レーリンクは、平和に対する罪は第二次大戦後に生れた概念であり、東京裁判の被告に適用できないと考えた。「戦争を紛争解決の手段にしない」という原則は1928年、米国のケロッグ国務長官、フランスのブリアン外相が主導したケロッグ=ブリアン協定(パリ不戦条約)で明記されたが、この条文は違反した場合の罰則規定を明記しておらず、個人を侵略の罪で罰する根拠になり得ないとみなした。被告を「事後法」で裁けば、勝者による政治裁判になってしまう。だが、憲章に基づいて判事に就任した自分が、憲章が定める犯罪を否定できるのか。 . . . 本文を読む
彼ら(日本学術振興会)の正体は、戦後の国際秩序を決めてきたグローバリストと同じく、戦後日本の体制を維持してきた一握りの少数者「敗戦利得者」です。少数の左翼が利権の中枢にいて、科研費を配分することで自分たちの地位・特権を死守してきたのです。その結果、敗戦から75年、左翼でなければ大学に残ることができないほど、日本の学会は左翼の巣窟として腐敗してしまいました。 . . . 本文を読む
自分の国の通貨を印刷するのにアメリカ政府は連邦準備銀行の株主である民間銀行に借金をし、利子を払うのです。アメリカ政府が財政赤字に陥る仕組みはここにあるのです。言い換えれば、アメリカの通貨ドルは、アメリカ政府の負債によって創造されるのです。政府の負債が金(マネー)を生むというのが、現代世界の錬金術なのです。まさに「はじめに負債ありき」です。 . . . 本文を読む
アーム・チャイナは広東省深圳の企業である。ソフトバンクはアームを買収したもののアーム・チャイナの株式の51%を2年後には売り渡し、事実上、チャイナ政府系ファンドがアーム・チャイナ社を支配する状況となった。いわば孫正義氏はチャイナの代理人としてアームを買収し、アーム・チャイナの株式の支配権をチャイナ企業に売り渡したことになる。 . . . 本文を読む
朝日は最初に新型肺炎にかかった男を「神奈川県在住で、武漢市から帰国後発症した」(2020年1月16日付)と書いた。実はこの男は中国人だった。だから「帰国」ではなく、「再入国」と書くところだが、中国の機嫌を損ねる書き方はしない。 . . . 本文を読む
日本の戦後復興は、「良き占領」によるものではなかった。米国の占領政策がうまくいったかのように見えるのは、占領後期、民意に支えられ、ドッジのお墨付きを得た吉田の経済政策をGHQが追認せざるを得なくなったからであった。占領後、吉田が確立した均衡財政・市場重視の経済運営の下、日本は奇跡といわれた高度経済成長を遂げる。 . . . 本文を読む
この論理を以てすれば、世界中の静まりかえっているあらゆる国と国とが、すべて戦争を「現にしている」と「見るわけ」にもなるでしょう。ここで竹内好の言わんとするところがはっきりします。つまり、アメリカがシナに攻め入るべく戦争の準備をしている、という言いがかりは、実は、日本がシナと戦争を「現にしている」という架空の判定をみちびきだすための前提だったのですね。 . . . 本文を読む
1978年にベトナムが突如カンボジアに侵攻し、そのあと中国と戦った。ベトナムの反米闘争を支持して来た日本のベ平連などは当惑するかと思ったら、小田実が臆面もなく、アメリカと戦っているベトナムは正しく、ベトナムと戦っているカンボジアは正しく、今一番正しいのはカンボジアの人民だと言った(『世界』昭和54年4月号)。 . . . 本文を読む
24、5から32、3ごろまでは、一生涯の芸が確立するころであるから、修業のほうにも一転機がおとずれる。このころになると思春期も終わり、肉体的条件も精神的条件も安定してくる。まさに全盛期に向かう芸能が生ずるところであるというのだが、もちろん芸能においてのみならず、学問や仕事においてもそうであろう。すると人も感服するし、自分も上手と思い込むわけだが、これは、かえすがえすも当人の害になることである。 . . . 本文を読む
ところで日本の人民出身の最初の皇后が、ヨーロッパ式に言えばセイント・コーミョーであったことは、日本の後宮の特質を象徴的に示しているように思われる。皇后は古代には「おほきさき」と呼ばれていたが、律令時代以後は「皇后」と書き、その次に「妃」と「夫人」と「嬪(ひん)」を置いていた。日本の皇后は古代においては濃厚な血族結婚であり、皇后は、つねに皇族から出た。ところが聖武天皇が皇太子であったころに、藤原不比等の三女、安宿媛(あすかべひめ)を夫人にし、十数年後に、同夫人を皇后とされた。 . . . 本文を読む
人間は自分に与えられた分け前だけで満足することができない。他人がもうちょっと沢山を手にしているのを見たら焦(い)ら焦(い)らする。絶対量が満足するには足りないことを不平に思うのではなく、誰かと較(くら)べて自分の方が僅かに少ないと怒るのである。私はこれだけで十分ですと安穏に自足する度量の持ち主は絶対にいない。 . . . 本文を読む
どうしても自分の意見を発表して、対立する立場をとらなければならない場合がある。同調することが意志の弱さを示すのではなく、むしろ罪になる時だ。悪徳には抵抗すべきである。邪悪なものには泣き寝入りをせず、打ちのめさなければならない。当然のことながら、誠実な人は欺瞞と、正直者は嘘と、正義を愛する者は抑圧と、そして清らかな心の持ち主は悪や不正とは相容れない。自分と反対のものと戦い、できればその戦いに勝たねばならない。 . . . 本文を読む
ここで大切なのは、幸福を選ぶ、あるいは、少なくとも人生のいついかなるときでも不幸を選ばないという自分自身の能力である。びっくりするような考え方かもしれないが、この考え方を拒絶する前に注意してよく考えてみるべきものである。こういった考え方を拒むことは、つまるところ自分自身を見捨てることになるからだ。つまり、自分ではなく誰か他の人間の思惑で生きる人生を受け入れることになるのである。 . . . 本文を読む
役に立たないようなことや自分の目標とは直接関係ないことから学び始める人が多いが、そうした勉強は役に立たず、まずいやリ方である。そうした勉強をみごとやり通したところで、いったい何の役に立つのか。 . . . 本文を読む
若いころ、ジェンナーはソドベリーで、ある医者の助手として働いていたが、そこへたまたま村の娘が診察を受けにきた。医者が天然痘だと診察すると、娘は驚いたように首を横に振った。「天然痘ですって!? そんなはずないわ。だって私、牛痘にかかたことがあるんですもの」。何気ない娘の言葉に、ジェンナーの心はたちまち釘付けにされた。 . . . 本文を読む








