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  <title>電脳筆写『 心超臨界 』</title>
  <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai?fm=rss</link>
  <dc:creator>chorinkai</dc:creator>
  <dc:date>2025-06-14T19:17:28+09:00</dc:date>
  <language>ja</language>
  <copyright>&#9400;NTT DOCOMO, INC. All Rights Reserved.</copyright>
  <description>強みは物理的な能力がもたらすものではないそれは不屈の信念がもたらすものである( マハトマ・ガンディー )</description>
  <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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   <title>◆歴史の是正を世界に宣揚せよ</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/be9a40fe4d74fe2afa18425089ac9cb8?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
トップページ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指</a><br>
このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
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<br>
旧連合国を中心とする国際社会での日本断罪史観の暗い翳(かげ)は明らかにその影響力を減殺してゐる。その圧力に対し我が国の思想界の一劃(いっかく)から発する強い反撥(はんぱつ)は、従来歴史修正主義といふ貶斥(へんせき)的な呼称を以て片付けられてしまふのが通例であつたが、昨今ではむしろ修正を要求する側の正当性が承認される傾向が顕著になつてきてゐる。例へば「史実を世界に発信する会」の英文の送信にアメリカ合衆国の歴史家から肯定的な反応が戻つてきたり、大東亜戦争は日本の自衛戦争であつたといふマッカーサーの上院証言や同じ趣旨のフーバー回顧録が想起され、改めて関心を惹(ひ)くといつた現象もある。<br>
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◆歴史の是正を世界に宣揚せよ――小堀桂一郎・東京大学名誉教授<br>
（「正論」産経新聞 H30.08.10 ）<br>
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昭和２１年から算(かぞ)へて７３回目の「終戦の詔書奉戴記念日」が近づいてゐる。本年の記念日が平成の元号を以て呼ばれる時代の最終回になる事に多分に感慨を覚える。<br>
<br>
◇靖国御親拝の環境整えよ<br>
<br>
感慨の所以(ゆえん)は幾つかあるが、その一つは、国民の悲願である今上天皇の靖国神社御親拝に最も相応(ふさわ)しい日がこの記念日なのであるが、私共の熱望は遂に叶へられる事無きままに平成の御代は過ぎ去りゆくのではないか、との危惧の念に発する憂愁の思ひである。<br>
<br>
今上天皇は平成２８年８月８日、ご自身の譲位の御意向に対し国民の理解を求める御諚(ごじょう)の中で、御即位以来「国民統合の象徴」としての新憲法下での天皇の在るべき様について種々の模索を重ねてきたと仰せられてゐる。それは第一に国民の安寧と幸せを祈る事であり、同時に各地での国民との直接の触合ひ、殊に大災害時にはどんな環境の僻地(へきち)や離島にも慰問と激励の旅に赴く事が天皇の象徴としての行為として重要だつたとの認識をお述べになつてゐる。直接の御言及はなかつたが、硫黄島、沖縄をはじめ、サイパン、パラオ、フィリピン等、国外の戦蹟地にも皇后とお揃ひで戦没者慰霊の巡礼を果たされた御事蹟に国民は深い感銘を心に刻んでゐる。<br>
<br>
それは又、先帝陛下が戦争終結を命ぜられた詔書の字眼をなしてゐる一節〈朕(ちん)ハ堪へ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス〉に籠(こ)められた大御心をご自身の治世の代に承(う)け継がれ、実際の行動を以て体現された、洵(まこと)に尊いお気持ちの表れである事を国民はよく理解してゐた。<br>
<br>
それだけに、さうした〈戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル〉臣民への鎮魂の儀礼の文字通りの象徴となるべき靖国神社への御親拝が、御即位以来未だに実現してゐない事は、国民にとつて解き難い不審の一事であつた。<br>
<br>
おそらくは、先帝陛下が昭和５０年１１月に、御微行の如(ごと)き控へ目な靖国神社行幸を果たされた際の、異様な政治問題化が今上陛下の御親拝未済の最大の原因であらう。<br>
<br>
この問題を政治の面で解決し、両陛下の靖国神社への行幸啓に何の支障もない環境を用意し奉るのが政府の責任だが、爾来歴代の内閣はこの重大な責務を怠り続けた。宮内庁の如き弱体な官庁の責任は敢へて問ふ気にならない。罪は政府中枢の懈怠(けたい)にあり、又対日戦争で痛めつけられた旧敵国の怨恨(えんこん)と悪意を毅然として遮断する策を執れなかつた外務省の怯懦(きょうだ)と不見識にある。政府や外務省の弱腰の究極の原因は所詮７０年間我が国の知識人の心性を毒し続けた東京裁判史観による責罪意識である。<br>
<br>
◇「日本断罪史観」脱却の動き<br>
<br>
然(しか)しこれは近年の安倍晋三首相の国際政治の舞台での成功とその存在感の効果による事なのだが、旧連合国を中心とする国際社会での日本断罪史観の暗い翳(かげ)は明らかにその影響力を減殺してゐる。その圧力に対し我が国の思想界の一劃(いっかく)から発する強い反撥(はんぱつ)は、従来歴史修正主義といふ貶斥(へんせき)的な呼称を以て片付けられてしまふのが通例であつたが、昨今ではむしろ修正を要求する側の正当性が承認される傾向が顕著になつてきてゐる。<br>
<br>
例へば「史実を世界に発信する会」の英文の送信にアメリカ合衆国の歴史家から肯定的な反応が戻つてきたり、大東亜戦争は日本の自衛戦争であつたといふマッカーサーの上院証言や同じ趣旨のフーバー回顧録が想起され、改めて関心を惹(ひ)くといつた現象もある。<br>
<br>
今や日本国民は全世界に向けて歴史修正の要求を高らかに宣言すべきである。その昂然(こうぜん)たる態度表明こそが、自由主義が主導する形での世界秩序の再編成と永続的安定への出発点となる。行動の具体的方策を言ふとすれば、日本国民が請願法に基く請願権を行使して天皇陛下に、そして内閣総理大臣に、例大祭の期間中でもよく、終戦記念日ならば更によいが、靖国神社への参拝を励行して頂く事である。それが実現すれば、国民統合の象徴としての天皇の御親拝は即ち日本国民の統一せる意志の発露として、国家国民の守護神である靖国の神霊達への崇敬を国の内外に表明したことになる。<br>
<br>
