(いざなきのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)は、大八島(おおやしま)に住むべき神々をお生みになります。初めに生まれたのは、住居に関わる七柱(ななはしら)の神。続けて海の神、河の神など、水に関わる三柱(みはしら)の神。そして、風の神、木の神、山の神、野の神の大地に関わる四柱(よはしら)の神。最後に、船の神、食べ物の神、火の神の生産に関わる三柱の神、併せて十七(とおあまりななはしら)の神が生まれました。 . . . 本文を読む
閑とは、「ひま」とか「静か」という意味ですが、もう一つ「習う」という意味があります。中国の古い禅の入門書『証道歌』に、「君看(み)ずや絶学無為(ぜつがくむい)の閑道人」とあります。「閑道人」は、「絶学無為」、すなわちもう学問も学びつくし、修行もしつくしてしまった人という意味のほかに、それでもなお修行を続けていく、習いつづけていくという深い意味があるのです。 . . . 本文を読む
捕虜は賓客ではない。このような場合、「辛かった」という捕虜の記憶のみで虐待というのは当たらないであろう。食糧の補給についても同じことで充分あるのに与えないのは、虐待であろうが、自分の軍でも充分でなかった。いわば日本軍の生活水準が低かったのである。 . . . 本文を読む
一人の修行僧が趙州禅師に「如何(いか)なるか是(こ)れ祖師西来意(そしせいらいい)」と尋ねました。「祖師」とは達磨大師のこと、「西来意」とは、その達磨が西(インド)から中国に渡ってきた目的のことで、質問の意味は、「禅の究極の目的、真髄とは何ですか」という問いです。その問いに対する答えが、この「庭前柏樹子」です。庭前とは庭先のこと、柏樹は日本の柏の木ではなく、中国では柏槙(びゃくしん)のことだといいます。 . . . 本文を読む
『古事記』は四国のことを伊予之二名島(いよのふたなのしま)と表記しますが、四国全体を「伊予」というのは、当時伊予国が栄えていたため、全体を指して伊予と呼んだもの。また「二名」は、東西・南北で二つずつ国が並んでいるからと思われます。九州のことを「筑紫島(つくしのしま)」と呼ぶのも、当時筑紫国(つくしのくに)が栄えていたこと、畿内に近かったことなどから、同様に全体を指して「筑紫」と呼んだと考えられます。 . . . 本文を読む








