ベルリオーズの『幻想』流るるエレベーターに県警失踪課刑事の五人
トイレから消えて三年の〈族長〉の机に今だ規制線は張られて
最後の屁の音を再現してみますと秘書課長・木村の虚ろな献身
望遠鏡がコトリと音を立ててゐる 地蟲のやうな鳴き声聞かせて
「お父さん、そこまでしなくたつて」と妻娘(つまこ)泣く 木村は黙つて屁をこくポーズに
〈族長〉の小型潜水艇はアーム伸ばす薄明の星のしづかな海に
しごとから帰って来て、家のポストに届いていた歌誌『塔』2月号をざっくり開いて歌や記事をじっくり読み耽っていたら、いつの間にか日付が変わってしまっていた。今日もしごとゆえ早く休まなければ。亡き佐藤南壬子さんの絶筆10首は、異界を吹く風の匂いが濃厚。作品のそこかしこに、あちら岸を覗いているひとのみが把握できるふしぎな透徹した〈調べ〉が顔を覗かせている。。ところで、いつもチェックしているあの歌人さんの作品が見付からなかった。あらためてまた探そう。
昔の短歌メモから。
子の《崖》とふ名の文字を書けなくなつてえーんえーんとないてゐる瀧
これは、いまでもそのときの父の悲しげな顔を忘れられないけれども、元気な頃は漢字専門家のひとりとして漢和辞典の原稿を書いていた亡き父が認知症になってしまって私の名前の漢字すらわからなくなり書けなくなったことを家族全員で目の当たりにした日、ふと私のなかに浮かんだ一首。
短歌メモ10首。
昨晩来たる電話は〈明朝笑ふ。〉と一言のみ。寝巻きの秋原は背広ポケットにバスカード入れぬ
〈診察券〉入り封筒は挟まれてをり秋原康三宅ポスト朝刊の間に
極楽鳥郵便局前からバスに乗る 〈クリニック・セミナリオ〉は五つ目のバス停前
〈笑ふメロン騎士〉紋章は錆びてをり 〈クリニック・セミナリオ〉玄関扉のまんなか
玄関脇の壁暗がりに広告あり『通販〈薬膳鍋〉受付中』
〈王統は男系に限る〉とふメモが螺旋階段向かうの院長室に
王党派〈メロン〉の活動意図を探るべし。秋原康三は玄関棟扉(と)をノックす
〈お待ちしてゐました〉とひつそり玄関棟扉(と)は開けられぬ 青ざめたる婦長の白馬のブローチ
〈副院長先生は二番診察室です〉婦長に案内され秋原は進みぬ石壁廊下を
患者寝間着に着替へさせられて今日から〈病者・秋原康三〉
BGM (無伴奏ヴァイオリンのためのワルツ)譜面。