◇万世の為に太平開く決意を<br>
<br>
それは国民の祖霊信仰一般と共通する所の多い守護神信仰の民俗的宗教的現実を証示するにすぎないとの見方もあらう。だが靖国神社は、その本質に照らしてむしろ遺憾ながらといふべきであるが、民俗的次元を超えて濃い国際政治的意味を帯びてしまつてゐる国家的宗教的施設である。我々は不本意ながら靖国神社の政治的意味を活用する事が可能である。<br>
<br>
即ち天皇陛下の御親拝を国民が挙(こぞ)つて誓願する事を通じ、我々は神社御創建以来の我が国の現代史の履歴を信念を籠めて肯定し承認する事になる。戦後の誤れる風潮によつて奪はれてゐた歴史を再び我手に取り戻し、その意味を誇りを以て世界に向けて宣揚する事、それが万世の世の為に太平を開かむとの決意の表明になるであろう。
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   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:30:00+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆日本が持ち続けなければならない目標</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/4fae6fab4439df9c44d6c07c1b7c4a0c?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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<br>
パル判事の判決書をはじめとし、法律家、特に国際法の研究家たちの意見は、東京裁判は国際法に基づく裁判ではないという認識に落ち着いているように思われる。法律家も認めず、かつ、その軍事法廷を作らせたマッカーサー自身が、公の場でその設置を後悔しているのであるから、東京裁判に対する一種の無効宣言がなされるべきであろう。それも、日本がやるのでなく、その裁判を設置せしめたアメリカにやってもらうのが、最も有効である。<br>
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◆日本が持ち続けなければならない目標<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396312024/kokorowachori-22" target="_blank">『日本史から見た日本人 昭和編』</a><br>
（ 渡部昇一、祥伝社 (2000/02)、p409 ）<br>
<br>
悪名高き「侵略戦争」にしても、「侵略」の意味などは、それまで国際法的に定義されたことがない。最初に宣戦布告したのが悪いといえば、ドイツに戦線布告したのはイギリスのほうが早かった。最初に攻撃したのが悪いといえば、ソ連は日本を最初に攻撃している。<br>
<br>
戦争を計画した「共同謀議」と言っても、日本はしょっちゅう内閣が交替しており、そんなことはそもそも不可能である。東条首相でさえも、アメリカとの関係を調整するために選ばれたのである。<br>
<br>
真珠湾攻撃でキッド提督が死んだことが殺人罪ということになっている。これは真珠湾攻撃の計画者を有罪にするためである。しかしアメリカの原爆投下については、それを投下した者も、計画した参謀長も、その国の元首の名前も分かっているが、この人たちは殺人罪を犯したとは意識していない。それは、戦闘行為における殺人は正義であり、戦争自体は犯罪でないと思っているからである。<br>
<br>
このような議論が弁護団側から続々と出されてくるとは、マッカーサーも予期しなかったと思われる。弁解の余地のないと思われていた日本のシナ大陸の行動も、中国共産党の意味が分かるにつれてマッカーサーにも、よく分ってきた。<br>
<br>
戦前のアメリカ人はシナ人を善玉、日本人を悪玉として割り切り、日本つぶしを応援した。ところが、日本軍がいなくなってみると、中国共産軍がたちまち勢力を得て、シナ全土はソ連と手を組んだ中国共産党の手に落ちた。そのうち、朝鮮戦争が始まり、マッカーサーは、朝鮮の共産軍や中国共産軍と満３年の激戦を行ない、多数のアメリカ人将兵を死なせた。マッカーサーは共産国を敵と考えていたのであるが、日本軍がいなくなった今や、それと直面しなければならなくなったのである。<br>
<br>
マッカーサーは、中国共産軍の策源(さくげん)地である満州（中国東北部）に原爆を使いたいと思った。しかし、トルーマン大統領と意見が合わず、解任されて帰国した（１９５１年４月）。<br>
<br>
帰国後にマッカーサーは、上院において「東京裁判をやらせたのは間違いであった」と述べている。しかし、その時には、東京裁判は終わり、処刑も済み、さらに悪いことには、日本の思想界や言論界や教育界において、東京裁判史観、つまり、マッカーサーの当初の偏見は、動かしがたい根を張り、主流となっていた。そして、左翼政党を支える史観として、つねに利用されていたのである。<br>
<br>
パル判事の判決書をはじめとし、法律家、特に国際法の研究家たちの意見は、東京裁判は国際法に基づく裁判ではないという認識に落ち着いているように思われる。法律家も認めず、かつ、その軍事法廷を作らせたマッカーサー自身が、公の場でその設置を後悔しているのであるから、東京裁判に対する一種の無効宣言がなされるべきであろう。<br>
<br>
それも、日本がやるのでなく、その裁判を設置せしめたアメリカにやってもらうのが、最も有効である。<br>
<br>
もちろん、このことは言うは易く行なうは難い。特に東京裁判を利権として活用してきた国々や、国内の団体や個人は、それに反対するであろう。それを政治日程などに載せることは、もとより不可能である。<br>
<br>
しかし、日本はそれを、将来のいつの日かの目標として、持ち続けなければならない。<br>
<br>
日系市民を強制収容所(リロケーション・キャンプ)に入れたのはルーズベルトの間違いである。こんな明白な間違いをアメリカ議会や政府が公然と認めて、補償措置を採ったのは、約４５年後である。今後、４０年から５０年もすれば、東京裁判無効宣言の機会があるだろうと期待しよう。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:27:00+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆井伏鱒二現象——「東京裁判史観」が払拭されない理由</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/8d3f70602d6b4d1634441038104ddd45?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
トップページ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指</a><br>
このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
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<br>
