日本人となると、顔は知っているが、名前がわからないから、友達を紹介することもできない。名前を知らないという簡単なことが原因となって、交際が狭くなり、当然のこと了見も狭まり、孤立に追いやられてしまうことになる。これを外国でもやるから、たちまち「チロリン村のピグミー族」になるわけである。 . . . 本文を読む
そのときに、隣の家のおばさんが不憫(ふびん)に思ったのでしょう。これでも読んでみなさいと、「生長の家」の創始者である谷口雅春さんの「生命の実相」という本を貸してくれました。中学に入ろうとする子どもにとっては、ややむずかしすぎる内容でしたが、私は何かにすがりたい一心で、わからないなりに読みふけり、やがてそこに、「われわれの心のうちには災難を引き寄せる磁石がある。病気になったのは病気を引き寄せる弱い心をもっているからだ」というくだりを見いだして、その言葉にくぎづけになりました。 . . . 本文を読む
「致知」は毎月、ひとつのテーマを取りあげて特集を組み、そのテーマの由来を編集長の藤尾秀昭さんが1ページの解説にしたためています。このページを読んだだけでも、「致知」を購読した甲斐があります。2003年の1月の特集は「言葉が運命を拓く」。言葉によって運命を拓いていった人生として、関西師友協会副会長・豊田良平さんの生涯が紹介されています。わずか1ページの文章に藤尾さんの言霊が燃えあがるようで、静かな興奮のなかに深い感動が広がっていきます。
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「食べられる」「着られる」「寝られる」という人の絶対語感は、「食べれる」「着れる」「寝れる」という人のそれとは異なっている。おかしいと思っても、違っている、と口に出していうことはむずかしい。以前から「ら抜きのことば」を正しいものとして用いてきた方言もある。
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実際に生きた歳月の長さで人の寿命を計ることはできない。どんな業績を遺し、何を考えたかによって、生きた長さを考えるべきである。自分と人のために役立つ仕事をすればするほど、考えたり感動したりすることが多ければ多いほど、本当に生きていると言える。怠けてばかりいて何の役にも立たないような人間は、どんなに長生きをしたとしても、ただ息をしているだけの存在なのである。 . . . 本文を読む
柔軟性のなさはあらゆる偏見のもととなる。偏見( prejudice )とは、つまり先に判定してしまうこと( pre-judge )である。偏見の基盤となっているのは、どちらかと言えば、特定の人物、考え、行動に対する憎しみや嫌悪よりも、気心の知れた人、つまり自分と同類の人間と一緒にいるほうが楽だし安全だという事実なのである。 . . . 本文を読む
早起きを習慣としなかった人で長生きした人は少なく、まして有名になった人となるとさらに少ない。起きるのが遅くなると、当然仕事にとりかかるのも遅くなり、結局、その日全体が狂ってしまう。フランクリンいわく、「寝坊な人間は、一日あたふたし、夜になってもまだ仕事が山積みになっている」と。 . . . 本文を読む
教育には、基礎的な健康づくりと同時に精神を使う習慣を養うことも欠かせない。「労働は万事を征服する」という格言は、とくに知識を征服する場合に当てはまる。知識修得に至る道は、勉学に励む人なら誰にでも等しく開かれているし、確かな目標さえあれば、乗り越えがたい困難など何もないはずだ。 . . . 本文を読む
昔は、いわゆる止めを刺すのに、一つのきびしい心得と作法があったらしい。だから武士たちは、もう一息というところをいいかげんにし、心をゆるめ、止めを刺すのを怠って、その作法にのっとらないことをたいへんな恥とした。ものごとをしっかりとたしかめ、最後の最後まで見きわめて、キチンと徹底した処理をすること、それが昔の武士たちのいちばん大事な心がけとされたのである。 . . . 本文を読む
お腹が痛いときにだね、第三者のお腹が痛いと同じような気分になってごらん。自分以外の人のお腹が痛いのと同じように、「今、俺の命を生かすために使う道具である肉体の腹のところが痛いんだ。私が痛いんじゃない。私が生きるために必要な道具のお腹が痛い」と思えばいいんだよ。 . . . 本文を読む
そも調和ということは、厳粛なる宇宙本来の面目であり、かつまた人生の実相であると同時に、生きとし生ける生物の生命の本然の姿なのである。いいかえると調和ということは、万物存在の絶対に侵すべからざる尊厳なる自然性なのである。 . . . 本文を読む
先生、わかってください。ただの気まぐれで走っているんじゃないの。無理してでもやりとげなくてはいけない理由があるんです。わたし自身のためだけじゃないわ。自分で自分に手かせ足かせをはめてしまっている人たちを自由にしてあげたいの。何とか走り続ける方法はありませんか? . . . 本文を読む
「映画で一旗揚げて、船をつくればいい」。そんな不純な動機で俳優になった。本当に一旗揚がってしまい、僕は「いつやめようか」とばかり考えていた。そんな思いを吹き飛ばしたのが、「椿三十郎」(62年)と「赤ひげ」(65年)への出演、つまり黒澤明監督との出会いだった。 . . . 本文を読む
壮快で建設的な考え方をするためのプログラムを実践することによって、われわれの幸福のために闘おう。ここにそのプログラムがある。これには「今日だけは」という題がついている。私はこのプログラムの含蓄のある深さに注目して、そのコピーを何百枚も配布した。 . . . 本文を読む
最近私は、鈴木章子(すずきあきこ)さん(北海道斜里町、真宗大谷派西念寺住職・真吾師夫人)の遺著『癌告知のあとで――私の如是我聞』(探求社刊)を読んで感動しました。章子さんは昭和63年の大晦日に47歳で亡くなりましたが、病中における章子さんの仏典に対する心の眼の冴えが、さらに澄まされていくのが感じられて、私の胸は厳しく引き締められました。 . . . 本文を読む








