間違っていたと認めるのは、なんら恥ではない
それは言い換えれば、今日は昨日よりも賢くなったということなのだから
( アレキサンダー・ポープ )
No one should be ashamed to admit they are wrong,
which is but saying, in other words,
that they are wiser today than they were yesterday.
( Alexander Pope, British poet, 1688-1744 ) . . . 本文を読む
デューイらの教育論の流れをくむ現代の学者たちは、しきりに「問題解決」的アプローチを強調する。しかし、デューイみずからもいっているように、「問題解決」に先行し、かつ、それよりさらに重要なのは「問題発見」なのである。問題を発見して、はじめてそれをどう解決するかをかんがえる――それがものごとの順序というものだ。 . . . 本文を読む
時の清朝の支配者は、西太后と呼ばれる満州族の女性であったが、義和団に外国と戦わせることを決め、宣戦を布告した。長い間、皇帝を差し置いて独裁者の地位につき、甥の光緒(こうしょ)帝を幽閉してまで権力の座にしがみついた西太后は、外国を追い払うための手段と方法を準備することなく、文字どおり、徒手空拳で人々を外敵に立ち向かわせようとした。 . . . 本文を読む
細かな経緯を略して言えば、日清戦争の背景にはロシアの朝鮮に対する野望があった。日本はロシアと対抗するため、朝鮮の協力を必要としていた。だからその改革に期待をかけ、その前提として朝鮮を独立国とするため、朝鮮の宗主国だった清国と戦った。しかし、朝鮮には自立や近代化への意志がなく、数十年後には、日本はやむなくこれを併合する。 . . . 本文を読む
アフガニスタンのタリバン兵がバーミヤンの大仏を予告どおり爆破してこなごなにしてしまったとき、この野蛮な行為に対して地球上のいたるところで非難の声が湧き起こった。人類の貴重な文化遺産を破壊したのであるから、文明国の政府やマスコミや市民であれば予想された当然の反応だろう。しかし、私はそうとばかりも思わなかった。 . . . 本文を読む
自分自身に正直になるコツは、自分を自分自身のものと認めることから始まる。自分を知ること、自分に聞くことは、私たちが認識しているよりはるかに重要なことなのだ。自分がどういう見解や思いを持っているかによって、人の幸不幸は変わってくる。だから起こった事実に対して、自分は何と言っているのかに耳を傾ける必要がある。思いは言葉になって表れるものなのだ。 . . . 本文を読む
向田さんが、渋谷から東急東横線で三つ目の祐天寺に住んでいた時のこと。ある日、映画を観ようと渋谷まで出かけました。人気のある映画で二時間立ち見だったそうです。人いきれでむんむんする中、どうにか最後まで見終わって映画館の外へ出たときにはクラクラでした。 . . . 本文を読む
幕末から明治の初期にかけての日本が、知らない間にロシアと英国の対立に巻き込まれていた事実も指摘しておく必要があろう。ロシアと英仏の艦隊が北海道の北の海で戦ったことがあった。そこで幕末の駐日英国大使のなかには、日本を極東における英国の代理人に育てようと考えた人物もいた。 . . . 本文を読む
NHK交響楽団の欧州演奏旅行の評判のなかに、日本人の演奏は、いかにも楽譜どおりに正確で、Zusammenspielen (合奏)がみごとに一致しているのにひきかえ、Klang (響き)が弱いという批評があったという話を聞いて、いかにも日本人のあり方を突いていると思ったことがある。ある場面では神経質なまでに日本人は正確好きであり、細かいことにきわめて神経が良くいきとどいている。 . . . 本文を読む
「新日本新聞」の編集局ではこんなことがあった。真ん中に立ちはだかり、新聞を読んでいた青木が急に大声をあげた。「対馬は朝鮮領だと李承晩大統領はいってるよ」「おれの故郷(くに)もあぶないわい」。司馬氏によれば、九州人独特の諧謔(かいぎゃく)をこめていたという。周囲は大声で笑った。誰もがブラックユーモアとしか受けとらなかったのだ。 . . . 本文を読む
障害が物理的なものでなくても、それを「乗り越える動き」(get over) は水平軸を中心とする弧状を描き、それを「避ける動き」(get around) は垂直軸を中心とする弧状を描くのである。幸いにこういうような比喩的応用に対しては日本語も、英語と似たような感覚をもつ。 . . . 本文を読む
「南京大虐殺」はあったと主張する人々は、1868年に明治維新がはじまると突然、強力な政府が登場し、すぐさま富国強兵政策を実行に移して、力ずくで近隣諸国の征服を企てた―といったイメージで日本史を見ているようだ。明治以降の数十年にわたる日本は帝国主義国で、植民地の獲得に狂奔したとも解釈しているらしい。昭和初期の日本がファシズムの国だったと考える向きも多い。 . . . 本文を読む
ある年、そういう森を歩きながら、老人のガイドにレクチャーされたことがある。あちらこちらに倒れて朽ちるままになっている風倒木をさして、これは森を守り育てているので、“ナース・ログ(看護婦の木)”と呼ばれているんだ。トラッシュ(ゴミ)じゃないんだというのである。風倒木は森の湿気を保ち、苔を育て、川が氾濫(はんらん)するのを防ぐ。 . . . 本文を読む
復讐心を燃やすロシア、依然、内政の改まらない韓国、内政改革に踏み出せない清国、それにフィリピンを占領する一方で対日警戒感強めるアメリカなど、日露戦争以降の日本は自衛が最大の課題となる。それを見落としているのが司馬史観である。 . . . 本文を読む
北朝鮮核武装の究極とも呼べるこの危機とは北が小型化、軽量化に成功した核弾頭をノドンやムスダンという弾道ミサイルに装備するという事態である。このところ米国でも日本でも、北朝鮮といえば、金正日総書記の死と指導者の交代にすっかり関心を奪われた感じのようだ。安全保障上の最大の新展開がひたひたと接近していることの指摘は少ない。 . . . 本文を読む