要するに井伏さんの作品の多くが先行するものの盗用だったのです。谷沢先生はすべて文献に当たってそうした剽窃の全容を調べ上げ、一本の論文を仕立て上げました。いうまでもなく谷沢先生は、新潮社からは『人間通』（新潮選書）という大ベストセラーを出し、文藝春秋からは大冊の『紙つぶて～自作自注最終版』を出し……といった具合にほとんどの大手出版社から著作を出しています。ところが、この注目すべき論文はどこの社の雑誌にも載らなかった。 みな断られたのです。結局どうなったかといえば、辛うじて、文学とは縁の薄いPHP研究所の「Voice」という一般紙に掲載されました。<br>
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<br>
◆井伏鱒二現象——「東京裁判史観」が払拭されない理由<br>
<br>
<A HREF="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/419862321X/kokorowachori-22">『中国・韓国に二度と謝らないための近現代史』</A><br>
（ 渡部昇一、徳間書店、p187 ） <br>
第五章　「敗戦利得者史観」を排せ<br>
<br>
ノンフィクション作家の猪瀬直樹(いのせなおき)氏が『ピカレスク』（小学館）という本のなかで「井伏鱒二(いぶせますじ)の主要作品は剽窃(ひょうせつ)である」と暴露したのがきっかけです。著名な作家の代表作が盗作だったというのですから大変な発見です。私は、マスコミは上を下への大騒ぎになるだろうと見ていました。ところがテレビは報道しない。新聞の文芸欄もこれに触れず、日本の主要出版社の文芸雑誌も何も書かない。それは、猪瀬氏の発言が勇み足だったからなのか。そこでわが友人であり、明治以後の文献学者としては飛び抜けた存在である谷沢永一(たにざわえいいち)さん（関西大学名誉教授）が猪瀬氏の書いていることをことごとく追跡調査してみました。するとそれはすべて真実でした。<br>
<br>
たとえば井伏さんの代表作『黒い雨』。広島の原爆を題材にした作品ですが、これは実際に被害を受けた人のノートを９０パーセント以上丸写ししたものでした。しかもその人（重松静馬氏）から「ノートを返して欲しい」といわれたとき、井伏さんは「紛失した」と言って返却せず、結局は井伏さんの遺族が１２０万円支払って手を打ったということもわかりました。周知のように『黒い雨』は映画化やテレビ化され、そこからの収入は億単位であったといわれています。<br>
<br>
井伏さんの出世作「山椒魚(さんしょううお)」はロシアのシチェドリンという作家の作品を下敷きにしたものでした。「ジョン万次郎漂流記」も、石井研堂という人の『中浜万次郎』を引き写したものだから史実の間違いもそっくり同じだったといいます。さらに「人生足別離」という漢詩を「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」とした有名な訳詩（『厄除け詩集』講談社文芸文庫、所収）なども、すでに江戸時代の漢詩の訳詩集にあったことが判明しました。<br>
<br>
要するに井伏さんの作品の多くが先行するものの盗用だったのです。谷沢先生はすべて文献に当たってそうした剽窃の全容を調べ上げ、一本の論文を仕立て上げました。いうまでもなく谷沢先生は、新潮社からは『人間通』（新潮選書）という大ベストセラーを出し、文藝春秋からは大冊の『紙つぶて～自作自注最終版』を出し……といった具合にほとんどの大手出版社から著作を出しています。ところが、この注目すべき論文はどこの社の雑誌にも載らなかった。 みな断られたのです。結局どうなったかといえば、辛うじて、文学とは縁の薄いPHP研究所の「Voice」という一般紙に掲載されました。<br>
<br>
そのとき初めて私は、戦前の日本を憎み、革命に憧れ、中国や北朝鮮を擁護する、いわゆる「東京裁判史観」がなぜ払拭(ふっしょく)されないか、その秘密がわかったと思いました。<br>
<br>
井伏さんは数多くの賞を受けています。ちょっと数えただけでも、直木賞、読売文学賞、日本芸術員賞、野間文芸賞、文化勲章、東京都名誉都民。とういうことは、賞を与える側の関係者も大勢いた。その人たちはただ関係しただけではなく、授賞に際しては井伏さんを褒(ほ)めまくっています。その賛辞は活字に残っている。ベタ褒めした人の作品がじつは剽窃、盗作だったと知れたらどうなるでしょう。井伏さんはむろんのこと、褒めた人たちのメンツも立たない。社としても面目丸潰れだ。だから、出版社の編集長や編集幹部でその後役員などになっている人たちは、いくら谷沢さんの論文だといっても載せるわけにはいかなかったのです。<br>
<br>
これが何を意味しているかといえば、剽窃を暴かれては困る井伏さんと利害（利得）の一致した人たちがいまの日本の文芸界を支配しているということです。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:24:00+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆GHQが推進した精神劣化政策</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df2373fb882316c55469eb10ea4c1686?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
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多くの日本国民が、日本国憲法の、それも9条のおかげで平和が守られたと素直にそう思っています。理性では、軍隊は必要だと理解していたとしても、世界の厳しい現実からあえて目をそむけています。なぜなら、そのほうがラクだからです。そして、この「ラクでいい」という発想こそ、GHQが推進した精神劣化政策が見事に成功したことの一例です。<br>
<br>
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◆GHQが推進した精神劣化政策<br>
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<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838730837/kokorowachori-22" target="_blank">『国際ニュースの読み方』</a><br>
（ 馬淵睦夫、マガジンハウス (2020/8/4)、p169 ）<br>
<br>
日本国憲法というと、憲法9条ばかりが話題となるようですね。戦争の放棄と、2項として、戦力の不保持、交戦権の否認が規定されています。<br>
<br>
よく考えていただきたいのですが、国の独立は軍隊がなければ達成できません。つまりこれは、日本が国家として真に独立することを阻むために書かれている条文です。<br>
<br>
多くの日本国民が、日本国憲法の、それも9条のおかげで平和が守られたと素直にそう思っています。理性では、軍隊は必要だと理解していたとしても、世界の厳しい現実からあえて目をそむけています。<br>
<br>
なぜなら、そのほうがラクだからです。そして、この「ラクでいい」という発想こそ、GHQが推進した精神劣化政策が見事に成功したことの一例です。<br>
<br>
