この学校は当初、河北省永年県にあった元戦犯収容所に置かれたが、その後、北京郊外に新校舎が建設され、1954年1月、「日本共産党中央党学校」という形で正式に開設された。別名「馬列学院」と呼ばれた。馬はマルクス、列はレーニンの意味だ。 . . . 本文を読む
どんな格言を処世訓にしたかによって、その人の人格がわかることがよくある。スコットは「何もせずに時を過ごしてはならない」を、歴史学者ロバートソンはわずか15歳の時に「知識を学ばない人生は死に等しい」を選んだ。フランスの思想家ヴォルテールの座右の銘は「常に仕事に励むべし」であったし、フランスの生物学者ラセペードのいちばん好んだ格言は「生きることは観察すること」であった。 . . . 本文を読む
経陀羅尼というは文字にあらず。一切衆生の本心なり。本心を失える人のために、さまざまのたとえをとりて本心をさとらしめ、迷いの生死(しょうじ)をとどめんがための言なり。本心をさとり根源にかえる人、真実の経をよむなり。文字をまことの経というべからず。(『聖一国師仮名法語』) . . . 本文を読む
ベトナム戦争以降、学界を含む知識人の世界では、ソ連の大規模な米国内でのスパイ活動否定論が通説となり、しばしば、極右反動によるでっち上げとまで言われていた。金正日(キムジョンイル)が2002年9月の日朝首脳会談で自白するまで、日本で拉致被害が拉致疑惑と呼ばれ、多くのリベラルと称する政治家や知識人が、右翼のでっち上げと主張していたことに似ている。いまだ北朝鮮を擁護する日本人がいるように、米国にも、ヴェノナによってソ連エージェントであることが決定的に示された米国人がスパイではないと強弁する学者や知識人が少なくない。 . . . 本文を読む
はじめに鋤で土を耕さなければ麦が育たないように、まず働かなければ知識は人の心の中にしっかりと根を下ろさない。だが実際には、この二つの例には大きなちがいがある。麦の場合は、その時の条件や環境によって種を蒔いた人が必ずしも刈り入れられるとは限らない。人間の場合は、事故が起ころうと不幸に見舞われようと、勉強して得た知識を他人に奪われることはない。自分で獲得した何者にも束縛されない豊かな知識は、みな自分のために使って構わないのだ。
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子、衛(えい)の霊公(れいこう)の無道を言うや、康子(こうし)曰く、夫れ是の如くんば、奚(なん)すれぞ喪(ほろ)びざる。孔子曰く、仲叔圉(ちゅうしゅくぎょ)、賓客を治め、祝鮀(しゅくだ)、宗廟を治め、王孫賈(おうそんか)、軍旅を治む。夫れ是の如し、奚(なん)すれぞ其れ喪(ほろ)びん。 . . . 本文を読む
日米修好通商条約 第五条 外国通貨と日本通貨は同種・同量で通用する。金は金と、銀は銀と交換できる。取引は日本通貨、外国通貨どちらでも行うことができる。開港後1年間は原則として日本通貨で取引を行なう。日本貨幣は銅銭を除き輸出できる。外国の通貨も輸出できる。 . . . 本文を読む
智慧については後に詳(くわ)しく学びますが、一言でいうと“大いなるこころの目覚め”です。人間を人間であらしめるこころに目覚めることです。金儲けに夢中になると、人間は人間に盲目になり、エコノミック・アニマルになってしまいます。アニマルになってしまったら、エコノミック・マンとしては失格です。 . . . 本文を読む
人生と言う現実の世界に生きる自分を、本当のリアリストとして生かさなければだめです。夢うつつのような、おとぎ話のような、自己欺瞞(ぎまん)で人生を過ごしてしまったのでは、二度と繰り返すことのできないこの人生、もったいないです。あっそうか、と気のついた時が新しいバースデイであります。 . . . 本文を読む
〔文庫版のための追記(北村稔)〕――対談の時点では、日露戦争後の満洲経営にアメリカを参画させなかったことが、日米対立の起因となり、後の大東亜戦争への伏線となったと考えていた。当時、総理大臣の桂太郎はアメリカの鉄道王であるハリマンとのあいだで、満鉄の共同経営に関する仮調印までしていた。そしてこの案を破棄させたのが、ポーツマス条約締結から帰国した直後の外務大臣小村寿太郎であったこと知り、小村寿太郎ともあろう名外交官の大失策ではないかと考えていた。 . . . 本文を読む
人間の自己実現の段階について世阿弥の考え方は、幼年・青少年の場合はゆるやかで、年取るほど厳しくなる。若いころの才能には、いつも「早熟」の要素が入るので、無理に伸ばしてもいけないし、めざましいことをやってもいつ萎(しぼ)むかわからない、というおそれがある。しかし34、5歳からの10年間の仕事には、もはや早熟の要素がない。このときに駄目なら、その後も駄目だという。 . . . 本文を読む
経は仏教に限らずどの宗教でも、その教えのテキストを経典とも聖典とも呼んで大切にします。とかく現代人は「お経」を“仏教徒の儀式用の読み物”ぐらいにしか考えていませんが、それは大きな誤りです。経は梵語でスートラといい、もとの意味は〈糸〉とくに〈縦糸(たていと)〉のことです。 . . . 本文を読む
子貢(しこう)曰く、管仲(かんちゅう)は非仁なる者か。桓公(かんこう)、公子糾(こうしきゅう)を殺したるに、死する能わず。又たこれに相たり。子曰く、管仲は桓公に相とし、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡(いっきょう)す。民、今に到るまで、其の賜を受く。管仲微(なか)りせば、吾れ其れ髪を破り、衽(えり)を左にせん。豈に匹夫匹婦の諒(まこと)を為し、自ら溝瀆(こうとく)に経(くび)れてこれを知る莫きが如くせんや。 . . . 本文を読む