GHQは、憲法を与えただけでは満足しませんでした。これだけでは、日本人の精神を骨抜きにできるかどうか不安だったのでしょう。そこで、悪名の高い「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」（WGIP）に着手しました。一言でいえば、日本人に戦争の罪悪感を植えつけるための洗脳です。このラインに沿って、言論を徹底的に統制しました。<br>
<br>
1946～48年にかけて、極東軍事裁判が行われました。いわゆる東京裁判です。日本は邪悪な侵略国家だった、という見方を絶対不可侵として書き換えた日本の歴史を「東京裁判史観」と呼びますが、情報や言論の一切は、その線で統一され、検閲されました。<br>
<br>
――検閲はどのように行われたのでしょうか？<br>
<br>
GHQは、日本人検閲官を使って日本人の言論を検閲しました。<br>
<br>
検閲にあたったのは英語ができる高学歴のインテリ日本人で、日給1千円、月給が当時の価値で現在の1千万円を超えるという高給取りでした。検閲の後ろめたさを消すには、自己正当化が必要です。まず自分が、日本は犯罪国家だったと信じる必要があります。<br>
<br>
言論する側、たとえば新聞記者などには、検閲に従わなければ仕事にならないという事情が当然、生まれました。検閲される側はしだいしだいに自己規制を始め、遂には積極的に検閲官におもねるようになっていき、共犯関係に陥ったのです。<br>
<br>
この共犯関係は当事者以外に知られることはありませんでした。そのため、たいへん居心地のいい、相互に多大な利益のある関係になりました。このように、日本人が積極的に協力した側面もあるわけです。<br>
<br>
1951年、サンフランシスコ講和条約で日本は再び独立します。検閲は公式には廃止されました。しかし、元検閲官たちは過去を隠して官界、経済界、教育界、学界など各界の指導的立場に戻りました。<br>
<br>
検閲は廃止されたのに、検閲の指針は墨守されました。なぜなら、共犯関係にあった人々がみな、「共犯の罪」を追及されるのを恐れたからです。日本は悪、という路線をもはや崩すわけにはいきません。<br>
<br>
このように、戦後の特殊な状況を利用した持ちつ持たれつの存在を渡部昇一氏は「敗戦利得者」と名づけました。この敗戦利得者はいまも、特に新聞やテレビなど大手メディアや左翼リベラルと称する学者、知識人、文化人の間にしっかり残っています。つまり、政治家や経済人も含めて、「戦後民主主義体制」に巣くう利権構造と言ってもいいでしょう。<br>
<br>
――「日本は邪悪な侵略国家だった」というのは、アメリカの洗脳なのですね。<br>
<br>
そのとおりです。「侵略は事実ではない」ということは、GHQトップのマッカーサーが、日本侵略説を否定していることからもわかります。<br>
<br>
1950年にはじまった朝鮮戦争で、マッカーサーは国連軍の最高司令官に任命されますが、1951年に早々と解任されます。解任が正当かどうかも含めた米上院軍事外交委員会（同年5月）で、マッカーサーは「日本が太平洋戦争に突入したのは、大部分は安全保障上の必要によるものだった」と証言しました。<br>
<br>
解任はマッカーサーにとって、政府から裏切られたも同然でした。もはや事実を隠す必要はないと考え、アメリカの対日戦争の不正義を告発する意図で、マッカーサーは日本の戦争目的を擁護する発言を行ったのです。<br>
<br>
この点は、先述したフーバー元大統領の見解とも一致します。フーバーは終戦直後に食糧事情調査のために来日し、マッカーサーと会談しています。その席で、フーバーが「ルーズベルト大統領こそ、日本を戦争に追い込んだ張本人だ」と述べたのに対し、マッカーサーは「同意した」と回顧録で語っています。<br>
<br>
ここで考えてください。日本と正面から死闘を演じ、連合軍最高司令官として日本占領統治にあたったマッカーサーのこの議会証言を日本の教科書は一切書かないのです。おかしいですね。日本は依然としてGHQの東京裁判史観を忠実に守り続けていることが、むしろ憐(あわ)れに見えてくるではありませんか。私たちはいったい何を恐れているのでしょうか。<br>
<br>
日本国民の方々、特に若い人たちにぜひこのマッカーサー証言の重みをかみしめてほしいと思います。歴史教科書はこぞってこの証言を載せるべきです。載せない教科書こそ検定不合格にすべきでしょう。<br>
<br>
すでにお話ししたように、大東亜戦争が日本の自衛戦争であることは、戦争前からアメリカ首脳にはわかっていたのです。
]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:21:00+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆「敗戦利得者」に牛耳られた戦後日本</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/20ef5dde42b4f3c8825610f871492a52?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
トップページ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指</a><br>
このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
<br>
<br>
宮澤（俊義）氏が公職追放にならなかったのは、この孫氏の兵法の応用ではないかと評したくなります。こういう言い方は品がないけれど、バカな学者を東大法学部の教授に置いて置くことで、東大法学部出身の人間が中央官僚や政治家として日本政府の中枢を占めるようになり、日本国全体の知的水準の程度を下げた。これは社会を潰すときの最もいい方法です。<br>
<br>
<br>
◆「敗戦利得者」に牛耳られた戦後日本<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4898318096/kokorowachori-22" target="_blank">『２０２０年 世界の真実』</a><br>
（ 馬淵睦夫、ワック (2019/9/6)、p40 ）<br>
<br>
なぜ、日本は今、世界の潮流に逆行しているのか。２０１７年に亡くなられた上智大学名誉教授の渡部昇一氏の言葉を借りれば、その大きな原因は「敗戦利得者体制」に求められると思います。<br>
<br>
「敗戦利得者」とは、ＧＨＱ（連合国軍事最高司令官総司令部）の公職追放令によって空いたポストに座ったり、ＧＨＱの占領政策に迎合して役職を確保した人を指します。<br>
<br>
たとえば、８月１５日革命説を唱えた東京大学法学部教授の宮澤俊義氏。彼の憲法学の本を読みましたが、憲法学者として一流と言えるか疑問です。しかし、だからこそこういう人を残して、まともな学者を公職追放しました。<br>
<br>
外交交渉で愚かな使者に花を持たせるという手法が、孫氏の兵法に出てきます。日本と中国の交渉を例に取れば、日本の国益を主張する手ごわい交渉者ではなくて、愚かな交渉者のほうを中国が重視する。そうすると、その人が、日本で重用されるようになり、日本は間違った選択をして中国が有利になるというわけです。<br>
<br>
宮澤氏が公職追放にならなかったのは、この孫氏の兵法の応用ではないかと評したくなります。こういう言い方は品がないけれど、バカな学者を東大法学部の教授に置いて置くことで、東大法学部出身の人間が中央官僚や政治家として日本政府の中枢を占めるようになり、日本国全体の知的水準の程度を下げた。これは社会を潰すときの最もいい方法です。<br>
<br>
ちなみに私は東大法学部出身ではなく、京都大学法学部で学びました。京都大学では憲法の授業は大石義雄氏が担当していました。この先生は占領下での憲法強制を批判し、困った憲法でも正しい解釈をし、そして改憲を強く主張していました。大石教授のような国家意識を持った先生が東大法学部教授だったら、日本も少し良くなっていたかもしれません。<br>
<br>
ともあれ、そういう敗戦利得者たちが各界上層部に入り込んで、日本を牛耳ってきました。その体制が依然として残っているために、世界の潮流が見えなくなっているような気がします。<br>
<br>
永久に日本を占領できると考えていなかったＧＨＱは、占領を止めたあと、自分たちが敷いた日本弱体化路線を維持すべく、布石を打っています。たとえば、メディアに対して課したプレスコード。日本のメディアはいまだに自主規制も含めてプレスコードを守っています。それから唯物論教育もそうだし、日教組の「平和教育」もそうです。<br>
<br>
ＧＨＱがいなくなっても、彼らの蒔(ま)いた種が芽を出し、大きく育って、日本を拘束している。その最たるものが敗戦利得者体制であり、敗戦利得者（並びにその後継者）が保守派も含めて日本の実権を握っているから、われわれはいまだにＧＨＱが敷いた路線から抜け出せない。そこから脱して自立することは令和の時代において、最重要課題だと思います。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:18:00+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>◆公職追放が「敗戦利得者」を生み出した-2</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/c1856df0edd178bff8428a26f93ef4e5?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
トップページ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指</a><br>
このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
<br>
<br>
戦前「アカ」と疑われて大学を追放された人たちが、戦後はアカデミズムに戻って、しかも大学の世界では位人臣(くらいじんしん)をきわめました。日本が負けたおかげです。日本の敗戦がなければ大学を追われたままでした。彼らが戦前を悪く言い、東京裁判および公職追放を経たあとの戦後を褒めそやすのは当然なのです。<br>
<br>
<br>
◆公職追放が「敗戦利得者」を生み出した-2<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/419862321X/kokorowachori-22" target="_blank">『中国・韓国に二度と謝らないための近現代史』</a><br>
（ 渡部昇一、徳間書店 (2007/04)、p191 ）<br>
<br>
戦後の恩恵をたっぷり享受したこの人たちが、いったい戦前の日本を褒めるでしょうか。戦前を褒めるわけがありません。「日本は戦後いい国になった」と言い続けるに決まっています。<br>
<br>
そういう傾向は学界、言論界でもきわめて強かった。わかりやすい例を挙げておきましょう。<br>
<br>
東京帝大経済学部教授だった矢内原忠雄(やないはらただお)氏。この人はシナ事変がはじまった年の昭和１２年、講演で「日本の理想を活かすために一先(ひとま)ず此の国を葬って下さい」としゃべって帝国大学を追われました。<br>
<br>
それから大内兵衛(おおうちひょうえ)氏。やはり東京帝大経済学部教授でしたが、昭和１２年、コミンテルンの呼びかけに応(こた)えて組織された「人民戦線」に連座して帝大を辞めさせられています。<br>
<br>
滝川幸辰(たきがわゆきとき)氏。この人は京都帝大法学部教授時代に、「犯罪は国家生活のアンバランスから起る。それなのに国家が刑罰を科するのは矛盾である、犯罪はいわば国家の受ける刑罰である」などと発言したり、無政府主義的な刑法の本を書いたりして、昭和８年に大学を辞めさせられた。<br>
<br>
みな、戦前に帝国大学を追われています。それはそうでしょう。帝国大学といえば天皇陛下が建てられた大学という意識があった時代です。そのとき帝大教授がコミンテルンとの関係を疑われたり、国を侮辱するような発言をしたり、ソ連の手先と見られたら、大学にはいられない。もっとも辞めるだけで罰せられることはありませんでした。しかも意見を変えたり本を訂正したりすれば、ほとんど問題はありませんでした。しかし滝川さんは無政府主義的なテキストの改訂を拒んで京都帝大を辞めています。その点では男としてのスジを通したといえます。<br>
<br>
そんな人たちが戦後ドッと復活したのです。<br>
<br>
矢内原忠雄氏は昭和２０年、東大経済学部に復帰、２６年には東大総長になっています。<br>
<br>
大内兵衛氏は戦後すぐに東大に復職、退官後の２５年には法政大学の総長に就任しています。しかも左派社会党のイデオローグであったにもかかわらず、政府の経済関係の各種委員会の委員長になっている。<br>
<br>
滝川幸辰氏は２１年に京大に復帰、２８年には京大総長になりました。<br>
<br>
戦前「アカ」と疑われて大学を追放された人たちが、戦後はアカデミズムに戻って、しかも大学の世界では位人臣(くらいじんしん)をきわめました。日本が負けたおかげです。日本の敗戦がなければ大学を追われたままでした。彼らが戦前を悪く言い、東京裁判および公職追放を経たあとの戦後を褒めそやすのは当然なのです。<br>

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   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:15:59+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆公職追放が「敗戦利得者」を生み出した-1</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/4dc74d3baa053c7c5a41c4b618d86422?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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<br>
<br>
追放された人たちに代わってその地位に就いた人が、「戦前の日本はよかった」と言えるはずはなかった。大きな得をしたわけですからね。そしてその恩恵をもたらした「戦後」という時代を悪く言うこともないわけです。マッカーサーが証言したように、戦前の日本の戦争目的が「自衛」のためであれば、それを指導した人が追放されること自体がおかしなことになり、それによって得た自らの地位の正当性を失うことになる。<br>
<br>
<br>
◆公職追放が「敗戦利得者」を生み出した-1<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569696686/kokorowachori-22" target="_blank">『日本を弑(しい)する人々』</a><br>
（ 渡部昇一・稲田朋美・八木秀次、ＰＨＰ研究所、p240 ） <br>
<br>
【渡部】　自らが卑怯であることを認めたくないから、偽善的な「反戦平和」や「友好第一」などといった衣装をまといたがるのです。私は「戦前の反省」などと言いながら、戦前戦中の日本の指導者を一方的に非難する人たちは、日本の敗戦によって利益を得た「敗戦利得者」だと思っています。<br>
<br>
先の大戦を遂行するに当たって日本の目的が「主として自衛のためであった」というマッカーサー証言が戦後日本国内で普及しないのは、独立回復後も日本の敗戦によって利益を得た人たちがその構造を維持しようとしたからだと考えます。<br>
<br>
とくに、公職追放が「敗戦利得者」を大勢生み出しました。公職追放は、「日本人民を戦争に導いた軍国主義者の権力および影響力を永遠に排除する」という建前で行われましたが、追放の選別はＧＨＱの恣意で、最初は戦争犯罪人、陸海軍人、超国家主義者・愛国者、政治指導者といった範囲だったのが、経済界、言論界、さらには地方にも及び、本来の意味で公職ではない民間企業、民間団体からのパージも行われました。その隙間(すきま)を埋めた人は、大きな利益を手にしたわけです。<br>
<br>
【八木】　ＧＨＱの狙いは、敗戦によって沈む者と浮かび上がる者とをつくりだすことで、日本国内に日本人の敵を生ぜしめ、日本社会を歴史的にも、人的にも分断することにあったと言ってよいと思います。<br>
<br>
【渡部】　追放指定の基準は、あくまでＧＨＱの占領政策を推進するのに障害となりそうな人物の排除で、それは裏返せば愛国心を維持する人や、戦前の日本史の事実を守ろうとする人にとっては不利益を強いられ、それを捨て去る人には恩恵をもたらすという構図になっていたわけです。政界からは鳩山一郎、石橋湛山、岸信介らが追放され、戦前の日本を指導した各界からの追放者は昭和２３年５月までに２０万を超えました。<br>
<br>
追放された人たちに代わってその地位に就いた人が、「戦前の日本はよかった」と言えるはずはなかった。大きな得をしたわけですからね。そしてその恩恵をもたらした「戦後」という時代を悪く言うこともないわけです。<br>
<br>
マッカーサーが証言したように、戦前の日本の戦争目的が「自衛」のためであれば、それを指導した人が追放されること自体がおかしなことになり、それによって得た自らの地位の正当性を失うことになる。<br>
<br>
【八木】　公職追放が道理ではなく、ＧＨＱの恣意だったことは、昭和２５年の朝鮮戦争勃発によって明らかになります。<br>
<br>
その直前、ＧＨＱはそれまで軍国主義に反対した平和主義者、民主主義者のように持ち上げていた日本共産党中央委員２４人全員を追放したのをはじめ、それまでの追放解除を進め、昭和２６年１月までに１７万５千人の追放を解除しています。その後、サンフランシスコ平和条約発効によって追放令そのものが廃止され全員が解除されたわけですが、「敗戦利得者」たちはすでにその地歩を築いたあとだったということです。<br>
<br>
【渡部】　いちばん得をしたのが左翼でした。ＧＨＱの民生局はケーディスをはじめ左翼の巣窟でしたから、彼らが公職追放を主導した当然の結果でした。<br>
<br>
ケーディスの右腕だったのがハーバート・ノーマンで、ノーマンはのちに共産党員だったことが発覚して自殺しましたが、このノーマンと親しかったのが、一橋大学の学長を務めた都留重人氏です。彼は明らかにコミンテルンと言ってよいと思いますが、ほかにも東大総長を務めた南原繁氏や矢内原忠雄氏、京大総長を務めた滝川幸辰氏、法政大学総長になった大内兵衛氏ら、コミンテルンの思想的影響下にあったと思われる人たちが戦後いかなる地位に就いたかを数えれば、いくらでも敗戦利得の実例として指折れます（苦笑）。<br>
<br>
こうした敗戦利得者、追放利得者が後進に与えた影響はきわめて大きく、戦後、雨後の筍のごとくできた大学の教授として日本中にばら撒かれたわけです。あっという間に、進行性の癌のように左翼が日本の教育界を占めてしまった。<br>
<br>
彼らの歴史観は戦前否定、“日本悪しかれ”ですから、日本人であって日本に愛国心を感じない。むしろ日本を糾弾することで自らの存在理由を確認するという構造に組み込まれてしまっています。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:12:00+09:00</dc:date>
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  <item>
   <title>◆東京裁判が歪めた戦後の歴史観</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/c10a381429c4dc6c969bdee8d9fbee7d?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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<br>
<br>
終戦直後の占領軍の権限は、絶大であって、しかも戦争犯罪人容疑者が逮捕されたり、広汎な公職追放が行なわれていたため、東京裁判は天下の正論として通用した感がある。そして、東京裁判を国際裁判として肯定するかのごとき破廉恥な、曲学阿世の論を述べた国際法学者が東大教授になったり、また、司法の最高の地位に上がる時代であった。さらに、この裁判の検事側証人として登場した左翼系の学者たちが、日本の学界の主流を占め、その方面で権威のある書店や、大新聞の論調を大幅に決定した。<br>
<br>
<br>
◆東京裁判が歪めた戦後の歴史観<br>
<br>
<a href="http://tinyurl.com/mzklt2z" target="_blank">『日本史から見た日本人 昭和編』</a><br>
（ 渡部昇一、祥伝社 (2000/02)、p399 ）<br>
<br>
日本が敗れた時、ビスマルクがオーストラリアやフランスに対するごとく、アメリカが対等の態度で日本に対する、ということは期待しがたいことであったにしても、極東軍事裁判（東京裁判）は、やるべきでなかった。<br>
<br>
これによって、日本は犯罪国家としての烙印を押され、戦前の日本の国際的行為が、すべて悪行のごとき印象を国の内外に残すことになった。<br>
<br>
終戦直後の占領軍の権限は、絶大であって、しかも戦争犯罪人容疑者が逮捕されたり、広汎な公職追放が行なわれていたため、東京裁判は天下の正論として通用した感がある。そして、東京裁判を国際裁判として肯定するかのごとき破廉恥な、曲学阿世の論を述べた国際法学者が東大教授になったり、また、司法の最高の地位に上がる時代であった。さらに、この裁判の検事側証人として登場した左翼系の学者たちが、日本の学界の主流を占め、その方面で権威のある書店や、大新聞の論調を大幅に決定した。しかも、当時の占領軍の言論の検閲は、戦前・戦中の日本政府の検閲よりも悪質で徹底したものであったから、新聞なども甚だしい自己規制をやっていたのである。<br>
<br>
このようなわけで、敗戦から、東京裁判が終結し戦犯の死刑が行なわれた昭和２３年（１９４８）の暮までに、いわゆる東京裁判史観は、戦後の日本の思想と教育の大筋となってしまった観がある。しかも、日本がサンフランシスコ平和条約を調印した昭和２６年（１９５１）の秋までは公職追放令が有効であったから、東京裁判も批判する声はないといってよかった。<br>
<br>
東京裁判史観は、日本の言論界やマスコミや著述業界における一種のエスタブリッシュメント（思想的権威）となり、これを批判することはタブーとなった。そのうえ、その史観で教育を受けた者は、それを信じこんでいた。東京裁判史観は左翼政党の熱狂的に支持するところであるから、その影響下にある教員組合を通じて日本の児童・生徒の頭の中に、この史観が注ぎこまれた。<br>
<br>
最も有力な大学の法学部教授たちが東京裁判史観を説けば、その出身者の少なからざる者は、その史観を持ったまま、高級官僚になり、司法官になる。そして、その史観に基づいて一度発言したり論文を書いた人は、それにコミットしてしまうのだ。<br>
<br>
素人(しろうと)ならば、もっと説得力のある意見や発言を聞けば、こだわりなく見解を変えるが、専門家と称する人たちは、その切替えが、かえってできがたいのである。<br>
<br>
もう一つ、東京裁判の結果に信憑性を与えたのは、その記録の厖大さであろう。日本語に翻訳された裁判記録でも、ほとんどワン・セット十数巻の百科事典ほどの分量で、私は１セットを買い求め関係部分を精読したこがある。一般の読者にそう簡単に読めるものではない。また、その審判の過程においては、連合軍の権力を背景にして証拠の蒐集や証人の喚問が行なわれたため、個人の歴史家などの調査力の及びもつかぬ調査が行なわれた。と信ずる根拠があった。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:09:00+09:00</dc:date>
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  </item>
  <item>
   <title>◆なぜ、東京裁判が私刑(リンチ)なのか</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/ae4c610f0947e8dab41a85f7e2cbc680?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
<br>
<br>
つまり、ある犯罪が行なわれたとします。ところがその犯罪を裁くための法律がない。そこであわてて新しく法律を作って、それをすでに行なわれた犯罪に当てはめて処罰するということをしてはならない、という動かすべからざる鉄則です。だから準拠となるべき法律がないような新しい犯罪をおかした犯人は、法律のうえでは無罪となります。この世界的に確実に認められている原則を踏みにじって行なわれようとしているのが東京裁判でした。法律がないのに、あとから理屈をつけて、死刑という極刑を含む裁きを行なう。これはもはや裁判ではありません。西部劇に出てくる私刑(リンチ)というものです。<br>
<br>
<br>
◆なぜ、東京裁判が私刑(リンチ)なのか<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877120378/kokorowachori-22" target="_blank">『悪魔の思想』</a> 「進歩的文化人」という名の国賊１２人<br>
（ 谷沢永一、クレスト社 (1996/02)、p112 ）<br>
<br>
わが国が受諾したポツダム宣言の第十条には、「戦争犯罪人」という今まで使われなかった新しい言葉が初めて用いられております。<br>
<br>
　　吾等(われら)ハ（中略）吾等ノ俘虜(ふりょ)ヲ虐待セル者ヲ含ム一<br>
　　切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラレルベシ。（後略）<br>
<br>
ここでは、「処罰ヲ加ヘ」る主体を「吾等」と記しておりますから、宣言に署名した諸国が寄ってたかって「処罰ヲ加ヘ」るのであるぞ、という意味になります。<br>
<br>
続いて昭和２０年９月６日にアメリカが発した「初期の降伏政策に関する声明」の中で、戦争犯罪人の裁判と処罰が指示されます。すなわち、東京裁判の準備はアメリカを中心として進められる運びとなりました。<br>
<br>
そして昭和２１年１月１０日、連合国最高司令部（最高司令官＝Ｄ・マッカーサー）は、極東国際軍事裁判所設置の特別宣言を行ない。同時に、極東国際軍事裁判所条例を発しました。<br>
<br>
こうして一見、着々と準備がすすめられたかのように見えますが、この極東国際軍事裁判所には決定的な弱味がありました。裁判の準拠すべき法律があらかじめ定められていない、という“弁慶の泣きどころ”のように難儀な問題です。<br>
<br>
世に泥縄、という嘲(あざけ)り言葉があります。泥棒を捕まえてから、それから泥棒を縛るための縄を綯(な)う、という滑稽な不用意を形容した喩(たと)え話です。東京裁判は泥縄でした。戦争犯罪人なるものを裁くべき法律が世界中どこにもないのです。これでは裁判は成立しません。<br>
<br>
法の精神の根本には、事後立法は無効であるという牢固(ろうこ)とした概念が据えられています。これは常識の中の常識です。<br>
<br>
つまり、ある犯罪が行なわれたとします。ところがその犯罪を裁くための法律がない。そこであわてて新しく法律を作って、それをすでに行なわれた犯罪に当てはめて処罰するということをしてはならない、という動かすべからざる鉄則です。だから準拠となるべき法律がないような新しい犯罪をおかした犯人は、法律のうえでは無罪となります。<br>
<br>
この世界的に確実に認められている原則を踏みにじって行なわれようとしているのが東京裁判でした。法律がないのに、あとから理屈をつけて、死刑という極刑を含む裁きを行なう。これはもはや裁判ではありません。西部劇に出てくる私刑(リンチ)というものです。<br>

]]></description>
   <category>07-宇宙・遺伝子・潜在意識</category>
   <dc:date>2025-06-14T19:06:00+09:00</dc:date>
   <guid isPermaLink="true">https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/ae4c610f0947e8dab41a85f7e2cbc680</guid>
  </item>
  <item>
   <title>◆巧妙な四つの占領政策――“戦後の戦争”に敗れた日本</title>
   <link>https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/b1877dafe96fb118a5285f4926bbc133?fm=rss</link>
   <description>
<![CDATA[
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このページを含むグループ → <a href="https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/df9435dbac28a18bec60a9551c23dfd1" target="_blank">＊嘘と作り話の上に築かれた国・日本</a><br>
<br>
<br>
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムというのが、昭和２０年１２月以降に成立します。戦争に関する罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画、と訳したらいいでしょう。そして、アメリカ占領軍の中にそのための委員会をつくりまして、いかにして日本人に罪の意識を植えつけるかを考え、これを実行した。<br>
<br>
<br>
◆巧妙な四つの占領政策――“戦後の戦争”に敗れた日本<br>
<br>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569573630/kokorowachori-22" target="_blank">『歴史を裁く愚かさ』</a><br>
（ 西尾幹二、PHP研究所 (2000/01)、p283 ）<br>
<br>
現実にアメリカが、いい言葉だけを全部自分が取って、実際にすこしも道徳的でなかったということを考えると、これは嘘つきになるわけです。個人だったら、嘘つきと非難できますけれども、国家を嘘つきとして非難することはできない。なぜならば、美しい理論を旗印にして他国を制圧し、他国に道理の付け入る隙を与えない国、たとえばアメリカのような国は、本当の意味での勝利者なのです。つまり、トルーマン大統領の演説に、ただちに有効な反論ができなかったわが国は、戦争に敗れただけではなくて、政治においても敗れたということです。<br>
<br>
このことを、今こそわれわれは自覚しなくてはならないのではないか。戦前の日本の歴史において、アメリカやイギリスが正義であって、日本だけが犯罪を犯したという馬鹿な見方は全く成り立たない。日本がいかにして“戦後の戦争”に敗れたか、という四つの要因の一つは、言葉を取られたということなのです。<br>
<br>
二番目は、アメリカ占領軍がただちに一般国民と支配階級とを区別して、一般国民には罪はない、指導者にだけ戦争責任がある、指導者を追放令その他で一新して、それによって一般国民を救ってやるんだ、という政策をとったことです。つまり、日本の文明が間違った方向に歩んでいたのであるから、教育しなくてはいけないというやり方をして、指導階級と一般国民を区別しました。<br>
<br>
しかし、日本は第二次世界大戦に突入するときに、指導階級と国民とが必ずしも二つに分かれてはいなかった。たとえばドイツと日本を比べてみても、ドイツではナチ党と党幹部に相当の戦争責任があったとしても、日本では天皇と国民は、ある意味で運命共同体だった。これは歴史上、日本がもっていた特徴でありました。ドイツと違うところです。つまり、上と下の考え方や意識がそう大きく分離していなかった。われわれは一丸となって戦争に突入した。だから、敗けた後で一億総懺悔といったのです。敗戦の日に、宮城の前にひれ伏して泣いたのは正直な姿だった。<br>
<br>
ところがアメリカ占領軍は、日本国民の敵は連合軍ではなくて、日本の支配階級であるといういい方をして、国民の怨嗟をうまくそらした。それに乗せられた国民が馬鹿といえば馬鹿でありますが、このアメリカ占領軍のやり方は、マルクス主義が支配階級と被支配階級というふうに二つに分けて、後者が前者を撃ち滅ぼして革命を起こすのだという考え方になんとなく重なるのです。<br>
<br>
事実、次のような説もありますから、申し上げておきます。当時日本を占領していたアメリカ占領軍の首脳部は、共産主義者であったというのです。アメリカの共産党はけっこう強く、マッカーサーを除いて、占領政策を具体的に立てた人は、実は共産主義者であったという説です。いずれにしても、戦後わが国が苦しめられた、また、いまに至るも苦しめられているこの状況は、国民を支配階級と被支配階級に二分割する観念操作から始まった。そして、それに日本人が見事に乗せられた。これが第二点です。<br>
<br>
第三点は、いまのことと関連するのですが、日本は封建的、前近代的、あるいは中世的な古臭い遅れた国だから戦争を起こしたのだ。だから日本に近代というものを与えてやらないといけない、と彼らは考えたのです。ところがこれは全くの間違いです。第二次世界大戦の主役は、紛れもなく近代だった。なぜならば、欧米の植民帝国主義は、間違いなく近代の所産だったからです。<br>
<br>
２０世紀の大戦争のほとんどすべては、基本的には西洋が引き起こした「西洋世界の内戦」（これは、ハンチントンというハーバード大学の教授が使っている言葉です）の影響を受けて起こったと考えざるをえない。アジア的中世とか封建意識が戦争の主原因だったのではない。<br>
<br>
日本がもし、アジアの国のままでいて西洋と接触しなかったなら、戦争なんて起こることもなかった。つまり、戦争を引き起こしているのは西洋世界であって、遅れたアジアが戦争を引き起こしている話ではない。近代的欲望に火をつけたのはだれか、という点を考えてみても、進んでいるとか、遅れているということでわれわれの歴史観を考えるのは間違いです。<br>
<br>
四番目には、占領軍が情報を独占して、自らに都合の悪い、たとえば原爆の残虐写真などは公表を禁止したことです。またアメリカは、自国を圧倒的な文明国と思わせるために、すばらしいハリウッド映画は上映したけれども、アメリカ社会の暗い部分にかかわる、たとえば黒人問題などを描いた映画は上映禁止でした。そして、日本軍の残虐性を思わせる映像は、これでもかこれでもかと流し続けました。<br>
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ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムというのが、昭和２０年１２月以降に成立します。戦争に関する罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画、と訳したらいいでしょう。そして、アメリカ占領軍の中にそのための委員会をつくりまして、いかにして日本人に罪の意識を植えつけるかを考え、これを実行した。たとえば、文部省を通じて歴史教育の内容にまで手を入れ、従来の日本史の教育はいったん禁止して、新たにアメリカが与えた歴史観で教えるようにした。要するに、徹底的な改造教育が行われたのです。<br>
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何度も言いますけれども、戦闘が終わっても、戦争は継続していたのです。戦勝国はそのことのもつ意味をよく知っていましたので、この“戦後の戦争”を続けていたといってよいのですが、日本は迂闊にもそのことを忘れてしまった。<br>
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そして、自分の戦った戦争と、朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争など世の中にある一般の戦争とを混同して、いっしょくたにして議論するようになり、それとともに自分の歴史を、他人の歴史と取り違えるようになってしまったのです。こうして、戦後における戦争に敗れたことが、まさにこの国の敗戦の本当の意味ではないでしょうか。<br>

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